隻眼の『灰被り』:5

 そして、サクラが三機目の無人機を破壊すると同時に、レイミアが短い悲鳴を漏らした。


『敵灰被りが最後の無人機の近くで停止しました』


 サクラはその場でいったん立ち止まり、通信に意識を向ける。


『……これ、待ち伏せされてますよね?』

「だろうな」


 サクラとアルウィン、両者の間には無数にコンテナが壁を作っており、相手の姿と状況を目視で知ることはできない。


「ちなみに、アイツの様子を詳しく確認できたりはするか?」

『……ごめんなさい。色々あって、カメラとかマイクとか色々ダメになってるんです。生きてるのは粒子センサーと熱感センサーくらいで、実は相手がどんな人なのかも……』


 インカム越しにレイミアからの申し訳なさそうな声が届く、しかしそれは、サクラからすればそれはとんでもない暴露に等しかった。


「ちょっと待て。お前、その二つだけで今までどうやって地形把握してたんだ?」

『えっと、粒子センサーの感度を最大にして、地面や構造物に積もってる鉄の灰の反応から算出してます』


 サクラは敵との距離があるのをいいことに、今度こそ絶句して天を仰いでしまった。

 彼女は簡単に言っているが、灰は常に風に吹かれて動いている。それを、誤差レベルのわずかな数値上の違いから見極め、三次元的に算出しているなど、狂気の沙汰と言っていい。


「……お前に劣等生なんて評価を下したやつの顔が見てみたくなった」

『え? それ、どういう意味ですか?』


 生まれ持ったものか、あるいは好奇心が磨きあげたものか。どちらにせよ、レイミアという少女は情報処理の分野において間違いなく天才だ。


「とりあえず、お前も障害物の位置はある程度把握できてる、ってことでいいんだな」

『大雑把に、ですけど』


 本人は自信なさげだが、この障害物だらけの立体構造を俯瞰ふかんし、把握できているというだけでもサクラからすれば十分だった。


「今度はこっちが奇襲をかける」


 サクラはそう言うと、接近を悟られないよう細心の注意を払いながら、アルウィンとコンテナを一つ挟んだ位置に移動した。


『敵に動きはありません。気づかれてない……と思います』

「よし、行くぞ!」


 その掛け声とともに、サクラは眼前のコンテナ目掛けて大剣を振り下ろし、アルウィンに飛びかかるための最短ルートを文字通り切り拓いた。

 刺突の構えで体の表面積を狭め、彼は自らが作ったコンテナの切れ目に飛び込んだ。


「やはり、そうきたか」


 サクラとアルウィンの視線が交差する。


――読まれた。でも、こっちが一手先んじたのは変わらない!――


 サクラは反撃をいなすことに意識を集中する。だがアルウィンの繰り出した一手はサクラの予想を超えてきた。


「ふんっ!」

「コイツ……自分の無人機を!?」


 アルウィンの槍が打ったのはサクラではなく、そばに控えていた小型無人機の腹。彼は眼前のサクラ目掛け、その小型機を打ち飛ばしたのだ。


「どうする傭兵? ソレの粒子防壁はまだ生きているぞ」


 粒子防壁を纏った物体を直接ぶつける。

 それは理屈の上ではアルマ兵装の攻撃と同じだった。


「クソがっ!」


 サクラはやむなく、アルウィンに向けるはずの一撃を飛来する無人機に放つ。

 しかしその結果、アルウィンの目の前で明確な隙をさらすことになってしまった。


「終わりだ、傭兵!」


 無防備なサクラに向け、アルウィンの一突きが繰り出される。勝利を確信しながらも、その一撃には油断も慢心も存在しない。


「だから、勝手に決めてんじゃねぇ!」


 それでもサクラは見苦しく足掻あがく。

 攻撃の勢いをそのまま利用して強引に体を捻り、関節や筋肉の可動域すら無視し、アルウィンの反撃を剣でらした。


「なんだと……」


 再び、剣と槍が触れ合い、粒子が爆ぜる。ここに来てついに、アルウィンの表情から余裕が消えた。


「ほらな、終わらなかったぞ!」

「くっ!」


 サクラが反撃をいなしたことで、隙を晒すものとその隙を狙うもの、両者の立場が逆転する。


「おらぁ!」


 サクラの追撃の一閃が、遂にアルウィンを捉えた。


「そうか、お前の強さを認めよう。だがな!」


 対して、アルウィンはえてサクラの一撃を粒子防壁で受け止めることを選ぶ。


『粒子残量七十、任務を続行してください』


 球状の防壁に身を守られながら、彼は全身を捻り、槍を深く引き絞り、バネが解放されたかのように神速の一突きが繰り出された。


「お前も理解しているだろう。灰被りの戦いは粒子残量の削りあい」

「がっ!」


 剣と槍が三度撃ち合い、火花を散らす。


『粒子残量五十、任務継続に支障なし』


 アルウィンの兵装が淡々と告げ、


『粒子残量十パーセント、危険域に到達』


 サクラの兵装が悲痛な叫びをあげる。


「正面から打ち合うのなら、俺の優位は揺るがない!」


 アルウィンはもはや“槍で防御する”という思考すら放棄し、両手で構えた槍を振りかぶる。


「素直に食らうかよ!」


 もちろん、サクラもそれを大人しく受けはしない。サクラは後ろに大きく跳び、アルウィンの繰り出す一撃から逃れた。


「うまく避けたな、片目でも動体視力は良いらしい」

「はぁ……はぁ……」


 サクラにはもう、皮肉を返す余裕すらない。もしも回避ではなく、剣で受け止めることを選んでいれば、間違いなく防壁を貫かれて死んでいただろう。


「だが、お前の粒子防壁で防げるのはあと一撃だけだ」

「……っち!」


 サクラは状況を仕切り直すため、コンテナの隙間から遮蔽物のないひらけた空間に移動する。

 足元には、戦車が残したらしきわだちが刻まれており、灰の下の土が顔を覗かせている。おそらく、ここは大型車両が通るための車道だったのだろう。


――まぁ、どうでもいいか――


『さ、サクラくん! 大丈夫ですか?』

「問題ねぇよ……粒子防壁がある限り灰被りは怪我しねぇんだから」


 サクラの言葉に嘘はない。先ほどの打ち合いで少し息は上がっているが、彼の体に負傷らしい負傷は無い。


『でも、さっき粒子残量が十パーセントしかないって……』

「そうだな、次の攻撃をくらったら……終わりだな」


 頬を流れる冷や汗を乱暴に拭い、サクラは意識を集中させる。

 アルウィンの姿は見えない。だが、確実に近くにいる。


「ヤツがどこにいるか、わかるか?」

『一定の距離を維持して、サクラくんの周囲をぐるぐる回ってます』

「なるほどね……」


 灰で白むサクラの視界の端で、黒い影が何度も現れては消えを繰り返す。

 アルウィンは一足一撃の間合いの一歩外から、こちらの隙を探しているのだろう。


――こっちが一歩でも動けば、そこはもうあいつの間合い、ってわけだ――


 二人だけの戦場に、遠くから何かが爆ぜるような音が響く。

 サクラは研ぎ澄ました感覚をあえて閉じ、インカムの向こうにいる相棒に呼びかけた。


「レイミア」

『はい! 私、次は何を調べれば――』

「次にアイツが攻撃してくる方向、お前が選べ」

『――』


 彼女は、そんな指示が来ると思ってもいなかったのだろう。インカム越しに息を飲む音がしっかりとサクラの耳に届いた。


『……敵が攻撃してくる方向なんて、そんなのどうやって判断すればいいんですか!?』

「別になんでもいいよ」

『なんでも、って……』

「当てずっぽうの勘でもいいし、お前の好きな方角でもいい……とりあえず一つ決めろ」

『な、なんですかそれ! どうしていきなりそんな投げやりなこと言うんですか!』


 落ち着き払って言ってのけるサクラの態度に、レイミアは糾弾きゅうだんするような声をあげる。けれども、サクラは別に勝負を諦めたわけではなかった。

 その証拠に、剣を握る彼の手にはわずかの緩みもない。


「投げやりなんかじゃねぇよ。今、この状況で一番頼りになるのはお前の目だからな」


 自分の目に見えないものがレイミアには見えている。

 それは、サクラの中にいつの間にか芽生えていた一つの確信だった。


『そんなの……そんなのまるで、サクラくんの命を私が背負ってるみたいじゃないですか』

「お前、今更何言ってんだよ」


 ここにきて、怖気づいているレイミアにサクラは呆れてしまう。


「遺跡調査の時も、ギガンテスと戦った時も、ギャングからフィーナ達を助ける時も……ずっと、俺はお前に命を預けてたっての」

『…………』


 その沈黙の意図は驚きか、困惑か、あるいは――決断までのわずかな逡巡しゅんじゅんか。


「それと言っとくけどな、俺だって、ずっとお前の命を背負わされてるんだぞ」

『……そういえば、そうでしたね』

「死なば諸共、一蓮托生いちれんたくしょうってやつだ」


 サクラは軽口でそのやり取りを締め、再び深い沈黙が彼を包み込んだ。


『…………左です!』

「ああ!」


 サクラが左を向いたそのコンマ一秒あとに、アルウィンが眼前に姿を現す。その表情は驚愕の色に染まっていた。


「なっ!?」


 彼にはきっと、未来予知でもされたかのように見えたのだろう。勝利の確信をもって振りかぶられた“先の先”の一突き、その軌道を、サクラは完全に見切っていたのだから。


 だがやはり、それでもなお、彼は優秀な軍人であった。


「……だとしても――!」


 元より、紙一重で回避されることすら想定内。彼が狙い定めていたのは、最初からサクラ本人ではない。サクラの周囲に展開される粒子防壁そのもの。


 ネフィリミニウム粒子こそが、アルマ兵装の攻防の要。蓄えられた粒子が底をつけば、サクラの兵装は防壁を削る力をも失う。

 そうなれば、アルウィンに防御も回避も必要ない。

 粒子防壁の展開領域は半径約二メートル。

 その領域全てを逃がすには、紙一重では足りない。


「――この一撃でお前の粒子は尽きる!」


 槍の穂先が空気を引き裂き、宙に舞う灰が白い螺旋を描く。

 慣性、全身のバネ、腕力、自身の体重、その全てが束ねられたアルウィンの最速の一突き。

 それはサクラの反撃よりも圧倒的に早く、球状に展開された粒子の被膜に――触れることはなかった。


「――なぜ……?」


 ジッ、と肉を焼く一瞬の微音が、不思議と二人の耳にはっきりと届く。

 アルウィンの槍は粒子防壁に遮られることなく、サクラの頬を掠め、フードを切り裂きつつも、虚しく空を刺し貫いていた。


「まだ、お前の貯蓄粒子は残っていたはず」

「……ああ、残してるよ。ちゃんと!」


 吐息すら届きそうな距離で、赤く燃える隻眼と一対の青く冷たい瞳が交錯する。


「まさか、防壁の自動展開を……?!」

「切った!」


 隻眼の傭兵は朗々と、自ら身を守る盾を捨てていたことを告げる。

 しかし、それは敵の狙いを読んでの行動ではなかった。


「残ってた粒子は全部、刀身こっちに回してやったよ!」


 ネフィリミニウム粒子こそ、アルマ兵装の攻防の要。

 刀身が纏う粒子が多いほど、生み出される熱エネルギーは増大する。

 大剣が薄紅色の光を放つ。それはもはや、粒子を纏っているというよりも、粒子を放っていると形容すべき、触れる全てを焼き尽くす、まばゆい光の奔流ほんりゅう


「おらっぁあああああ!!!」


 逆袈裟に切り上げられたその一閃は、厚い防壁をも溶断し――



――アルウィン・マーカスの肉体に届いた。



 彼を守っていた粒子防壁が徐々に光を失っていき、最後には無彩色の鉄の灰となって風に散った。


「……ああ、そうか」


 アルウィンは、細い黒煙をあげる自らの傷口をわずかに見下ろしたあと、ようやく、サクラの背後に浮遊する球体型ドローンの存在に気がついた。


「君の目は……一つではなかったのか」


 敗北を認めるようにその場で膝をつきながらも、彼は愛槍を地面に突き刺し、倒れそうになる身体を支える。


「……悪いが……俺にも、死ぬ前にやらなければいけないことがある……」


 アルウィンはそう言って、耳にかかるインカムに手を伸ばす。

 サクラは一瞬警戒を露わにするが、憑き物が落ちたような彼の表情が目に入ると、振りかぶった剣を静かに下した。


「こちら、ホーネット第四部隊隊長、アルウィン・マーカスだ。作戦領域内の隊員各位に次ぐ。所属不明の灰被りによる襲撃が発生した。対象の脅威度は未知数。全部隊員は速やかに作戦区域から離脱、以後の現場の対処は無人機で行う」


 一息に、自らの致命傷を最後まで悟らせない声色で、アルウィンは部隊に撤退を命じた。


「繰り返す、全部隊員は速やかに作戦区域から離脱せよ。これは隊長命令だ」


 通信機の向こう側で、彼の部下達がしきりに何かを叫んでいるのが、サクラにも聞こえた。だが、アルウィンはそれらを断ち切るように、一方的に始めた通信を一方的に終わらせた。


「部下は……見逃してくれるんだな……ありがとう」


 アルウィンはそう呟き、今度こそその場に倒れ伏す。


「……これじゃ、どっちが見逃されたのかわかんねぇよ」


 動かなくなった彼の体に、灰がこんこんと降り積もっていく。

 その黒い軍服を白く染めるように。




――――――――――――――――――――――

TIPS:

【サクラ】


性別:男性

年齢:16歳

出身:地上 沿岸地区


好き:ドライフルーツ、コーラ

苦手:アルコール飲料、機械

趣味:料理、掃除


座右の銘:『不言実行』

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