隻眼の『灰被り』:6
「これが最後の無人機か」
『はい、粒子反応はもうありません』
地下空洞に残された小型無人機、その最後の一つを斬り捨てたサクラは、壁際で頭を抱えてうずくまるレジスタンスの残党を冷ややかに見下ろす。
「成り行きとはいえ、本当にテロリストまで助けることになるとはな」
「地上人が、どうしてここに?」
彼らは当然、サクラがこの拠点を訪れた理由など知らないため、突然現れた傭兵が何も言わずに『企業』の兵器を破壊して回っているように見えているのだろう。
その表情は、白昼夢でも見ているかのようにぼんやりとしていた。
「おい、お前。レイミアをどこに閉じ込めてるんだ?」
「れ、レイミア……?」
レジスタンスの男は声を震わせながら首を捻る。
「俺と同じくらいの年のやかましい女だよ。テメェらが幽閉したって聞いて来たんだが」
『やかましい女って何ですか! そんな説明で伝わるわけ――』
「あ……あの子なら、この道を進んだ奥の廃棄室に」
男はハッとした表情を浮かべ、震えたまま奥の方を指さした。
「伝わったぞ」
『あうぅ……』
レイミアが幽閉されるに至った経緯を知らないサクラは、耐え切れず失笑してしまう。
「わ、私はあの子にはなにもしてない。だから命だけは!」
「あー、はいはい。ホーネットはもういなくなってるから、あとはお前らで勝手にしてくれ」
見当違いな命乞いするその男をその場に放置し、サクラは廃棄室を目指して走り出した。
その道中、敵もいなくなり手持無沙汰になったサクラは、レイミアの操作するドローンと並走しながら思い出したように漏らす。
「そうだ、さっきの話なんだが」
『さっきですか?』
「お前、あの軍人が来る方向、なんでわかったんだ?」
レイミアの助けがなければ、サクラは最後の攻撃を
大雑把に見積もっても八方向。適当でも確率は八分の一。彼はそれが単なる幸運だったとはどうしても思えなかったのだ。
『あの人の動きは、正直、全然わかりませんでした。ただ……』
彼女も流石にアルウィンの動きを完全に読み切っていたわけではないが、同時に、全くの当てずっぽうだったというわけでもないらしい。
お喋りなレイミアのことだから、自信はなくとも根拠があるなら長々と説明してくれるだろう。サクラはそう考えていたのだが、その予想に反して、彼女は途端に口ごもってしまった。
「ただ、なんだよ?」
『サクラくん、怒りません?』
「なんで俺が怒るんだよ。ほら、もったいぶるな」
いったいどんな理由だったのか、サクラは
レイミアはそれでも、しばらく渋ったように
『……私がサクラくんを攻撃するなら、やっぱり眼帯のある左からかな、って』
「…………」
『な、何か言ってくださいよ!』
――「やっぱり」って言えるところが恐ろしいヤツだよ――
もしも、レイミアが地上に棄てられず、『企業』の軍部にその才能を見出されていたら――。
サクラは首を左右に振り、嫌な想像を振り払う。
『あ! サクラくん、ここです、ここ!』
そんな会話をしていると、レイミアのドローンが鋼鉄製の扉の前で停止した。
「わかった、扉から離れてろ」
サクラは大剣で廃棄室の扉を鍵ごと両断し、蹴破る。
『「サクラくん!」』
開け放たれたその空間からレイミアが飛び出し、サクラに正面から抱きついた。
『「わたし……わたし! すごっく怖かったんですよ!」』
「あー、とにかく音声通信を切れ! ただでさえうるさいのに二重でうるせぇ!」
数日ぶりに顔を合わせた二人の再会は、感動や情緒といったものからは程遠く、サクラは強引にレイミアを引き剥がす。
「サクラくんが冷たい……」
「何言ってんだよ……っていうか、抱き合うような格好でもねぇだろ。お互いに」
粒子防壁が切れたことで、自律兵器のオイルを返り血のように浴びているサクラ。
泥と鉄錆が顔や指先にこびりついているレイミア。たしかに、二人とも酷い有様だった
「……ほら行くぞ! こんなところに長居しても面倒ごとが増えるだけだ」
「ま、待ってください! サクラくんから貰ったバッグとかも回収したいんですけど」
レイミアは慌てて手元の携帯端末を操作し、地下空洞の構造を確認しはじめる。
それと入れ替わるように、彼女と共に廃棄室に幽閉されていた隻腕の男、ジャネットがおずおずとサクラに語り掛けた。
「君が……彼女の呼んだ傭兵……なのか?」
「ん? そうだが……」
「あ、そうだサクラくん」
互いに警戒心を隠しきれず、微妙な距離を維持する男達の間を取り持つように、レイミアが二人の間にひょいとその身を割り込ませる。
「帰りもヘリコプターなんですよね?」
「そうだな。ホーネットも一旦いなくなったし、ストークなら今頃いい塩梅に着陸できてるだろう」
「さっき、伝え忘れたんですけど、この人も一緒に乗せてあげて欲しいんです」
「……どうして?」
レイミアのお願いを受けたサクラの目つきが険しくなる。
彼からしてみれば、ジャネットは本当に突然現れた男なので当然と言えば当然なのだが。
「そういう取引をしたので」
サクラは最初こそジャネットを見定めるような視線を向けていたが、その答えを聞くとあっさりと納得した。
「軍用の輸送ヘリだからな、定員には余裕がある。乗り心地は保証できないが」
「本当ですか! よかった、約束守れそうです」
レイミアが胸を撫で下ろし安堵の息を漏らす一方で、ジャネットの表情は戸惑いに満ちていた。
「ここを離れる……か。本当にそうなるなんて、思ってもいなかったな」
レイミアが必死に生き延びる方法を模索している間も、ジャネットは心のどこかで助からないと決めつけていた。だからだろうか、彼はまだ、自分が助かったのだという自覚を持てずにいた。
「どうしたんですか?」
「ここを離れて……俺は一体どこに行けばいいんだろうか?」
それは、レイミアやサクラよりも十は年上の人間が発したとは思えないほど、弱々しい声だった。
だが、レイミアには彼の弱音がよく理解できた。
ある日突然、生まれ育った環境から放り出され、どこに行けばいいのか、何をすればいいのかわからない。そんなどこまでも続くような未知という暗闇。
彼は今、それと向き合うことを余儀なくされているのだ。
その暗闇に一歩でも足を踏み出せるようにと、レイミアは言葉を紡ぐ。
「多分、どこでもいいんですよ」
「どこでも?」
「たしかに、地上にはコーラルのように“やるべきこと”がありません。自分に何ができるのかも、自分が何をしたいのかも、手探りで見つけるしかない。でも、だからこそ、どんな場所でも、どんな目的でもいいんですよ」
海底での生は、喩えるなら誰かの手で舗装された道を歩くようなものだろう。誰が何と言おうと、それは間違いなく恵まれた生だ。
それに比べれば、地上にあるのは灰で覆われた荒地だけ。どっちが前で、どっちが後ろなのかもわからない。
だけど、それでも――目に見える道がなくとも、ちゃんとそこに大地はある。
「大事なのは、最初に目的地を決めちゃうことです。そうすれば、目指す方向が自然と前になるんですから。あとは手を伸ばして、歩くだけです」
たとえそれがどれだけ遠くに見えても、前に進めば、少しは近づけるはずだから。
「ですよね、サクラくん!」
それは、果てしなく遠く思えるような場所を目指して歩き続ける少年から教わった、この灰だらけの地上の生き方。
サクラは「偉そうなこと言いやがって」という顔を一瞬浮かべたが、しばらくして我慢しきれずに笑みを漏らした。
「ああ、そうだな。お前が選んで決めたなら、道中の護衛くらいはしてやるよ……金は貰うが」
「サクラくんってば……」
いつからだろうか、レイミアがこの少年の不器用さを愛おしく思えるようになったのは。
それはきっと、この地上に来てからレイミアの身に訪れた最も大きな変化だったのかもしれない。
――――――――――――――――――――――
TIPS:
【レイミア・ヴェルフェルト】
性別:女性
年齢:17歳
出身:EGOコーラル、第七十九区画出身
好き:シードル、カロリーバー
苦手:ペースト食、激しい運動
趣味:調べもの
座右の銘:『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』
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