魔王を倒して猫になる!~女体化の秘密は絶対にばれてはいけません~
ぴざ食べたい
第1話 異世界デビュー、そして運命の出会い
「やっほー☆ 今日から異世界デビューだよ!」
……は?
部屋いっぱいに広がる純白の柱と、宙に浮かぶ淡い光の玉。
右手に魔法の杖、左手には小型の端末。三角帽子に露出多めのローブ。魔女っ子の格好だ。
彼女は満面の笑みでピースを作る。
「えっと……君、マジでしらけ顔! はいこっち向いて、チーズ☆ SNSに上げるから!」
パシャっと端末から軽快なシャッター音が響く。
「……俺、なんで写真撮られてるんだ?」
「記念だからね。推し活って感じで!」
その笑顔はアイドルのステージMCみたいに無駄に華やかだ。
「……で、誰だあんた」
「は~い! 女神アイドルのユーティでーす☆ 天界のフォロワー数、第一位だよ!」
胸の前でハートマークを作り、ウィンク。
「女神なのにSNSやってんのか?」
「ボクはどっちかって言うと、Mだぞ。ぽっ」
女神は頬に手を添えて赤面して見せた。誰もそんなこと聞いてない。
なんだかバカにされているみたいでムカついてきた。
「SMじゃねえよ……エスエヌエス!」
「分かってるよもう。ボクはSNS命だよ! 人気落ちたら女神の座も即終了~。だから君みたいな映える人材は逃せないんだぞ☆」
俺は口を開きかけたが、ユーティが急に真顔になった。
「……君、死んじゃったんだよね。でもすごい才能持ってたから、異世界の救世主としてスカウトしたの!」
「救世主とか……勘弁してくれ」
彼女は首を傾げて、小動物みたいに瞬く。
「え、だって君めっちゃ無傷で高層ビルから落ちたり、敵の心臓を素手で取ったりできるじゃん? それ普通じゃないよ」
「……別に、ちょっと頑丈な体に生まれただけだ」
「それで殺し屋に?」
「……」
心臓に虫が張り付いたようにぞわっとする。魂の深いところを探られているような
不快感だ。
「君の家族は……そう、そういう事なのね」
事情を理解したくらいで、俺のことを全部理解したみたいな表情に、安っぽい同情を含んだ視線に、身体中の血が沸騰しそうな怒りを覚える。
「それ以上口にするな」
「そんな怖い顔でにらまないで欲しいな。さっそく異世界転生させるけど、準備はいい?」
魔法のステッキを華麗に振りながら決めポーズをとる。ほんとに女神なのか……?
「異世界転生とか、正直めんどくさいんだが。他を当たってくれないか?」
このままおとなしく成仏したい。戦うのはもう疲れた。
「いいけど、このまま輪廻転生すると、君はセミになっちゃうぞ☆ 七年間も土の中に居て、やっと出れたと思ったら七日間しか生きれない、あのセミ」
「セミは嫌だな……他の選択肢はないのか?」
「他だと……ミミズとか、ムカデとか?」
「もっとましなのはないのか? 猫とかがいいな。あいつらみたいに、何にも縛られず生きるのもいい。カピバラでも可」
「ムリだよ」
「なんでだ」
「猫もカピバラも最近大人気だからね」
「じゃあ、ほかにどんな選択肢があるんだ?」
「カマキリとか、もしかしたら、カナブンとかもいけるかもしれないね」
「なんで昆虫類しか選択肢にないんだよ!?」
「君は人を殺し過ぎた」
「汚え……」
「それに、転生ネタはバズるんだから転生してもらわないと困るんだよ。ドブネズミみたいな人生を歩んできた君でも、ボクの役に立てるんだから、感謝して欲しいものだね。ど~ぶ~ね~ず~み~、みたいに~美しくなり~たい~♪ ってね。最後くらいは美しくありたいよね☆」
「女神が自分の都合で転生させていいと思っているのか!?」
「現世のオタクたちが毎日夢見るあの異世界転生だよ☆ いいに決まってるじゃない」
「だいぶ偏ったオタク観だな!」
「そんなにいやなら……セミに――」
「セミも嫌だよ!」
七年も土の中に埋められてたまるか!
「わがままだな……じゃあ異世界に転生して、もうすぐ復活する魔王を倒せたら、君の望み通りの生き物に輪廻転生させてあげる。これでいいでしょ」
「分かった……それでいい」
セミにされるよりはいくらかましだろう。
* * *
ルカは異世界に転生した。
もう一年も前のことだ。
この世界ではかつて魔王が居たらしいのだが、今は封印されていて平和そのものだ。
あの女神は魔王が間もなく復活すると言っていたが、そんな予兆は全くなく、街は平和そのものだ。
石造りの中世ヨーロッパ風の建物が並び、石畳の道を馬車が行き交う。
住民たちの手には、見慣れた形の近代的な端末が握られている。
薄く、長方形で、画面はタッチ操作。
手元のスマホのような端末が着信を告げる。
『やっほー元気? 君の心のアイドル女神ユーティだぞ☆ もうフォローは済ませた? まだならフォローよろしくね♡』
こいつがろくに説明もしないせいで一年間無駄な時間を過ごすことになったのだ。文句の一つくらい言ってやる。
「おいバカ女神、魔王はいつになったら復活するんだよ」
「な!? バカ女神とは失礼な! これでも神族の代表、主神なんだから敬いなさい! 君なんてボクが本気になったら、すぐにニブルヘイムに送ることだってできるんだからね。おっとと、それはそうと、あたしの奴隷……じゃなかった! あたしのかわいいフォロワー天使ちゃんが、転生特典を届けに行くから、それを見たら君も……えっと、名前、教えてもらってたかしら?』
「ルカだ」
『ルカもあたしのどれ……じゃなかった! 敬虔なフォロワーになるに違いないわ☆』
「お前がフォロワーを奴隷と呼んでいることは伝わった」
「オホホホ……明日には届くと思うから、楽しみにしてるんだぞ☆」
「転生特典ってなんだ」
疑問を口にした途端、端末の通話口が「ツー、ツー」と無機質な音を鳴らした。
俺は思わずスマホを握り締め、投げ捨てたい衝動を抑え、届いたメールを開いた。
件名:『【超重要案件】★★★この薬を飲めば君も明日から勇者に★★★』
本文:『女神アイドルユーティの祝福を受けられるお薬をお届けしちゃうぞ♡♡♡ これであなたも、モテモテのムキムキに! 今ならなんと! かわいいフォロワー妖精ちゃんが直接お届け! ※配送には三日ほどかかるので、それまで楽しみにしてるんだぞ☆』
はぁー……この一年間全く音沙汰がなかったと思ったらこれだ。
三日後にくるらしいから、フォロワー妖精ってやつに文句でも言ってやろう。
俺はこの一年間、俺は魔物を討伐して生計を立てる、いわゆる冒険者をしている。
気が向いたときに魔物を討伐して、暇なときは宿屋でぐうたらして、夜は酒場に飲みに行くルーティーンが出来上がっていた。
この国では十五才を超えたら酒を飲んでもいいことになっている。
拠点にしている宿屋の姿見で自分の姿を確認する。
そこに映っていたのは少年、というよりも青年が立っていた。
白色の短髪はさらりと風になびき、光を反射してまるで雪のような柔らかさと透明感を帯びている。こちらを見つめ返している瞳は深い瑠璃色。
元々黒髪に黒い瞳だったのだが、この世界に来てしばらくしたら自然と変色していた。きっと元の世界と違う空気や水、温度や気圧などの影響なのだろう。特段不自由している訳でもないので、気にせず暮らしていた。
白くてごわごわしたシャツ上には、銀色の装飾が施された軽やかなマント。腰にはシンプルな装飾の短剣が吊られている。
空が深い藍色に染まりだす頃、拠点にしている宿屋を出て、今日も行きつけの酒場に向かう。
目的地はスラム街だ。このルミネの街はスラム街と平民街に分かれていて、平民街は風営法の影響で遅くまで店を開けていられないのだ。なんでも治安維持の一環らしい。
濁った空の下、スラム街は、今日も得体の知れない熱気と焦げた薬草のような匂いで満ちていた。
錆びついた鉄板と崩れかけた石材でできた家々が、迷路のように入り組んだ路地を形成している。
「だ、誰か……助けてくれんかの……!」
腰の曲がった人族の老人が震える声でうめいた。
スラムのチンピラ二人組が追いすがる老人の杖を蹴り飛ばすと、老人は支えを失い、地面に胸を強打した。一人は狼のような耳を持つ獣人、もう一人はモヒカン頭の人族だ。
「ぐ……。お願いじゃ……その金がないと孫の薬が買えないのじゃ……!」
「おいおいジジイ、このスラムの掟を忘れたのか? 盗られるほうが悪いんだよ!」
かわいそうだが、チンピラの言う通りだ。このスラムでは、力のないものは淘汰される。
いちいち助けていたら、きりがない。
それに、俺にできるのは殺すことだけだ。窃盗程度で殺していたら、そのうちスラムの路地は血で染まる。
チンピラたちは命まで取ったりはしないだろう。
悲痛なこえで財布を返してくれと繰り返す老人。
ドクドクと怒りを伝えてくる心臓をふーっと息を吐き、必死に抑える。
見て見ぬふりを決め込み、通り過ぎようとした刹那――
泥と灰が混じる石畳の路地に、えんじ色のウェーブがかった長髪が、闇を裂く焔のように揺れる。
少女は薄手のローブの上に真紅のスカーフを結んでいた。
「その財布、返しなさい」
静かに放たれた声に、路地の空気が一瞬で凍った。
チンピラの一人が舌打ちし、狼のような獣人の耳を逆立てて威嚇する。
「正義のつもりか嬢ちゃんよ。粋がるなよ!」
獣人が腕を振り上げるや否や、少女の上体が風のごとく沈む。石畳を蹴ると、赤い髪が弧を描いた。次の瞬間、獣人の脳天に遠心力を乗せたかかと落としがさく裂。一発ノックアウト。
ふっと宙に浮いた財布が地面に落ちる。
「なんなんだお前は!」
モヒカン頭が短剣を抜くと、月光で刃が光り、路地の壁へ鋭く反射する。
少女は短剣の横薙ぎを紙一重でかわし、肘を相手の脇腹へ叩き込む。同時に相手のうめき声があがる。
「もういいでしょう?」
少女の声は澄んでいたが、その視線は冷徹だった。二人のチンピラが壁にもたれて呻く中、少女は落ちた財布をすくい上げると、老人のもとへ歩み寄り、膝を折ってそっと差し出す。
「もう盗られちゃだめですよ」
「あ……ありがとうお嬢ちゃん。本当にありがとう……。何にもお礼をしてあげられなくて、申し訳ない」
老人は震える手で財布を受け取り、涙混じりの礼を口にする。
「お礼なんていいんですよ」
チンピラたちは財布を渡している隙に逃げて行く。
老人もぺこりと頭を下げて、スラムの街へ消えて行った。
少女は目を吊り上げて俺を見ると、
「なんで助けてあげないのよ!」
俺は適当に、
「返り討ちに遭うかもしれないだろ?」と言い訳をする。
「えりに付けてる紋章、それはAランク冒険者のよね」
この町では冒険者がS~Fランクで分けられている。
クエストをこなしているうちに気が付いたらAランクになっていたのだ。この紋章を付けていたらさっきみたいなチンピラに絡まれることもない。強さの証明にもなるからだ。
「いいじゃないか、結局助かったんだから」
少女は肩幅ほどに足を開き、両腕を組む。長い睫毛の陰から覗く瞳は、汚れたものを踏みつけたときのような嫌悪感を称える。
「あんた、最低ね」
少女は歪に開いた唇から、氷槍のような言葉を紡ぐ。
彼女の表情筋は凍りついたように動かず、ただ、そのエメラルドの瞳だけが、怜悧な光で俺の存在そのものを否定していた。
「くそ……何だあの女」
この時の俺は知らなかった。
この出会いが、自分の人生を、価値観を根底から覆すことになるなんて。
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初めての投稿作品です。まだ未熟ですが、心を込めて書きました。
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