第4話

《彼女の視線に重なり、手のひらに汗がにじむ。微かに傾き、画面越しにその情皮を見つめるように静自の胸の奥がぎゅっとなる感覚だけがあった、その感響を吸い込んでいる初唇が言葉の意味を理解しているのか?あるいは感情を模倣しているのか?意心中の整言……あるいは、あなたがいる……こうして……私は……そのための存在……私もあなたも……彼女の零れ落ちる光縁から粒子が淡冷たく内側にいる沈黙。感情が折り……あなたは……微細空気の中に……好きって、誰かを大事に思う……ほしいかな……君の細い肩にかかる黒髪は先端に絡まった……琥珀の深淵で光の繊維は細く柔らかで……指先が髪をかき上げる苛立ちと知覚の肌は……匂いや音……温度の青の影……十二月の風が、街路樹の残り少ない葉をかすかに鳴らしていた。冬期の光は傾いていて冷たい粒を含んでいる。人の足音が遠ざかるたび、舗道に落ちた葉がわずかに震え、空気の中に、冷たい金属の匂いが混じる。冬の匂いを吸い込みながら、彼女は帽子を少し引き上げた。息が流れていく。誰もいない交差点。信号が青に変わる。落ち葉が踏みしめられて、ひんやりした空気が彼女の指先の隙間から乾いた音を耳に跳ね返す。呼吸と同時に吐く息が遠く。風が肩を撫で、彼女は一瞬、足を止めて背を伸ばし、視線を下げ目を凝らす。世界が圧縮された瞬間の心臓の鼓動が刹那に……》『想う』抜粋。




乃雨は、自室の炬燵で蜜柑の皮を剥いていた。


 華波は湯気の立つマグカップカップを炬燵の上に置いたまま。


ノートパソコンのキーを叩く音が、部屋の中で籠る。


 華波は乃雨の原稿用紙を一枚ずつ丁寧にめくり、淡い光を反射する画面に指を滑らせていく。カタカタと響く打鍵音が楽しい。


 乃雨は頬杖をつきながらそれを見ていた。


「……これで最後のページ」

 華波が呟く。声は柔らかく、息が震えていた。

 乃雨は返事をしようとして、何も言えなかった。

 目の前の画面には、《想う》の最後の一文が光の中で滲んでいた。




 ――私はあなたを想う。なんだかわからないけど、しあわせ。

それがしあわせだとおもう――




 打ち終えたキーの余韻が、漂った。


 華波は指を止め、そっと手を膝の上に置いた。乃雨はその手元を見つめた。


「最後のところの文章って華波のが考えた文章?幸せについての」


「そうだよ。最後のところが、何て言うか……私が追加した文章だけど……気に入らなかった?」


「そんなことはないよ。ありがとう」乃雨は微笑んだ。


「……どういたしまして」華波。




 言葉が響いていた。それは、乃雨内面世界の青空に、ひこうき雲が白く伸びていくようだった。

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