隻眼の『灰被り』:4
『警報、警報、高濃度の粒子反n――』
戦場に現れたサクラの存在に真っ先に気づいた小型自律機が、警報を発しきる前に真っ二つに切り裂かれる。
「派手に暴れてやるから、全部俺のところに持ってきやがれ、ハチ野郎ども!」
サクラは戦場を駆け抜け、視界に入る全ての敵を切り捨てて回った。
最初は未知の襲撃者に混乱するかのように自律兵器達の陣形に乱れが生じ、サクラもその混乱に乗じて、さらに無人機の破壊を進めていった。
しかし同時に、その乱れ、隙が徐々に少なくなっているのも肌で感じていた。
「そろそろ、気づかれたかな」
長年の経験から導き出されたその推理は、すぐに正解だと証明された。
「……ギガンテス!」
対アルマ兵装用の新型機。先ほどまでは戦場に影も形もなかったはずのそれが、今サクラの目の前に現れた。
「けど、残念だったな! テメェはもう攻略済みなんだよ!」
サクラは即座に跳躍し、体高三メートルはある巨大兵器の上へと飛び乗ると、センサー類の詰まった頭部を一撃で斬り飛ばした。
「一区切り……ってところか」
サクラは物言わぬ鉄塊となったギガンテスの頭部を高台代わりに辺りを見回す。
視覚の範囲に敵影はない。
『サクラくん、聞こえますか?』
「レイミアか? ちょうどいい、お前が捕まってる場所はどこだ」
地上戦力があらかた片付いたことを確認し、サクラは地下のレイミア救出に本腰を入れようとする。だが、肝心のレイミアはサクラからの質問を無視し、伝令を飛ばした。
『サクラくんのすぐ近くに、膨大な粒子反応があります。これ多分……』
「まさか、ギガンテスが一撃で倒されるとはな……報告書が増える」
機能を停止したはずのギガンテスがぐらりと傾く。一瞬、サクラは仕留めそこなったのかと思ったが、それは違った。
直後、彼の視界に巨大な槍の穂先が現れた。
「くっ!」
『粒子残量三十パーセント、警戒域』
直撃を受け、吹き飛ばされたサクラだったが、彼は着地と同時に体勢を立て直し、自らを攻撃した存在を見上げる。
一目で地上製でないとわかる質の良い軍服に身を包んだ若い男だ。軍服の右肩部にはスズメバチの意匠が刻まれたワッペンがあり、その手には身の丈を大きく超える機械仕掛けの突撃槍が握られていた。
「アルマ兵装……ホーネットのエース様ってわけだ」
「ホーネット第四部隊隊長、アルウィン・マーカスだ。速やかに抵抗をやめ、降伏しろ。できることなら、君のような若者の命までは奪いたくはない」
「へぇ……ホーネットにも甘い軍人がいるんだな。ミツバチにでも改名したらどうだ?」
「君達のような反抗勢力と違い、我々は秩序の守り人だ。人殺しを
サクラの皮肉たっぷりの挑発に対し、アルウィンは
「そうかい……けど、勘違いしているところ悪いが、俺はレジスタンスどもの仲間ってわけじゃない」
サクラは大剣を正眼に構え、言葉だけでなく態度でも降伏の意思がないことを見せつける。
「なるほど、君は傭兵か」
それでもなお、アルウィンの方は槍を構えようとはせず、短く
「ならばなおのこと、君の殺害は命令にない。引きたまえ」
アルウィンは言葉を
その明確な問題行動は、彼の提案が罠でも何でもない本気の慈悲であることを示していた。
「あんたにおりてきてる命令ってのは?」
「反抗勢力の掃討だよ。金で雇われただけの傭兵は対象外だ」
「そうか……じゃあ、やっぱり引き下がれねぇな!」
サクラは問答を一方的に打ち切り、不意打ち気味にアルウィンへと跳躍し斬りかかる。
「これだから傭兵という人種は!」
しかし、アルウィンも熟練の軍人。その奇襲にしっかりと反応し、自らの武器でその一撃を受け止めた。
両者の兵装が
「うぉおおお!」
押し合いは跳躍の勢いを乗せたサクラが制し、アルウィンをギガンテスの残骸の上から押しのける。
だがその直後、背後から銃声が彼の耳に届き、サクラの周囲に粒子防壁が自動展開された。
「なんだと?!」
振り返った彼の目に映ったのは、自動小銃で武装した四足歩行型の小型自律兵器の姿。
「っち! 増援か!」
サクラは即座にギガンテスの残骸を蹴って、近くに並ぶコンテナの影へと跳ぶ。
すぐさま射線から離れたおかげもあり、小型機の銃撃による粒子損耗は微々たるもので済んだらしく、損耗を伝えるアナウンスは鳴らなかった。
「くそ、無人機との連携か……ってことは、お供はアレ一つってことはねぇだろうな」
敵はアルウィン一人ではない。そう認識を改めたサクラは意識を集中させ、周囲の気配を探る。
「……上か!」
微かに聞こえた駆動音。その発信源たる頭上を見上げ、コンテナの上から自身を狙う小型機を目視する。
「あの軍人の前に、こっちを潰しておくか」
サクラはその場で深く屈伸し、その反動を使って高く上空に飛び上がる。
多少の被弾は前提とし、まず一機、邪魔な取り巻きを破壊するため、剣を大きく振りかぶった。
「警戒が甘いな、傭兵」
「しまった!」
しかし、その一撃が放たれる前に、死角から来たアルウィンの突撃によってサクラの体は大きく弾き飛ばされた。
『粒子残量二十五パーセント』
防壁に守られながら地面を転がったサクラは、立ち上がると同時に悪態を吐く。
「……あの軍人ヤロウ! フードで隠してたってのに、目ざとく気付きやがって」
アルウィンの先ほど奇襲がサクラの左側から飛んできたのは、決して偶然ではない。
――甘いやつかと思ったが、俺の片目っていう弱点を早速ついてくるとはな――
サクラは忌々しげに眼帯で覆われた自身の左眼を撫でる。だが、嘆いたところで左眼が生えてくるわけでもない。
サクラは気休め程度に体の左側をコンテナ側に寄せることで死角を減らし、コンテナの上で無人機と並び立つアルウィンと再び
――どうする? 無人機を無視して灰被りに狙いを絞るか?――
“普段なら”それが最適解であっただろう。だが、今この瞬間に限ってはその手は使えなかった。
「お前の粒子はもう三割を切っている。その程度なら通常の火器戦力でも十分削り落とせるぞ」
「まだ四分の一も残ってるんだ。勝手に勝ち誇って決めるんじゃねぇよ」
サクラは精一杯虚勢を張ってはみるが、アルウィンの指摘は一から十まで正しかった。
アルウィンに意識を向け過ぎれば、無人機に囲まれてハチの巣にされかねない。
「せめて、無人機の数が把握できれば……」
『四機です』
「……え?」
思わず漏れ出た弱音に返事が返ってきたことで、サクラは戦闘中だというのに間の抜けた声を上げてしまった。
『十二時方向に二機、四時、六時にそれぞれ一機ずつ…………他は全部サクラくんが壊したので、動いているのはそれだけです』
「お前、さっきといいどうして……!」
“どうしてこっちの状況がわかるんだ”とインカムに向けて叫ぶ直前、サクラはコンテナの影に、低く浮遊するドローンを見つける。
『ええと、気になっちゃったので、つい……』
「お前は本当に……」
自分の身の安全よりもサクラの補助を優先したレイミアに、サクラは呆れて声も出ない。
――まったく……見られてたら、弱気にもなれないじゃねぇかよ――
剣を握る手に自然と力が入る。
「敵の灰被りから一番遠いのは?」
『……四時方向に直線距離八十メートル。孤立してます』
「了解!」
レイミアからもたらされた情報を元に、サクラは体を翻して走り出した。
「逃走……ではないだろうな」
アルウィンもまた、その動きに不信感を抱きつつも後を追う。
『敵反応、後ろから追ってきてますけど』
「灰被り相手なら距離さえ保てば問題ない。妙な動きがあったらすぐに知らせてくれ」
『わかりました。絶対に目を離しません!』
その短いやり取りの合間に、サクラは孤立していた無人機の背後を取ることに成功した。
「まず一つ!」
貧弱な粒子防壁ごと鉄製の胴体を斬り裂き、すぐさまその場を離脱する。
「よし、次だ。また孤立している個体を狙うぞ」
『ええと……三時方向です。さっきのコンテナにいた子が置き去りになってます』
「なるほど、さっきのあいつか!」
先ほど仕留め損なった二機目の元に跳び、それを破壊すると同時にサクラは再びコンテナの間に飛び込み身を隠した。
一方、距離を取りながらその一連の流れを見ていたアルウィンは、敵の動きが突然変化したと明確に感じ取っていた。
「この短時間に二機もやられたか。あの傭兵、俺よりも正確に小型機の位置を把握しているようだな……」
アルウィンはサクラを追う足を止め、独り言つ。
「だが、少々狙いが露骨過ぎるぞ」
アルウィンの呟きは当然、サクラの耳には届かない。
――――――――――――――――――――――
TIPS:
【アルウィン・マーカス】
性別:男性
年齢:29歳
出身:地上、企業連合管理区
好き:ハンバーグレーション
苦手:豆缶
趣味:雑談
座右の銘:『人事を尽くして天命を待つ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます