筋肉転生者の異世界成長記 ~ドラゴンは最高級のプロテイン~

月祢美コウタ

プロローグ:筋肉転生者ガイアの記録:赤ん坊の筋トレ

第一幕:転生と初期筋トレ


目が覚めた。

いや、正確には「意識が戻った」というべきか。

視界がぼやける中、木造の天井が見える。

(ここは……どこだ?)

身体を動かそうとする。

動かない。

腕が重い。いや、違う、軽すぎる。

(筋肉が……ない?)

衝撃が走る。

腕を持ち上げようとすると、小さな手が視界に入った。赤ん坊の手だ。

(……転生したのか)

冷静に状況を分析する。視力が弱い、筋力はゼロ、首が据わっていない。つまり、生まれたばかりだ。

(となると、まずは基礎体力の構築からだな)

天井を見上げる。太い梁が見える。

(懸垂バーとして使えそうだ……いや、待て)

握力を確認しようと拳を握るが、握れない。指がわずかに曲がるだけだ。

(グリップ強化は、まだ早いか)

周囲を観察する。

壁に剣が掛けてあり、モンスターの牙が飾られ、毛皮が敷かれている。

(冒険者の家……か?)

良い環境だ。モンスター素材が身近にある。つまり、高タンパク質な食材が手に入りやすい。

(ならば、まずはこの身体を鍛えなければ)


トレーニングを開始する。

まずは腕立て伏せだ。

身体を横に向け、うつ伏せになろうとする。

ゴロン。

顔が床に向いた。

(よし、スタートポジションだ)

腕に力を入れるが、ピクリとも動かない。

(……ネガティブ動作で限界突破を試みるか)

腕を曲げようとする。震えるが、1ミリも持ち上がらない。

(大胸筋、三角筋前部、上腕三頭筋……すべてが未発達だ)

次はスクワットだ。

立ち上がろうとするが、立てない。当然だ。首すら据わっていない。

(下半身の筋力、ゼロ)

腹筋はどうか。

仰向けになり、上体を起こそうとする。首がグラリと揺れる。

(腹直筋、腹斜筋……まったく機能していない)

ふと、気づく。首が動いた。

(……ネックエクステンションの可動域は、わずかにある)

首を左右に動かすと、動いた。

(よし、まずは首を鍛えるか)

首をゆっくりと動かす。左、右、左、右。

(頸部の筋肉強化……これが第一歩だ)

15回繰り返すと、疲れた。

(この身体……弱すぎる)

息が荒くなり、口が開く。

「あ……ああああ!」

泣き声が出る。

(待て、これは……)

泣く。声を出す。

「ああああああ!」

全身が震える。

(腹式呼吸による横隔膜の運動……成長ホルモン分泌促進のための全身運動だ)

泣き続ける。

「ああああああああ!」

(このまま、限界まで追い込む)


扉が開く。

「あら、起きた?」

女性の声だ。優しい声。母親だ、と直感する。

視界がぼやける中、女性の顔が近づく。金色の髪、青い瞳。

「よしよし、怖かったのね」

抱き上げられる。温かい。

(体温……高い。筋肉量が多い証拠か?)

母親が微笑む。

「元気な子ね。よく動くわ」

よく動く?

(当然だ。トレーニング中だったんだから)

母親が揺らす。あやしているのだ。

「ねんねんころり……」

子守歌が聞こえる。

(睡眠も重要だ。筋肉の回復には7〜8時間必要)

扉が再び開く。

「ただいま」

男性の声。低く、太い声。父親だ。

「おかえりなさい。ガイアが起きたのよ」

ガイア。俺の名前だ。

「そうか」

父親が近づく。大柄な男だ。筋肉質で、傷だらけ。冒険者だ。

父親が俺を見る。

「……元気そうだな」

「ええ、とっても。さっきまで、すごく動いてたの」

「動いてた?」

「そうなの。手足をバタバタって」

父親が眉をひそめる。

「……普通の赤ん坊は、そんなに動かないぞ」

「そう?初めての子だから、わからないわ」

父親が俺を見つめる。じっと。

「……今、この子、腕に力を入れなかったか?」

「え?」

「いや……気のせいか」

母親が笑う。

「気のせいよ」

だが、その笑顔は少し引きつっている。


おむつを替えられる。

母親が優しく声をかける。

「はい、きれいにしましょうね」

足を持ち上げられる。

(この体勢……)

ふと、思いつく。

(レッグレイズの基礎動作だ)

足に力を入れる。下腹部、大腿四頭筋、腸腰筋。すべての筋肉を意識する。

足が、わずかに動く。持ち上がる。

母親が驚く。

「あら?」

さらに力を入れる。足が上がる。まっすぐに。

「……え?」

母親の手が止まる。

足を上げ続ける。10度、20度、30度。

「ちょっと、待って……」

母親が慌てる。

「なんでこの子、足をこんなに動かすの……?」

足を下ろす。また上げる。

(可動域の確認だ。大腿直筋の柔軟性、まだまだだな)

「ガイア……?」

母親の声が震えている。

上げて、下ろす。上げて、下ろす。

(レッグレイズ、10回……いや、15回は……)

「あなた!ちょっと来て!」

母親が叫ぶ。

父親が駆けつける。

「どうした!?」

「見て!この子、足を……!」

父親が固まる。俺の足を見ている。

上げて、下ろす。上げて、下ろす。

「……おい」

父親の声が低い。

「これ、トレーニングか?」

「トレーニング?まさか、赤ん坊が……」

「俺は20年モンスターと戦ってきたが」

父親が真顔で言う。

「あんな動きをする赤ん坊は、初めてだ」

母親が俺を見る。不安そうに。

「魔物憑き……?」

「いや、それなら魔力を感じるはずだが……」

父親が俺の額に手を当てる。

「魔力は、ない」

「じゃあ、何なの……?」

沈黙。

俺は足を動かし続ける。

(あと5回……限界まで追い込む)

父親が呟く。

「……わからん」

母親が抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫よ、ガイア。お母さんがいるから」

(筋肉があれば、大丈夫なんだが)


前世を思い出す。

筋トレの日々。ジムに通い、ベンチプレス、スクワット、デッドリフト。プロテインを飲む。朝、昼、夜、トレーニング後。サプリメントを飲む。BCAA、クレアチン、マルチビタミン。

「筋肉があれば、何でもできる」

それが俺の信条だった。

仕事?筋肉で解決。人間関係?筋肉で解決。恋愛?筋肉があれば、モテる。

実際、モテなかったが。それは筋肉が足りないからだ、と思っていた。

だから、もっと鍛えた。もっとプロテインを飲んだ。もっとサプリメントを飲んだ。

そして、ある日。

腹痛。激痛。病院へ。

医師の診断は、「内臓が……限界です。サプリメントの過剰摂取による、腎臓と肝臓の機能不全。このままでは……」というものだった。

ベッドに横たわる。点滴。機械の音。意識が遠のく。

(嘘だ……)

手を握る。力が入らない。

(俺の筋肉が……)

医師が首を振る。

「もう……手遅れです」

(そんな……)

叫ぶ。

「もっと……プロテインを……!!」

医師が驚く。

「筋肉が……筋肉が待っている……!」

「患者さん、落ち着いて……」

「嘘だ……俺の大胸筋が……まだ未完成……」

視界が暗くなる。最期の言葉。

「次は……完璧な……筋肉を……」


意識が戻る。赤ん坊の身体。母親の腕の中。

(そうか……転生したのか)

心の中で、誓う。

(今度こそ、完璧な肉体を作る。ただし、内臓も、大事にする)

母親がミルクをくれる。哺乳瓶が口に入る。吸う。甘い。

(このミルク……タンパク質含有量は?炭水化物が多い。タンパク質が足りない)

不満だ。だが、今は仕方ない。

飲み終える。母親が微笑む。

「よく飲んだわね」

父親が荷物を置く。冒険の帰りだ。中から、肉が見える。赤い肉。筋繊維が見える。

(あれは……!)

目を凝らす。

(鳥系モンスターの胸肉か!高タンパク、低脂肪!)

心臓が高鳴る。

(あれが食べたい。いや、あれを食べなければ)

目標が定まる。

(まずは、この身体を鍛える。自分で歩けるようになる。自分で狩れるようになる)

そして。

(ドラゴンを食う)


第二幕:異世界演出部の導入


場面が変わる。

異世界演出部。オフィスビル風の空間。

デスクが並び、モニターが設置され、コーヒーメーカーが動いている。

一人の女性が椅子に座り、モニターを見ている。

田村麻衣。30代。スーツ姿。疲れた顔。

モニターには、赤ん坊のガイアが映っている。足を上げ下げしている映像だ。

「……また変なのが来たわね」

呟く。

手元の書類をめくる。

「Case File ○、葵。前世で筋肉に人生を捧げた男。サプリメントの過剰摂取により死亡。転生先、異世界。名前、ガイア」

書類を置く。

「筋肉……筋肉ねぇ」

コーヒーを飲む。苦い。

「前回は『世界を救う勇者』だったのに」

ため息をつく。

「今回は『筋肉馬鹿』か」

もう一度モニターを見る。

ガイアが足を動かしている。必死に。

「……赤ん坊が筋トレって、異常だわ」

胃が痛い。

引き出しから胃薬を取り出す。水で飲む。

「この仕事、胃に悪いのよね」

扉が開く。

「失礼します」

若い女性が入ってくる。田中美咲。20代。眼鏡。タブレットを持っている。

「お疲れ様です、田村さん」

「お疲れ様。美咲ちゃん、新しいケースの報告書、できた?」

「はい」

美咲がタブレットを差し出す。

「Case File ○、ガイア。転生後3日目。筋トレ開始。レッグレイズ15回、ネックエクステンション15回。両親、困惑」

麻衣が画面をスクロールする。

「予測される成長曲線は?」

「非常に急速です」

美咲が説明する。

「彼の『筋肉至上主義』は、前世で確立された信念です。この世界でも、その信念は変わらないでしょう」

「つまり?」

「生後1ヶ月で、首が完全に据わります。3ヶ月で、腹筋が割れます。1歳で、走れます。3歳で、普通の大人より強くなります」

麻衣が驚く。

「3歳で!?」

「はい」

美咲は冷静に頷く。

「そして、5歳で初級モンスターを倒します。10歳で、ドラゴンを倒します」

「ドラゴン……」

麻衣がコーヒーカップを握りしめる。

「Sランクモンスターじゃない」

「はい」

「10歳で?」

「はい」

沈黙。

麻衣が胃薬をもう一錠飲む。

「……この仕事、本当に胃に悪いわ」

美咲が首を傾げる。

「でも、彼の成長は理論上可能です。筋力強化、技術習得、実戦経験。すべてが揃えば」

「理論上ね」

麻衣はため息をつく。

「でも、10歳の子供がドラゴンと戦うなんて……」

モニターを見る。

ガイアが今度は首を動かしている。左、右、左、右。

「……この子、本気なのね」

「はい」

美咲が答える。

「彼の目標は明確です。『完璧な肉体を作る』。そして」

タブレットを操作する。

「『ドラゴンを食べる』」

麻衣が吹き出しそうになる。

「食べる?」

「はい」

美咲は真顔で言う。

「彼にとって、ドラゴンは『最高級のプロテイン』です」

「プロテイン……」

麻衣が頭を抱える。

「もう、いいわ」

立ち上がる。

「とにかく、彼を監視し続けましょう。記録を取って。データを集めて。そして」

モニターを見る。

「彼が無事に成長するように、祈りましょう」

美咲が頷く。

「了解しました」

その時、扉が再び開く。

ノックなしで。

「失礼しまーす!」

明るい声。

二人が振り向く。

女性が立っている。背が高く、筋肉質。金髪、碧眼。神々しいオーラ。

「あら、バルクアップ女神様」

麻衣が言う。

「またノックしないで入ってきたんですか」

「あら、ごめんなさい」

女神が微笑む。

「ついつい、興奮してしまって」

「何の用ですか?」

「もちろん、彼です!」

女神がモニターを指さす。

「ガイア!素晴らしい転生者ですわ!」

「素晴らしい……?」

「ええ!」

女神が拳を握る。

「筋肉に人生を捧げた男!前世で筋肉を愛し、この世でも筋肉を愛する!これ以上の美談がありますか!?」

麻衣が胃薬をもう一錠飲む。

「美談……ねぇ」

「そうですわ!」

女神が興奮する。

「しかも、目標がドラゴン!Sランクモンスター!世界最強の肉体を持つ生物!それを倒して、食べる!なんて、なんて筋肉的な目標!」

美咲が冷静に言う。

「女神様、落ち着いてください」

「落ち着けません!」

女神が叫ぶ。

「彼の成長を、見守らなければ!彼の筋肉を、記録しなければ!」

麻衣が座る。

「……わかりました」

疲れた声で言う。

「女神様も、監視チームに加わってください。ただし」

真顔で言う。

「次からは、ノックしてください」

女神が敬礼する。

「了解しましたわ!」

そして、モニターの前に座る。

「さあ、ガイア!君の筋肉ロードを、見せてちょうだい!」

うっとりした顔で見つめる。

麻衣と美咲は、顔を見合わせる。

「……大丈夫かしら」

「大丈夫です。たぶん」

「たぶんって……」

もう一人、部屋の隅にいた。

ソファに座って、ずっと寝ていた人物。

サクラ。10代後半。私服。寝癖。

目を覚ます。

「……んー?」

欠伸をする。

「なんか、うるさい」

「あら、サクラちゃん、起きたの?」

麻衣が言う。

「うん」

サクラがモニターを見る。

「あ、赤ちゃん」

「新しいケースよ」

「ふーん」

サクラがまた横になる。

「筋肉の赤ちゃんか。がんばってね」

呟いて、また寝る。

麻衣がため息をつく。

「……このチーム、本当に大丈夫かしら」

美咲が微笑む。

「大丈夫です。私たちには、データがあります」

タブレットを見せる。

「ガイアの成長曲線、完璧に予測できます」

「予測できても、心の準備ができないのよ」

麻衣が胃薬のボトルを見る。

「この先、どれだけ飲むことになるのかしら」

モニターには、ガイアの姿。

必死に、足を動かしている。

目標に向かって。

ドラゴンに向かって。


第三幕:生後3ヶ月、プランク60秒


3ヶ月が経った。

ガイアは、明らかに普通の赤ん坊ではなくなっていた。

首が据わった。生後1ヶ月で。

寝返りができるようになった。生後2ヶ月で。

そして今、生後3ヶ月。

腹筋が、うっすらと割れている。

母親が、ガイアの腹を見て固まった。

「……あなた」

「なんだ?」

「ガイアの、お腹……」

父親が近づいて見る。

「……腹筋が割れている」

「なんで……?」

「わからん」

父親が頭を掻く。

「だが、健康そうだ。問題ないだろう」

「問題ない……?」

母親が不安そうに言う。

「普通じゃないわよ。赤ん坊の腹筋が割れるなんて……」

「確かに、普通じゃない」

父親が認める。

「だが、この子は元気だ。よく笑うし、よく動く。それでいいじゃないか」

母親は納得していないようだが、頷いた。

「……そうね」


ガイアは、今日もトレーニングをしていた。

プランクだ。

うつ伏せになり、両肘をつく。両足を伸ばす。体をまっすぐに保つ。

腹筋、背筋、臀筋。すべてを使う。

(30秒……35秒……40秒……)

震える。全身が震える。

(まだだ……まだ耐える……)

汗が出る。額から、背中から。

(50秒……55秒……60秒……)

限界だ。

(60秒!)

体を倒す。床に崩れ落ちる。

荒い呼吸。

(やった……プランク60秒……)

(次は、70秒を目指す)

父親が部屋に入ってくる。

ガイアを見る。

「……今、プランクしてなかったか?」

母親が驚く。

「プランク?」

「ああ」

父親が指さす。

「体幹トレーニングの基本だ。冒険者なら誰でも知っている」

「赤ん坊がそんなこと……」

「いや、今確かに見た」

父親がガイアに近づく。

「おい、ガイア。もう一回やってみろ」

(やれと言われれば、やるしかない)

ガイアは起き上がる。

うつ伏せになり、両肘をつく。両足を伸ばす。体をまっすぐに保つ。

父親が固まる。

「……本当にやってる」

母親が駆け寄る。

「嘘……」

「嘘じゃない」

父親が時計を見る。

「10秒……20秒……30秒……」

ガイアは耐える。全身を使って。

「40秒……50秒……60秒……」

崩れ落ちる。

父親が呆然とする。

「60秒だと……?」

「どういうこと……?」

母親が混乱している。

父親が座り込む。

「俺にもわからん」

「だが、一つだけ確かなことがある」

ガイアを見る。

「この子は、普通じゃない」


【異世界演出部】

モニターには、プランクを続けるガイアの映像が映っている。

田村麻衣は、胃薬を手に持っている。

「……生後3ヶ月で、プランク60秒」

呟く。

「ありえないわ」

田中美咲がタブレットを操作している。

「データを記録しました」

「筋力:初級冒険者レベル」

「体幹:中級冒険者レベル」

「総合:初級冒険者・下位レベル」

「生後3ヶ月で、この数値」

眼鏡を直す。

「異常です」

麻衣が胃薬を飲む。

「異常なのは、わかってるわよ」

バルクアップ女神が拍手する。

「素晴らしい!素晴らしいですわ!」

興奮している。

「生後3ヶ月で、プランク60秒!これは、筋肉の天才ですわ!」

「天才……ねぇ」

麻衣がコーヒーを飲む。

「ただの筋肉馬鹿じゃないの?」

「筋肉馬鹿で結構!」

女神が叫ぶ。

「筋肉に人生を捧げる者こそ、真の勇者ですわ!」

麻衣が頭を抱える。

「もういいわ」

サクラが欠伸をする。

「筋肉赤ちゃん、すごいね」

「すごいというか……怖いわよ」

麻衣が言う。

「この先、どうなるのかしら」

美咲がグラフを表示する。

「予測では、6ヶ月で立ち上がります」

「1歳で、走ります」

「3歳で、初級モンスターと戦えます」

麻衣が再び胃薬を飲む。

「……買い足しておかないと」


第四幕:5歳、ボアファング討伐


時は流れ、ガイアは5歳になった。

身長110センチ。

体重30kg。

その体は、筋肉に覆われていた。

大胸筋、腹筋、上腕二頭筋、大腿四頭筋。すべてが発達している。

5歳児とは思えない肉体だった。

村の子供たちは、ガイアを恐れていた。

「筋肉の化け物」

「魔物の子」

陰口を叩かれていたが、ガイアは気にしなかった。

(筋肉があれば、すべて解決する)

それが、ガイアの信条だった。


ある日、父親が声をかけてきた。

「ガイア」

「何だ?」

「お前、もう5歳だな」

「ああ」

父親が微笑む。

「じゃあ、初めての狩りに行くか」

ガイアの目が輝く。

「狩り……?」

「ああ」

父親が頷く。

「モンスターを倒すんだ」

ガイアの心臓が高鳴る。

(モンスター……つまり、筋肉だ)

(モンスターの肉……高タンパク質だ)

拳を握る。

「行く」

「よし」

父親が剣を取る。

「ついてこい」


森に入る。

木々が密集している。

鳥の声、風の音。

父親が立ち止まる。

「この辺りに、ボアファングがいる」

「ボアファング?」

「ああ」

父親が説明する。

「猪型のモンスターだ」

「体長1.5メートル。牙が鋭い。初級モンスターの中では、強い方だ」

ガイアは考える。

(猪……四肢の筋肉が発達している)

(つまり、タンパク質が豊富だ)

「わかった」

父親が前を指さす。

「あそこだ」

草むらの向こう。

大きな影が動いている。

ボアファングだ。

茶色の毛皮、巨大な牙、筋肉質な体。

ガイアは観察する。

(見ろ、あの大腿筋。四肢を動かすための発達した筋肉。そして、首の筋肉。突進するための力強い筋肉)

拳を握る。

(完璧な、筋肉食材だ)

父親が剣を構える。

「俺が先に攻撃する。お前は、様子を見ていろ」

「待て」

ガイアが前に出る。

「俺が行く」

「何?」

父親が驚く。

「お前、初めての狩りだぞ」

「わかってる」

ガイアは拳を握る。

「だが、俺は準備してきた」

「5年間、ずっとトレーニングしてきた」

「今、試すんだ」

父親は迷う。だが、ガイアの目を見て頷いた。

「……わかった」

「だが、危なくなったら、すぐに逃げろ」

「わかった」

ガイアは前に出る。

ボアファングが気づく。

こちらを見る。

赤い目。殺意に満ちている。

「ブヒィィィ!」

吠える。

突進してくる。

速い。

ガイアは構える。

(来い)

拳を引く。

(この5年間、すべてはこの瞬間のために)

ボアファングが迫る。

あと3メートル。

2メートル。

1メートル。

(今だ!)

ガイアは拳を放つ。

全身の筋肉を使って。

大腿筋、臀筋、腹筋、背筋、大胸筋、上腕三頭筋。

すべてを連動させる。

ストレートパンチ。

拳が、ボアファングの頭に命中。

ドガン。

衝撃。

ボアファングが吹き飛ぶ。

地面に転がる。

動かない。

沈黙。

ガイアは呼吸を整える。

(やった……)

(初めてのモンスター……倒した……)

父親が近づく。

呆然としている。

「……一撃で倒した」

「5歳が、ボアファングを一撃で……」

ガイアを見る。

「お前……本当に、人間か?」

「人間だ」

ガイアは答える。

「ただ、筋肉を鍛えてきただけだ」

父親は笑う。

「筋肉を鍛えた、ねぇ」

肩を叩く。

「よくやった、ガイア」

「ありがとう」

ガイアはボアファングを見る。

(この肉……食べられるんだろうか?)

父親が答える。

「もちろんだ」

「ボアファングの肉は、美味い」

「持って帰って、母さんに料理してもらおう」

ガイアの目が輝く。

(ついに……モンスター肉を……)


【異世界演出部】

モニターには、ボアファングを倒すガイアの映像が映っている。

田村麻衣は、胃薬を2錠飲んでいる。

「……5歳で、初級モンスター討伐」

「しかも、一撃」

「ありえないわ」

田中美咲が記録している。

「データを更新しました」

「筋力:中級冒険者レベル」

「技術:初級冒険者レベル」

「総合:初級冒険者・最上位レベル」

「5歳で、この数値は異常です」

バルクアップ女神が興奮している。

「見ましたか!あの一撃!完璧なフォーム!全身の筋肉を連動させた、理想的なストレートパンチ!」

「これが、筋肉の力ですわ!」

麻衣がため息をつく。

「もう、何も言わないわ」

サクラが言う。

「筋肉少年、強いね」

「強いというか……もう人間じゃないわよ」

麻衣が呟く。

美咲がグラフを表示する。

「次の予測です」

「7歳で、中級モンスターと戦えます」

「10歳で、ドラゴンと戦えます」

麻衣が胃薬のボトルを握りしめる。

「……まだ5年もあるのね」

「はい」

「5年間、こんな状態が続くのね」

「はい」

麻衣が立ち上がる。

「胃薬、大量に買ってくるわ」


【プロローグ 完】

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