第2話
復興作業が始まってから、すでに数日が経った。
第三中隊は、家屋のほとんどが焼け落ちてしまった街を担当していた。防壁の外側に仮設キャンプを設営し、毎日のように瓦礫の撤去や物資の運搬に汗を流していた。慣れない肉体労働で体中が悲鳴を上げていたが、それでも手を止めるわけにはいかなかった。
一つ瓦礫を片付けるたびに、かつてそこにあった暮らしの痕跡が見えてくる。黒こげの棚、燃え残った子供のおもちゃ、焼け焦げた机——そのすべてが、失われた日常を物語っていた。そうしたものを見つける度に、ここで暮らしていた人たちが今生きていることを祈った。
額の汗を拭いながら、周囲を見回す。家屋の残骸がまだまだ残っている。この調子では、どれくらいかかるか予想もつかなかった。
「ハルト、次これ運んでくれ」
エドワードに声をかけられて、俺はこぼれそうになったため息を必死で飲みこんだ。全身の筋肉が軋むが、文句を言っている場合じゃない。
「了解です」
ツルハシや手斧を振るう音が、そこかしこから響いている。復興作業には村人も加わっているため、家屋の残骸を力の弱い者でも運搬可能な大きさにしているのだ。子供たちも自分たちが持てるサイズのものを健気に運んでいて、そういった姿を見たら、がんばらなければという気持ちが自然と湧いてきた。
木材を運搬場所まで運び、戻ってくる途中で呼び止められる。
「おい、ハルト!」
声のした方に振り返ると、レンが片腕で木材を抱えていた。
「え、何やってんの!」
「見りゃわかるだろ、手伝いだよ」
「まだ安静にしてなきゃいけないんじゃないの?」
「じっとしてると気が狂いそうなんだよ。それにまだ役に立つってとこ見せないと、クビになっちゃうしな」
レンは木材を地面に下ろすと、額の汗を袖で拭った。
「……大丈夫?」
「大丈夫だって。ちょっと熱があるだけ」
「熱?」
よく見ると、レンの顔色が悪かった。目も少し充血しているようだ。
「今朝からな。でも動いてりゃ治るさ」
「いや、少し休んでた方が」
「いい。無理に付いてきたのは俺だしな、休むわけにはいかない。じゃ、お前も頑張れよー」
「あ、ちょっと!」
止めようとする俺をうっとうしそうに軽く睨みつけてから、レンは木材を担いで、そのまま去っていった。
その日の夕方、嫌がるレンを無理やりエリナがいる天幕に連れて行った。彼女は机に向かって、何かの資料を読み込んでいた。エリナの私物なのか、上に吊るされたランタンは他よりも強い光を放っていた。
「エリナさん」
「あら、どうしました?」
エリナは資料をめくる手を止めて、こちらを見上げた。
「レンなんですが……朝から熱があるみたいで。俺が言っても聞かないので、エリナさんから休むように言ってもらえませんか」
「だから大丈夫だって! 大げさなんだよ」
そう言うレンの額には大粒の汗が浮いていた。もう作業をやめてからしばらく経つというのに、一向に汗が止まる気配がなかった。むしろさらにひどくなっている気がしていた。
「レン、人に迷惑をかける前に休むのも仕事の内ですよ」
「……はい、まあ、わかってますけど」
「はあ、いつまで経っても子どもですね。無理やり眠らせましょうか」
「え! いやいいですって! 大丈夫、大丈夫ですから!」
レンが首をぶんぶんと横に振った。エリナはため息を吐いて立ち上がると、額に手を当てた。
「……ずいぶんと熱がありますね」
その表情が、一瞬だけ曇ったように見えた。
「こんなの一晩寝りゃ治りますから! じゃ俺はこれで」
そう言ってこの場から逃げ出そうとしたレンの襟首を、エリナの手ががっちりと掴んだ。
「なら、そうしてもらいましょう。スリープ」
彼女の方へ倒れ込んだレンをよく見ると、目を瞑って寝息を立てていた。
「こんなスキルも持ってたんですね」
「まあ色々と」
「レンは大丈夫そうですか」
「さあ……ちょっと調べます。魔力に少し違和感があるので」
机の上にレンを寝かせてから、エリナは棚から測定器具を取り出した。
検査は長く続いた。彼女は様々な器具をレンの体に当てて、記録を取っていた。俺はそれをずっと、天幕の隅から見つめていた。
「魔力パターンが時折、変化しているようです。それが熱の原因だとは言えませんが、休んだ方がいいのは確かでしょうね」
エリナの声は、いつもより硬かった。
「それって……どういうことですか」
「わかりません。ただの一時的な乱れかもしれないし、もっと深刻な何かかもしれない。経過観察が必要です」
「深刻なって……リィナさんは俺の魔力を一時的に変化させてたじゃないですか。俺は全然元気ですよ。そんな気にしなくても大丈夫なんじゃないですか」
半笑いでそう言った俺を、エリナは険しい表情のまま見つめた。
「そうですね。あの方には大丈夫だという確信があるようでした。魔導騎士だからこそ手に入る情報もあるでしょうし……だから何も言いませんでしたが、魔力の変化と言われて研究者が真っ先に思いつくのは、魔獣の進化です。あまり良い印象はありません」
「そんな」
言葉を飲んだ俺から目を離して、彼女はレンの前髪を指先で撫でた。
「とにかく一般には公開されていない情報なので、予測も対応もできません。この子の治癒力に任せるしかない」
翌日から、レンの体調は悪化の一途を辿った。
熱は下がらず、むしろ日を追うごとに上がっていった。目の充血はひどくなり、皮膚の一部が発疹のようなものが出来始めた。赤黒い斑点のようなものが、腕や首筋に現れている。
「大丈夫だって……明日には、治るさ」
レンはまだそう言っていたが、その声は弱々しく、額には常に汗が浮かんでいた。
治療班の面々、その中でも特にミリアが献身的に看病を続けていた。村人の治療やカウンセリングもしているのに大変そうな表情一つ見せず、額の汗を拭って水を飲ませ、傍に付き添って話し相手にもなっていた。
俺もがんばろう。レンとミリアの気を楽にさせられるくらい。
そう思い頬を叩いて気合いを入れていると、
「ハルトも休んでくださいね」
不意に、ミリアが声をかけてきた。天幕から出てきた彼女が、心配そうな目でこちらを見つめていた。
「顔色、悪いですよ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないです。ちゃんと見てるからわかります」
ミリアが俺の手を取った。突然のことに、心臓が跳ねた。「脈を診ますね」
彼女は真剣な表情で、手首に指を当てた。その指先はとても温かくて、触れられた場所からぬくもりが広がっていくような気がした。
「……少し早いです。やっぱり、疲れてるんじゃないですか」
「え? うん、そう、かもね」
声が掠れた。すぐ近くにあるミリアの顔と暖かな指先、花のような香りで、まともに頭が動かなかった。ただ動揺していることがバレないように、顔だけは平静を装った。
「無理しないでくださいね。ハルトが倒れたら私……」
ミリアが言葉を切った。俺を見上げる瞳が、微かに潤んでいた。「私、心配です」
その言葉がぬくもりと共に、胸の奥に沁み込んでいく。
「……ありがとう」
それしか言えなかった。本当は、もっとたくさん言いたいことがあった。
ミリアも無理しないでね。俺も心配だよ。手伝えることがあったら何でも言って。用がなくても呼んでくれていいし。街の外れにきれいな青い花がたくさん咲いている場所があったんだ。一緒に見に行こうよ。
でも、彼女の丸い瞳に見られていると、何一つ言葉にはならないのだった。
ミリアは小さく微笑んで、レンの天幕に戻っていった。その後ろ姿を見送りながら、俺は自分の手首を見つめていた。まだ、彼女の指先の温もりが残っているような気がした。
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