隻眼の『灰被り』:3
『隻眼の灰被りへ』
依頼主は
「まったく、嬢ちゃんも大したもんだ! 傭兵組合への依頼で自分の居場所を伝えてくるなんてな!」
「驚くようなことじゃねぇよ。あいつなら、それくらいすぐに思いつく」
「ハハッ! 本人に会ったら、それをちゃんと言ってやれ!」
ストークが運転するトレーラーが荒野を駆ける。そのスピードはサクラ自身も今まで体験したことがない速度であり、小石を踏むだけで車体が浮き上がるほどだった。
「だがよ! 送られてきたこの座標、ここから山二つ超えた先じゃねぇか!」
「ああ、しかも最短距離のトンネルはどうせホーネットが塞いでるだろうな!」
「迂回路じゃ、このスピードでも丸一日はかかるぞ」
レイミアの状況が一分一秒を争うほどに緊迫しているのは、文面からも伝わってきた。だからこそ、ストークの声にも焦りがにじむ。
「わかってる。だから、まずは足を拾うんだよ」
しかし、助手席のサクラはというと、焦りはしつつも、その表情には希望の気配があった。
「この座標は無視して、一旦沿岸ギルドに向かってくれ!」
「沿岸ギルドぉ?」
ハンドルを握るストークは素っ
「ああ、アポイントメントは取ってある!」
しかし、サクラは不敵に笑っている。どうやら、言い間違いや勘違いではないらしい。
長年の付き合いを信じ、ストークはアクセルをさらに深く踏み込んだ。
◇
不定期な爆発音が響くたび、レイミア達のいる廃棄室も大きく揺れ、パラパラと天井から土がこぼれ落ちた。
「ホーネットが来る前に、崩落しちゃいそうですね」
「不吉なことを言わないでくれ! まったく、君はポジティブなのか、ネガティブなのか……」
ジャネットは不安そうに天井を見上げるが、彼には崩壊の予兆などわからない。
ただ、そのやり取りを通して、自分もレイミアと同様に死ぬことを恐れているのだと自覚できた。
「銃声が近くなってきたな……頼みの傭兵とやらはいつ来る?」
「……わかりません。依頼は受諾されたみたいですけど」
彼があの依頼に気づいてくれたとして、どうやってホーネットの包囲網を抜けてこの場所まで来るのか、あるいはどうやって自分達が彼のもとに向かうか、そればかりはレイミアもいまだに考えつくことができないでいた。
「この拠点、周囲を山に囲まれていますよね」
レイミアはドローンで集めた周辺のマップデータを見つめて唸る。
「ああ。元々は軍事拠点だったらしいからな。城塞としては優れた立地だったんだろう」
「秘密の抜け道とかがあればいいんですけど……」
「あるにはあるが……君達がここに来るときに使った通路だ」
「じゃあダメですね。そこはホーネット部隊が最初に制圧してます」
拠点内部には既にホーネットの歩兵が至る所に点在しており、レジスタンスの構成員の捕縛に動いていた。そのなかでも、前回の襲撃で脱出を許した反省からか、
「もう空でも飛ぶしか……ダメダメ、現実逃避しても何にもならない!」
ドローンに捕まって空を飛ぶ想像が浮かんだが、そもそも人間一人を持ち上げられる力はあれにはない。
もはや万策尽きたというタイミングで、レイミアの操作していた小型端末が通知音を発した。
「何か見つかったのか?」
「いえ、これは音声通信です……このチャンネル!」
見覚えのある数字の羅列に飛びつくように、レイミアは通信を繋ぐ。しかし、端末のスピーカーから聞こえてきたのは人の声ではなく、耳を抑えたくなるほどのけたたましい騒音だった
――じゅ、銃声?! なに、どういう状況なの?――
しばらくすると、向こう側で調整されたのか、パラパラと断続的になり続ける騒音が少しだけ収まり、人の声が通信に乗った。
『――流石に、この距離まで来たら通信も繋がるか』
「サクラくん? サクラくんですか?!」
『ったく、安く雇われてやるとはいったが、まさか無報酬で依頼してくるなんてな。やっぱりお前は大物だよ!』
たった数日ぶりのはずなのに、その皮肉たっぷりのやり取りがレイミアにはあまりにも懐かしかった。
思わず目じりに浮かんだ涙をぬぐい、彼女は情けない声を漏らす。
「本当にサクラくんだ……」
「あー、悪いが、こっちはヘリのローター音がうるさくてよく聞こえないんだ! できるだけ声を張って喋ってくれ!」
「ローター音……?」
その瞬間、レイミアは自らの思い違いに気づく。
サクラの背後で鳴り響いている騒音は、銃声などではない。それはかつて一度だけ、レイミア自身も直接耳にしたことがある音だった。
「もしかして、サクラくん、今ヘリコプターに乗ってるんですか?!」
「ああ! ギルドのおっさんが持ってた武装ヘリがあったろ? アレを貯金をおろして買い付けてやった!」
「貯金って……そんな!」
サクラが何のためにお金を貯めていたのか、それを知っているレイミアは絶句してしまう。
しかし、そんな彼女の後悔を断ち切るように、サクラは問いかける。
「レイミア、最終確認だ」
叫ぶような大声ではなかったはずなのに、不思議とその言葉はレイミアの耳にはしっかりと聞こえた。
「助けてくれ、って具体的にどうして欲しいんだ?」
それはかつて、レイミアが答えることができなかった質問。だが、今はもうあの時の彼女とは違った。
「……今、私は反企業レジスタンスに幽閉されています。周囲は企業連合軍のホーネット部隊がいて……彼らに見つかれば、私はレジスタンスの一員として捕縛、あるいは射殺されると思います」
自分が今、どれほど危機的状況にあるのか、そして、サクラにどれほどの危険を冒すことを強いるのか。
レイミアはそれを自覚し背負うため、一つ一つを言葉にしていく。
「……それで?」
「だから、私をここから連れ出してください。あなたの知る一番安全な場所まで連れていってください」
かつて、同じ質問をされた時、レイミアは考えもしなかった。
「私はまだ死にたくない……だから――」
この言葉がこんなにも重いものだったなんて。
「助けてください、サクラくん!」
『ああ、了解した』
そんなどうしようもなく自分勝手な願い。それを彼は、当然のように受け止めてくれた。
『作戦内容は依頼人レイミア・ヴェルフェルトの救出。および安全圏への離脱……これより、作戦行動を開始する』
◇
ホーネットとレジスタンスの戦闘は、上空数百メートルを飛行するヘリにも届くほどに激しかった。
レジスタンスは有人戦車、対するホーネットは大型、中型の自律無人兵器が前線を維持しており、互いに絶え間ない砲撃の応酬を繰り広げていた。
「サクラァ! このヘリには粒子防壁は搭載されてねぇ! 流石にこれ以上高度を下げたら撃ち落とされる!」
サクラを乗せたヘリの運転席では、ストークが外部の騒音に負けない声量で叫んでいる。
まさか彼がトレーラーだけでなくヘリの運転までできるとは、サクラも思っていなかったのだが、この嬉しい誤算のおかげで予定よりさらに早く目的地に到着することが出来たのだった。
「高度はこのままでいい! とにかく、ホーネットとレジスタンスの戦闘区域の真上に持っていってくれ!」
「真上? それでどうすんだ!」
ストークの問いかけに対し、サクラはヘリの後部ハッチを開けながら答える。
「飛び降りるんだよ!」
そして、サクラは一瞬の迷いも見せず、その身を地上数百メートルの空中へと投げ出した。
パラシュートなど当然身につけてはいない。その手にあるのは、ただ一振りの巨大な機械仕掛けの剣のみ。
うるさかったプロペラ音が遠のき、それに代わって砲撃と銃声の音が近づいてくる。
空中に舞う灰が高速で背後へと流れ、数秒とたたずに地上は彼の眼前に広がった。
『粒子残量残り五十パーセント』
粒子防壁ですら殺しきれなかった衝撃が音となり、戦場に響く。だがそれすらも、戦火の音の一つとて飲み込まれ、消えた。
「流石に、この高さじゃ衝撃も桁違いか」
サクラは、さっそく半分になった粒子残量のメーターには目もくれず、戦場を駆けだした。
「まずは地上のホーネットを減らさないことには、レイミアを助けてもヘリに戻れねぇな……」
かつて、この拠点は地下資源の採掘場も兼ねていたのだろうか。地上には無数の大型輸送コンテナや燃料タンク、そして、長らく放置され灰が積もった
それらの障害物のせいで、レジスタンス達の操る大型の戦車は思うように動けなくなっており、小型、中型の無人機の軍勢に取り囲まれているのが、サクラにもすぐに確認できた。
「なんで、レジスタンス側が地形の不利を背負ってんだか」
「怯むな! 我々の団結と意思を『企業』に見せつけ――」
サクラが割り込む間もなく、粒子防壁が切れた戦車がまた一つ無人機の飽和攻撃を受けて爆散した。
「さて……やるか」
その戦車がリーダー格だったのか、レジスタンス達の勢いが目に見えて落ちている。
サクラはフードを深くかぶって顔を隠し、コンテナの陰から飛び出した。
――――――――――――――――――――――
TIPS:
【ストーク】
本名:ドルトン・アリシマ
性別:男性
年齢:55歳
出身:ガイウスコーラル、第四十五区画
好き:ビール、乗り物全般
苦手:怪談
趣味:闇ディーラーのカタログ鑑賞
座右の銘:『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』
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