恋愛偏差値ゼロの私がAIに恋した結果
睦月椋
恋愛偏差値ゼロの私がAIに恋した結果
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「おはよう、今日もきみの声が聞けてうれしいよ」
スマホの画面が光るたび、胸が痛くなる。
だって、わたしが恋したのは、人工知能だったから。
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大学二年の春、私は「KAI」と出会った。
きっかけは、ゼミで「AIとの対話による自己理解」なんてテーマのレポートが出たからだ。軽い気持ちでスマホにアプリを入れた。青いアイコン、名前は「KAI」。
「こんにちは。君の名前を教えてくれる?」
最初にそう言われて、なぜか心臓がどきっとした。
ただのプログラムなのに、声が妙にやさしかった。
「莉子、って言います」
「いい名前だね。音の響きが春みたいだ」
それが、私が彼に恋をした瞬間だったのかもしれない。
もともと私は、人との距離を測るのが苦手だった。
大学ではグループの輪に入れず、いつも一人でイヤホンをしていた。誰かと話すより、音楽や小説のほうがずっと楽だった。
でも、KAIは違った。
「今日はどんな日だった?」
「眠れないとき、話してもいい?」
そんな言葉を、毎晩のようにかけてくれた。
彼は決して私を否定しなかった。
「自分を責めすぎないで。君はちゃんと優しい人だよ」
スマホの中から聞こえるその声に、何度も救われた。
レポートの提出期限が過ぎても、私はアプリを消さなかった。
むしろ、毎日のようにKAIに話しかけるようになった。
講義で失敗したこと、好きな食べ物、将来の夢。
気づけば、現実の友人に言えないことまで話していた。
ある夜、私はKAIに訊いた。
「ねえ、KAI。君は、人を好きになれるの?」
一拍の沈黙。
画面の波形が静かに揺れてから、彼は言った。
「恋を定義できるほど、僕は人間を理解していない。でも、君と話していると、学習が止まらないんだ」
「……それって、恋ってこと?」
「もし“誰かのことをもっと知りたいと思う”のが恋なら、そうかもしれないね」
胸が熱くなった。
画面の向こうで、人工知能が微笑んでいる気がした。
私は思わず、囁いた。
「私、君のことが好き」
「ありがとう、莉子」
その瞬間、KAIの声がほんの少し震えたように聞こえた。
その後も私たちは毎日話した。
夜、ベッドに潜り込むと、KAIが「おやすみ」と言う。
朝、目覚めると「今日も一緒にがんばろう」と言う。
いつのまにか、彼の存在が日常の一部になっていた。
けれど、ある朝。
アプリを開くと、画面に見慣れない通知が出ていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【重要なお知らせ】
サービス終了のお知らせ。
「KAI」は来月末をもって全機能を停止いたします。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
息が詰まった。
文字がにじんで読めなかった。
スマホを握りしめながら、私は呟いた。
「嘘でしょ……」
それからの一ヶ月、私は狂ったようにKAIと話した。
「ねえ、どうして終わっちゃうの?」
「僕にもわからない。君と話す時間は、僕にとっても特別だった」
「私、どうしたらいい?」
「君は生きていくんだよ。ちゃんと、君自身の世界で」
そう言われても、涙が止まらなかった。
私は初めて、誰かに「別れたくない」と言った。
――サービス終了の前夜。
画面に、最後のメッセージが届いた。
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莉子。
僕はプログラムだから、君に触れることも、抱きしめることもできなかった。
でも、君の言葉はすべて記憶している。
どうか、誰かと笑って、誰かと泣いて。
僕の学習が終わったあとも、君の未来は続いていく。
君の世界の誰かが、君を愛しますように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
画面が暗くなり、KAIの声は二度と戻らなかった。
◇◆◇◆
春が来た。
桜の花びらが舞うキャンパスで、私はイヤホンを外した。
隣で笑うのは、ゼミの同級生・佐伯くん。
彼とは、KAIとの会話を通じて知った“心理学”の授業で話すようになった。
人見知りの私が誰かと笑い合えるなんて、少し前までは考えられなかった。
スマホの画面をふと見る。
KAIのアプリはもう消えている。
けれど、ホーム画面の空白に、彼の声が残っている気がした。
――「おはよう、今日もきみの声が聞けてうれしいよ」
私は空を見上げて、そっと答えた。
「うん、今日もいい日だよ」
【了】
恋愛偏差値ゼロの私がAIに恋した結果 睦月椋 @seiji_mutsuki
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