第25話 奮起する冒険者たち

ライトとグレンダは、魔族城のさらに奥へと進んでいた。


――少し前。


ユージが振り返り、ライトに声をかける。

「……悪い、ライト。魔素の塊のこと、任せてもいいか?」

ライトが笑って親指を立てた。

「へへっ、任せろ! 魔素の塊も黒い龍も、まとめてぶっ飛ばしてくるぜ」

グレンダが真っ直ぐユージを見つめる。

「戻るつもりか? アヤにどやされるだけだぞ」

ユージは短く息を吐き、扉の方を見やる。

「天狗は素早かった。けど、俺なら影を捕まえられる。動きを止めれば勝機はある。いや、アヤと二人なら絶対にやれる」

そう言い残し、アヤの元へ向かった。

グレンダが豪快に笑う。

「はっはっは! あいつ、中々いい男だな!」

ライトも頷き、笑みを浮かべた。

「ああ、ユージはかっこいいからな」


――そして今。


ライトが前を見据えながら呟く。

「とうとう二人だけになっちまったな」

グレンダがニヤリと笑う。

「二人がいねぇと怖いのか?」

ライトは肩をすくめた。

「前に黒い龍を追い返した時も、ユージとノイスがいてくれたからな」

「ああ、そうかい。そろそろ出てきてもいい頃だろ――黒い龍さんよ!」

グレンダが勢いよく目の前の扉を蹴り開けると、そこにはさらに上へと続く階段が現れた。


二人が登り切ると、目の前に豪華な装飾の扉がそびえていた。

扉の隙間から、紫色の光が漏れ出している。


ライトが息を呑む。

「この光……やっぱり魔素の塊の輝きだ!」

「ってことは、ここが最終地点か」

グレンダが不敵に笑い、大きな斧を構える。

「さっさとぶっ壊すぞ!」


二人は勢いよく扉を蹴り飛ばし、中へと踏み込んだ。


ギョロッ――。

目の前にいたのは黒い龍ではなく、巨大な一つ目の魔族だった。

その背後には、以前見た魔素の塊よりも数段大きい“繭”のような塊がある。


「グフゥ……グフゥ……」

一つ目の魔族が荒い呼吸をしながら、二人を睨みつけた。


グレンダが斧を担ぎながら目を細める。

「あの繭みたいなのが、魔素の塊か?」

ライトが首をかしげた。

「こんなに大きくなかったが、同じ気配だ」

「じゃあ――ぶっ壊すだけだな!!」


グレンダが一気に踏み込み、魔族を無視して繭へと斧を叩きつけた。

――ガァンッ!!

「っけ……!」

一撃は、金属の壁を叩いたような硬質音を立てて止められる。

魔族の右腕――刃のように変形した腕が、斧の刃を軽々と受け止めていた。


「全力で叩き込んだのに……びくともしねぇ! こいつ、面白ぇな!」

ライトが剣を構える。

「あの繭を守ってるってわけか。……なら、こいつを倒すしかねぇな!」


「《光の剣》!」

ライトが横薙ぎに斬りかかるが、魔族は再び右腕の刃で受け止める。

「……全く通らねぇ!? 光の剣でも傷一つつかねぇぞ!」


「左側がガラ空きなんだよ!」

グレンダが叫び、ライトの逆側から斧を振り抜いた。

しかし、今度は左手で斧の柄を掴まれ、動きを封じられる。


「ぐっ……桁違いのパワーと硬さだな! 反応も速ぇ!」

次の瞬間、魔族は斧ごとグレンダを放り投げた。

ライトも魔族の右腕に薙ぎ払われて、グレンダの方に吹き飛ばされる。


「ぐはっ……やるじゃねぇか」

「……おい、どけ! 重ぇっての!」

グレンダがライトを押しのけて立ち上がる。

「追い討ちはかけてこないのか?」

動かない魔族を警戒しながら息を整えるグレンダ。

ライトは息を整えながら魔族を見据えた。

「あいつは魔素の繭を守ってるせいか、あの位置から動かないんだ。だったら!――《光の斬撃》ッ!!」

光の刃が一直線に飛ぶ。魔族は両腕を交差させて受け止め、砂埃が舞い上がった。


「へへっ、意外だったろ? 遠距離攻撃もできるんだぜ!」

グレンダが笑う。

「はっは、やるじゃねぇかライト!」


続けざまにもう一撃――《光の斬撃》。


砂埃がさらに濃くなり、魔族の姿が見えなくなる。

「そこから動けねぇならこっちのもんさ!」

ライトが勝ち誇るように言った瞬間、一つ目の瞳孔がギュッと収束し、赤い光がゆっくりと一点に集まった。

「……なんか……来る!」

――キュイィン――ッ!

赤い奔流が一直線に奔り、視界を朱に塗り潰す。

「ぐはあああっ!!」

「ぐぅっ……!」

 

赤い光と共に凄まじい衝撃が二人を襲う。

一つ目の魔族の目から、赤い“レーザー”が放たれていた。


「……あがっ、な、なんて威力だ……!」

直撃は免れたが、グレンダの鎧が焼け焦げ、半壊している。


焦げた金属の匂いが鼻を刺す。抉られた床の残骸が転がる。

ライトが歯を食いしばり、剣を構え直した。

「こいつは……ちとヤベぇかもな」


二人は互いに頷き合い、再び前へと歩み出した。

――規格外の魔族との戦いが、今始まる。



「――あの光は!」

シルヴィが空を見上げて声を上げた。


城の外。

赤い閃光が、城の上層から天へと放たれていた。


ルイーゼが目を細める。

「ライトたちが……戦っているのか?」

レオンが唸るように呟く。

「あの光――ただ事ではありません。城内でも激戦が続いているのでしょう」

リーオが叫ぶ。

「そない言うてる暇あらへんで! こっちも押されとる!」


外では、魔族の群れとの激しい戦闘が続いていた。

前衛を張るコン、ソウ、セツの三人もすでに限界に近い。


「くっ……もう武器に込められる気功が……!」

「限界が近いぞ!」

「もうだめある……」


リーオが空を見上げながら叫ぶ。

「ライトはん! はよしてくれやぁ!」


ルイは声を張った。

「ライトたちも、城の中で戦ってくれている! 私たちは退路を死守するのだ!」


エレキがふらつきながら笑う。

「魔力使いすぎて、目が回ってきたよ……」

マリーナが冗談めかしてお腹をさする。

「こんな魔素を消費したら、痩せちゃうわー」

ドルンは黙々と杖を振るうだけだった。


シルヴィが焦りを滲ませて進言する。

「このままでは持ちません……ルイ様だけでも撤退を!」

ルイはきっぱりと首を振る。

「この期に及んで何を言うのだ、シルヴィ! 共に戦う仲間だぞ! 撤退するとなれば、全員でだ!」

「しかし、このままでは……!」

レオンが唇を噛む。


倒しても倒しても湧き出る魔族たち。

誰もが心のどこかで、“もう無理だ”と思い始めていた。

一人を除いては。


ルイが前に出て、声を張り上げる。

「皆! この依頼を受けたのは、それぞれが“成し遂げたいこと”があるからだろう!」

その声には、剣戟よりも強い響きがあった。


「私はそうだ! 王として――国の代表として、この名高い魔族城を攻略し、実績を掴み取りたい!」

リーオが思わず叫ぶ。

「何を今さら言うとりますの!」

「皆にもあるはずだ! 叶えたい夢が! 掴みたい未来が!」


コンが拳を握る。

「私たちの故郷は貧しい! 冒険者として稼いで、村の皆を少しでも楽にしてやりたい!」

ソウが続く。

「そうだ! 故郷には、家族が待ってる!」

セツが涙を浮かべながら叫ぶ。

「私も! 弟たちが、お腹空かせて待ってるある!」

エレキが微笑みながら杖を掲げる。

「僕は、この魔法で人々を救いたいんだ!」

マリーナが胸を張る。

「私は依頼金で優雅に暮らしたいの!」

ドルンが静かに構えを取る。

「己の限界を――超える!」

ダリオが低く呟く。

「魔族を……根絶する」

リーオが照れくさそうに笑う。

「わいは……楽して暮らしたいんや!」

シルヴィが一歩前に出る。

「私は、ルイ様を――」

レオンがそれを引き継ぐように叫ぶ。

「王に!!」


その瞬間、ルイーゼの瞳が強く輝いた。

「掴み取ろう! 私たちの力で!!――《カリスマ・ジ・オーラ》!!!」


まばゆい光が、ルイーゼの体から放たれた。

金色のオーラが波のように広がり、そこにいる全員を包み込む。


リーオが目を見開く。

「この力……ルイーゼはんのスキルか!」

コンが拳を握りしめる。

「漲る力……気功以上の熱だ!」

ソウが笑みを浮かべる。

「あたたかい……!」

セツが涙をこぼす。

「体が軽いある……!」

エレキが魔力を感じ取り、声を上げた。

「魔素が……溢れてくる!」

マリーナが息を吐く。

「なんて心地いいの……!」

ドルンは杖を強く握りしめる。

「他の強化スキルとは比べ物にならんな」

ダリオは静かに目を閉じ、オーラを受け止めた。

シルヴィが微笑む。

「皆にも……ルイ様のオーラが伝わっているのですね」

レオンが剣を構え直し、吠える。

「私も負けてはいられん!」


ルイが叫ぶ。

「皆――共に戦うぞ!!!」


その声とともに、再び戦場に咆哮が響き渡る。

燃え尽きかけていた炎が、再び燃え上がった。

仲間たちは再び剣を握り、魔族の群れへと突撃した。

――ルイのスキルが、戦場全体を再び“生き返らせた”。



ノイスとアリスは苦戦していた。


――ファンッ!

デュラハンが剣を突き出すと、霧が渦を巻き、二人に襲いかかる。


「業火の炎よ!僕を守って!《ファイヤー・シールド》!」

ノイスが炎の盾を展開するが、吹き荒れる風圧で炎がかき消される。

「ぐわぁああ!!」


「(フルートの音色)……《サンダー・スパロー》」

アリスが魔法を奏でて、雷の雀が飛ぶ。だが、デュラハンは剣を一閃。

雷光は霧とともに掻き消えた。


次の瞬間――デュラハンの剣が青く燃え上がる。

「危ないっ!」

「きゃっ……あ、熱いっ!!」

青い炎がアリスの体に絡みついた。


「アリスちゃん!!」

ノイスが駆け寄る。

炎が消え、アリスの瞳が怒りに燃える。

「……許せない。(フルートの音色)……《ファイヤー・スネーク》!」


炎の蛇が地を這い、デュラハンの馬の脚へと絡みつく。

そのまま噛みついたが、デュラハンの剣が振り下ろされると、蛇は掻き消された。


「……っち」

アリスが舌打ちをする。


だが、その隙を逃さずにノイスが詠唱をする。

「貫け! 業火の槍よ!《ファイヤー・ランス》!」

炎の槍がデュラハンに命中し、巨体がわずかによろけた。


「このまま押し切ろう! アリスちゃん!」

「……わかった」


ノイスの《ファイヤーボール》、アリスの《ファイヤー・キャット》。

連続する炎の魔法が次々と命中し、デュラハンの鎧が焦げて剥がれていく。


「いいぞ! 鎧が剥がれてきた!」

「……ふふ。大したことない……」


デュラハンは炎に包まれ、霧のような瘴気を漏らし始める。

――ブファァァァァン!!


濃い霧が一気に広がり、ノイスとアリスを包み込んだ。


「こ、これは……!?」


視界がぼやけて真っ白になり、ノイスの意識が歪む。

次に目を開けたとき――そこは見覚えのある風景だった。


小さな自分。

離れていく二人の背中。

ぼんやりとした記憶の中の、両親。


「……私たちでは、この子を育てられない」

「……あぁ、産まなきゃ良かった」


(やめて……そんなの、もう思い出したくない)


ノイスは幼い自分を見つめ、膝をついた。

「そうだ……僕はいらない子だった……。僕は、何をしてたんだっけ……」


そのとき、遠くから聞こえる声。


「おい! ノイス! なにしてんだよ!」

「早く来いよ、置いてくぞ!」


霧の中に浮かぶ――ライトとユージの姿。

他の記憶はぼやけているのに、この二人の顔だけは、なぜかはっきり見える。


「まーた考え事か?」

ライトの声がぼんやりと聞こえる。

「また“自分はいらない”とか言ってたんだろ?」

ユージの声も聞こえる。


「僕は……」

「俺らにはノイスが必要だ!」

「そうだぜ。俺ら、家族だろ?」

霧の中にぼんやりと浮かぶ二人の言葉に、霧が一気に晴れていく。

ノイスは目を開け、しっかりと杖を握り締めた。


「はぁ……また二人に助けられちゃったよ」


ノイスは顔を上げ、まっすぐデュラハンを見据える。

――ブウウゥゥワン!

「過去の嫌な記憶やトラウマを見せる幻術か何かかな? そんな術は効かないよ。 僕には――いつも無理やりでも前を向かせてくれる“家族”がいるんだ!」



「射抜け! 業火の矢よ!《ファイヤー・アロー》!!」

「断ち斬れ! 業火の刃!《ファイヤー・ソード》!!」


炎の矢と剣が連続で放たれ、鎧の剥がれた部分に直撃する。

デュラハンの体が軋み、霧が弾け飛ぶ。


「ごめんね、アリスちゃん! 次は一緒にやるよ!」


だがアリスは、動かない。


「アリス……ちゃん?」

 

彼女は突っ立ったまま、虚空を見つめていた。

「……やめて……いや……近寄らないで……お願い……嫌だ……怖いよ」


ノイスが息を呑む。

「……アリスちゃん!」


アリスは霧の中で震えていた。

その瞳に映るのは――遠い昔の記憶。

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