現代魔法力学概論
@aokitori
第1章 魔法学成立以前の時代
§1.1 前信仰的魔法観の時代
現存する最古の古文書『炎と水の書(Liber Ignis et Aqua)』や極東の『巫者録』に見られる記述からわかるように、初期人類は自然現象を神やそれに相当する魔物か魔族による”意思表示”とみなし、魔法を祈祷と儀式の基本的な体系として扱っていた。
例えば古代王国の祭祀記録では雷を「天空の神の怒り」と呼び、火を操る術者を「神の媒介者」として崇めている。
この時代における”魔法”とは、法則ではなく神への信仰により下賜された自然現象の拡張にすぎず、記述的には豊富であるが再現性・理論性を欠いていた。
「神は声を、人は音をもって奇跡を成す。」
―『巫者録』より抜粋(原文:中期王国語写本、現存断片)
ここで神が明確な意志を持って力を行使するさまを”声”、人がそれを模倣するさまを”音”と表現していることは有名な事実だろう。
したがって、この時期の魔術は宗教的・感情的魔法観と呼ばれ、後の学派からは「観察の時代」と分類されている。
§1.2 フェルデンによる意識共鳴実験
魔法を初めて体系的に「現象」として扱った人物として、初期王国の哲学者アリオン・フェルデン(Arion Felden)が挙げられる。
彼は同一詠唱を行うある集団儀式において、詠唱者間の心理的同期が生み出す空気振動・輝度変化・温度上昇などの測定を試みた。
当時はまだ計測という概念がほとんど存在せずフェルデンは独自に「日影尺」と呼ばれる日時計式光度測定器を考案し、呪文詠唱時に生じる輝度変化を定量化したとされる(図1参照)。
彼の主著『意識の共鳴について(De Concordia Mentis)』では、精神的集中度と周囲の魔力反応との間に相関関係が存在することを報告している。
「精神とは波である。言葉はそれを媒介する器にすぎぬ。」
―アリオン・フェルデン『意識の共鳴について』第2章より
この報告をもって、魔法を「精神波と空間の干渉現象」とみなす理論的潮流が生まれた。彼が提唱した”精神波”はあくまでイメージを分かりやすく伝えるための造語であり、精神を”波(Wave)”によって表現できるかは今でも議論されているが奇しくもこの表現が魔法の発動に空間を伝播する波が関係しているとする説を後押ししている。
この功績により後にこれが「魔法波理論(Arcane Wave Theory)」の原型と評価されている。
§1.3 ルセア・グラントによる偶然的発光現象の記録
魔法陣の発見は実験事故として始まった。
王立写本院学徒ルセア・グラント(Lucea Grant)が『古代王国語祈祷書』の写本の作成中、文様の誤写により閉曲線を形成した箇所が突然発光し、机上に光の玉が現れた。
当時の王宮記録に『グラント写本事故報告』(写字生記録)として以下の記述が残る。
「ルセア嬢が誤って線を閉じたとき、青い光の玉が円環より発した。その輝きは蝋燭ほどであったが、彼女は恐怖のあまり手を放り出した。だが我々が再度それをなぞると、同じ光が再び現れた。」
この出来事は偶然の連鎖であったが、後に弟子であり後継者となるトレム・ヴァルド(Trem Vald)が再現実験を行い、形状・線幅・材料などを系統的に変化させて出力の違いを定量化した。
彼はこれを「幾何学模様魔力干渉現象」と命名し、魔力が特定の幾何形状を描く魔導物質によって空間的に整流されると仮定した。
§1.4 ヴァルドの「流束理論」と初期魔法陣解析
トレム・ヴァルドは後に“流束理論(Theory of Arcane Flux)”を提唱する。
彼の論文『魔力流の閉環現象について』(第3版)では、魔力を流体と仮定し、その密度を”φ”(ファイ)で表し、以下の式を導入している。
φ = ∂Ψ/∂t
(Ψ:魔力ポテンシャル、t:時間)
すなわち、魔力の時間変化速度が空間に干渉波(魔法波)を生じさせると説明した。
さらに彼は、閉じた曲線内ではΦが自己共鳴して増幅することを実験的に確認した。
彼の実験ノートには次のような記録が残る。
「環を一重に描くと微弱な光。二重にすれば強光。三重では逆に光を弱める。形は意志を必要とせず、構造が結果を決める。」
―トレム・ヴァルド研究日誌 第112葉より
この研究によって、魔法陣は再現性のある物理現象として確立され、”描けば発動する法則”として社会に急速に広まった。
今ではある程度の規則性によりその効果を事前に予測できるが、この当時の技術では魔法陣を変更した際に発生する効果が不明であり、実際に魔法陣を作成・起動させねば効果を知ることができなかった。
今でも各国は独自に陣形の解析を進めており、その中には深刻な影響をもたらす可能性がある陣形もあることが予想されている。
§1.5 学派間論争と禁書時代
ヴァルドの成果は一方で宗教界の強い反発を招いた。
特に聖教会がそれまでの魔法と異なり人が発動するのではなく、魔力を流された魔法陣が魔法を発動させる行為を問題視したことにある。
この実験の重要な点は魔法を神の力としてではなく物理的現象として再現できるよう落とし込んだ点だろう。
教会は「人による創造力の再現」を異端とし、『流束理論』を禁書指定、彼の実験施設を破壊した。
それにもかかわらず、各地の修道院や王立研究所では密かに研究が続けられた。
誰でも安定して同一の魔法の再現や複雑な詠唱の省略ができるということはあまりに大きな利点をもたらしたことを諸君は知っているだろう。
その時代の魔術書には「ヴァルド型陣式」「逆位相陣」「曲面式拡張回路」など、後の魔法工学の基礎語彙がすでに現れている。
この暗黒期は「隠匿の時代」と呼ばれ、名だたる魔法研究者たちは地下の部屋で「魔力の正体」を探求し続けた。
§1.6 魔法哲学の誕生と魔法物理学
近代に入ると、教会の権威が緩み、“世界は解析可能である”という新しい思想である魔法哲学が広まる。
その中心人物セイロン・カリスは『波動と意志の統一仮説』において、魔法波を「空間構造そのものの微細振動」と定義した。
この解釈が後に魔法波を空間の固有波動現象とする現代理論の礎となる。
ここに至って、魔法は「神秘の技術」から「空間構造の科学」へと変貌を遂げた。
以後、魔法は工学・兵学・医療・通信・航行などの分野で急速に応用され、“魔法物理学(Arcane Physics)”という新たな学問体系が誕生することになる。
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古い書では魔法物理学を単にPhysicsと表記している場合がある。
しかし最近では一部の学派がそれまで自然物理(Natural Physics)と呼称されている学問が世界の基礎であり、魔法物理学(Arcane Physics)がその応用であるとして魔法物理学をPhysicsと呼称することに反発した背景がある。
この論争は今でも続いており、そのため本書ではどちらかをPhysicsと表現することを避けることとする。
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