ゲームプランナー大八の妄想 〈宇宙人ショートショート〉

伊勢日向

旧世界志向-1

 SF作家の廻野めぐりの小六ころくは送信ボタンを押したあと、マグカップに手を伸ばした。その瞬間、スマートフォンが震えた。発信者は編集部の田端。


 「まだ三十秒も経ってないぞ」

 「そっこー読みました。『檻の設計者』面白くなりそうですね」

 「もっと咀嚼しろよ。反応が早すぎだって言ってるんだよ」


 いつもの調子。二回りも年下の田端との会話は気が緩む。


 「よくある系の設定ですが、先生の考えてることを僕が解釈しても普通に誤解しそうですしね。で、今回はかなり哲学寄りですかね?」

 「そうかもしれん。少し重たい話だ」


――――――――――――――――――――――――


 『檻の設計者』 〈北大路博士の研究ファイル26〉


 ・宇宙は多層構造になっている。

 ・上位の層は下位を観測し、観測されることで下位の現実は成立している。


 ・最上層には、観測知性がいる。

 ・彼らは思考そのものを媒体として、無数の下層宇宙を安定させている。


 ・観測とは、存在を定義する行為である。

 ・観測が途絶えれば、全ての事象が曖昧になる。


 ・地球が属する層は、観測実験の第一段階にあたる。

 ・ここでは生物が自ら観測を行う段階まで成長することが目的とされている。

 ・観測知性たちはそれを見守るが、干渉はしない。


 ・北大路博士はその観測の痕跡を宇宙背景放射に見つけた。

 ・外層からの測定波。博士はそれを「外層観測波」と呼んだ。


 ある日、博士は通信を受け取る。

 声は明確で、どこか穏やかだった。


 「あなた方の層は安定している。観測は終息に向かっている」


 博士は問う。


 「なぜ終息させるのです」

 「あなた方は自ら観測を始めた。外部からの観測は不要になる」

 「それは祝福ですか、それとも放棄ですか」

 「どちらでもない。観測は続く。ただし、あなた方の内側で」


 通信はそれで終わった。その後、博士は世界の物理定数に微細な揺らぎを確認する。時間計測がわずかに乱れた。


 博士は記録した。


 「上位存在の観測の終わりは、下位存在にとって孤独の始まりである。しかし孤独とは、存在を自ら定義できる唯一の状態でもある」


 彼は姿を消した。

 研究室には「Oth-Seer」という名のフォルダが残っていた。

 MEMOというテキストファイルには、一行だけあった。


 「観測移行」


――――――――――――――――――――――――


 「という話だ」


 音声オンリーだから相手の表情から反応は読めないが、なんとなく微妙な空気が伝わってくる。田端は「う~ん」と唸っている。


 彼は想像力に富んでいる。そこは小六も信頼していた。しかし富むがゆえの迷走がある。編集者としてネガティブな方向へ走ってしまうこともあり、それが小六は好きだった。


 「Oth-Seerって何ですか?」


 「オスシアは最上層の観測知性の呼称だ。北大路博士が名付けたことにしようと思ってる。Othはオーバー・テクノロジー・ホルダー。Seerは見る者という意味だ」


 「なるほど。彼らの観測がなくなると、人間は自由になる?」


 「そうだな。そのつもりで書いた。誰の視線にも縛られない世界。でも同時に、他から認識されない世界でもある」


 「なるほど。不安煽り系とも言えるのか。SFホラーには持っていけないですよねぇ……コンセプト変わっちゃうか。でも、普通に書くと埋没してしまうかも。観測系のアプローチって流行りですし。なので先生の筆力が冴えたとしても、売れるかどうかは今は判断つきにくいですね」


 「知ってる」


 「いったん編集長に見せてみます。流行りですしね。あえて廻野先生が取り組む意義があるって思えてきましたよ。『北大路博士が神を語る』良いですね!」


 


 「他との差別化を説明できるように考えておいてください。できれば序文とかで書いちゃったほうが無難かと思います。読者としての個人的な好みですけどね」

 「序文にまとめるのは好きじゃないんだよ。できれば本文に徐々に浸透されていきたいんだ」

 「了解です。でも些末なことはAIに任せて、先生はやりたいことを死守してください。SFとして何を伝えるかが優先事項です」

 「わかってる。だが文章の好き嫌いも譲れん。賢いAIアシスタントを紹介してくれよ」

 「お気持ちは分かりますが先生の仕事のスタイルは…」


 そのとき、ネットライブの音量が自動で上がった。

 緊急速報。アナウンサーの声が部屋の空気を震わせる。


 「世界政府は、地球外知的生命体との初の公式面談を一週間後に行うと発表しました」


 小六と田端は黙り込んだ。

 画面には、広報官の会見が映っている。


 “外見は人間とほぼ同じ”

 “発音は地球言語に近い”


 テロップが流れた。


 「宇宙人ってマジですかね!?」田端の声が高くなる。


 コーヒーの香りが急に遠くなる。


 「現実のほうが筆の滑りが良いな」

 「どういう意味です?」

 「いや、なんでもない。とりあえず今日は休む」

 「先生!」


 通話を切る。

 小六は窓の外を見た。雲が流れ、空が深く沈んでいく。


 ふと、机のノートの端に書いたメモを見つめた。


 ──観測の終わりは、孤独の始まり。


 「廃業かな」

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