第6話 リアナとの再会

 港町エルドリッジは、朝から喧騒に満ちていた。

 潮の匂いと焼きたてのパンの香ばしさが入り混じり、通りを行き交う人々の声が絶えない。

 遠くで帆船のマストが軋む音がして、波が岸壁を叩く音が微かに聞こえていた。

 エルドリッジはこの地方で最も大きな街だ。俺が住むカレンソの村とはまるで別世界だった。


 俺は人の流れに押されながら、ゆっくりと歩く。

 今はただ頭の中を整理したかった。


 ――あの石。

 さっきの出来事が、何度も脳裏に蘇る。

 止まったような世界。掴んだ瞬間に弾けるように戻った時間。

 そして、俺が投げた石の速さ。

 あれがもし、奴らの顔に直撃していたら。

 想像しただけで、背筋に冷たいものが走る。

 石は顔の肉や骨を貫通し、間違いなく死んでいただろう。


 ……もしかして。

 あれが、オルミアという女性が言っていた精霊の力というやつか?

 馬鹿げていると思っていたが、あれは夢ではなかったのか。

 自分の身に起きたことが、信じられなかった。


 気づけば、足は自然といつもの食料品店の前に着いていた。

 木の看板には「ハロルド商店」とある。

 エルドリッジで古くから知られた老舗の店だ。

 ガラス越しに見える店内には、肉、野菜、果物、そして焼きたてのパンが並んでいた。

 鼻をくすぐる良い香りが、俺の空腹を一気に刺激する。


 俺は扉を押して中に入る。

 すぐに耳に飛び込んでくるのは、客と店員の賑やかな声。

 乾いた木の床が足の裏にきしむ。

 俺はいつものように、陳列棚の一番端に置かれた乾パンの箱を探した。


 畑で採れた野菜を売るか、村の雑用くらいでしか金を稼ぐ術がない俺に、贅沢なんて許されない。

 この乾パンなら、少しずつ食べれば数日はもつ。

 味気はないが、飢えをしのぐには十分だ。

 手を伸ばしかけたとき――


「あ!ローガンっ!」


 その優しく美しい声に、胸が跳ねた。

 懐かしい響き。

 俺の名前を、そんなふうに呼ぶ人間は一人しかいない。


 振り向くと、そこに立っていたのは、長い黒髪の美しい女性だった。

 透き通るように白い肌、そして穏やかな瞳。

 人混みの中にいても、一瞬でわかる。

 リアナ・ハーヴィン――。


 彼女の姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。

 あの村で、ただ一人、いつも俺に優しくしてくれた人。

 両親が死んで泣いている俺に、小さなパンを分けてくれた日のことを思い出す。

 あのときの笑顔が、今もまったく変わっていなかった。


「……リアナ」


 俺は思わず名前を呼んだ。

 言葉が震えたのを自分で感じた。


 彼女は柔らかく笑った。

 

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