最後の幸福を、僕は知らない。
夏宵 澪
ハッピーエンドなんてなかった
軽薄な賞賛。
誰かの拍手が、空っぽの部屋に反響している。
僕の心臓は、まだ動いているけれど、
それが生きている証なのかも、もうわからない。
叶わない夢を「努力」と呼んで、
誰かの期待を生きることに慣れてしまった。
“灰庭 結音”という名前は、
とっくに擦り切れて、音を失っていた。
「大丈夫」――
そう呟くたびに、
胸の奥で、何かが少しずつ死んでいく。
他人の気持ちを想像で補いながら、
自分の心は、誰にも見せられなくなった。
幸福の定義は、誰かの手の中にある。
それを真似て笑うことで、
僕は自分を確かめようとしていた。
けれど、
笑えば笑うほど、
心は冷たくなっていった。
他人に興味なんてない――
そう言いながら、
誰かの幸せを羨んでいた。
正論を武器にして、
偽りの安らぎで、自分を誤魔化していた。
理不尽で、不安定で、
ただ存在しているだけで痛い世界。
誰もが矛盾を抱えたまま走っている。
終わりの見えない「幸せ」という幻想を追って、
息を切らし、足を擦り減らし、
どこにもたどり着けないまま。
「比較するから不幸になる」
そう言ったのは僕だった。
でも、知っていた。
刃を向けていたのは、
最初から自分自身だった。
鏡を覗く。
ひび割れたガラスの向こうで、
笑っている誰かがいる。
その顔が僕かどうか、もうわからない。
幸福の形は崩れ、
残ったのは、
冷たい空洞だけ。
二十五億秒を費やして、
理屈を並べて、
それでも、
誰も救えなかった。
僕も、君も。
世界は今日も理不尽で、
僕の嘘だけが生き残っている。
終わりのない逃避を続ける足跡は、
泥の中で、跡形もなく消えていた。
一人になって、ようやく気づく。
「興味ない」なんて、ただの逃避。
他人とずれてることなんて、
ずっと前から知っていた。
それでも、
誰かに気づいてほしかった。
幸福は、嘘の名前をした幻想。
解なんて、どこにもなかった。
それでも走る。
止まったら、何も残らないから。
二律背反の海の底で、
僕は息をして、沈んでいく。
光の届かない深さまで。
夜は明けない。
朝はもう来ない。
音が遠のき、世界が静かになる。
静寂だけが、僕を抱きしめてくれる。
――ハッピーエンドなんて、最初から、なかった。
最後の幸福を、僕は知らない。 夏宵 澪 @luminous_light
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