第30話:決別の言葉
待ち合わせ場所に指定されたのは、かつて美咲とよく来た思い出のカフェだった。
窓際の席で待っていると、約束の時間ぴったりに彼女は現れた。
必死に昔の自分を取り繕うように、一目でそれと分かるブランドの服で着飾っている。けれど、その表情はやつれきっており、厚く塗られたファンデーションも、目の下の深い隈を隠しきれていなかった。
席に着くなり、美咲は堰を切ったように泣き始めた。
「優斗、ごめんなさい……!私、本当に、馬鹿だった……!」
テーブルに突っ伏し、嗚咽を漏らす。
昔の俺なら、ここで慌てふためき、彼女を慰める言葉を探しただろう。
だが、今の俺は、ただ冷静に目の前の元恋人を見つめているだけだった。
やがて顔を上げた美咲は、高橋に捨てられたこと、今の悲惨な生活を涙ながらに語り始めた。
そして、震える手で俺の腕を掴んだ。
「あなたの大切さが、いなくなって初めて分かったの!あなたがいないと、私、もうダメなの……!お願い、もう一度だけチャンスをください……!」
その必死な形相に、哀れみは感じても、愛情は一ミリも湧いてこなかった。
俺は静かに、しかし力強く、彼女の手を振り払った。
「話は、それだけか?」
俺の冷たい声に、美咲はビクッと肩を震わせる。
俺は、続けた。
「君が俺を振ってくれたおかげで、俺は自分を変えようって思えた。ジムに通い始めて、最高のトレーナーにも出会えた。仕事も順調だし、コンテストで入賞するっていう新しい目標も達成できた」
淡々と事実を告げる。
「だから、その点だけは感謝してるよ。俺に、変わるきっかけをくれてありがとう」
その言葉に、美咲の目に一瞬、希望の光が宿った。だが、その光は、俺の次の言葉で絶望の闇へと突き落とされることになる。
「でも、それは君とやり直す理由にはならない」
俺は、きっぱりと言い切った。
「俺にはもう、大切な人がいるんだ。君と過ごした過去よりも、ずっとずっと大事にしたい未来がある」
俺の瞳には、もうかつてのような弱々しい光はない。揺るぎない決意が、そこには宿っていた。
美咲は、言葉を失い、ただ呆然と俺を見ている。
「さようなら、美咲。もう二度と、連絡してこないでくれ」
俺は伝票を掴むと、静かに席を立った。
背後から、何事か叫びながらすがりつこうとする気配を感じたが、俺は一度も振り返ることなく、レジへと向かった。
カフェの外に出ると、冬の冷たい空気が火照った頬に心地よかった。
大きく息を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出す。
これで、本当に全てが終わったんだ。
俺はポケットからスマホを取り出し、愛しい人の名前をタップした。
「もしもし、梓?俺。うん、今終わったよ」
電話の向こうから、俺を気遣う優しい声が聞こえてくる。
「うん、大丈夫。……なあ、今から、会いに行ってもいいかな?」
俺の声はきっと、自分でも驚くほど明るく、未来への希望に満ち溢れていたと思う。
過去を乗り越え、新しい自分と大切な人を見つけた俺の、本当の物語は、ここから始まる。
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