隻眼の『灰被り』:2


 レイミアと隻腕の男は、二人そろって地下拠点の最奥にある一室に軟禁されることになった。

 部屋と言っても、それはほとんど横穴のようなもので、岩壁に鋼鉄製の扉が埋め込まれ、簡素な照明がぶら下げられた簡素な構造をしている。

 牢屋というわけではないようだが、部屋の隅には大量の鉄くずと破損した機械が山のように積み上げられており、居住用の部屋ではないことは察せられた。


「コーラルからも棄てられて、地上でも廃棄室送りってか……」


 隻腕の男は、自嘲の笑みを漏らしながら地面に座りこむ。その表情には諦観の気配が色濃く出ていた。


「廃棄室……ゴミ捨て場ってことですか。ごめんなさい、私が騒ぎを大きくしてしまったばっかりに……」

「いや、最初に巻き込んだのは俺のほうだ。すまない……ええと」

「レイミアです。レイミア・ヴェルフェルト」

「俺はジャネット・アクセルだ」


 互いに簡単な自己紹介を済ませたあと、レイミアはすぐに廃棄室の扉を調べにかかった。


「鍵は外側のみ……通気口はあるけれど届かないな……」

「何をしているんだ? 無駄に動いても体力を消耗するだけだぞ」

「あの人達、企業連合軍を迎え撃つって言ってました。多分、すぐにここも戦場になります。それまでに脱出しないと……」


 彼らには申し訳ないが、企業連合軍との戦力差は歴然だ。勝ち目は万に一つもないだろう。

 しかも、『企業』側からすれば、レイミア達もテロリストの一員に変わりない、というのも事態を難解にさせている。

 今の自分達は、レジスタンスと『企業』の両方が敵と言っても差し支えない非常に危険な立場だ。


「考えろ……考えろ……」


 唯一、面識があるといえる存在であったガリアが抗戦派にいる以上、味方と呼べる存在は皆無。

 ドローンと情報端末が入ったバッグは、ここに閉じ込められる前に取り上げられた。衣服の中に隠し持っていたコーラル製の携帯端末の方は無事だが、こちらは逆に地上では役に立たない代物。


「君は本気でここから抜け出すつもりなのかい?」

「え? 当然じゃないですか」


 ジャネットから飛び出してきた思いがけない質問に、レイミアはぱちくりとさせてしまう。

 今回に限っては、大人しくしていることで状況が好転することはない。その一点はこの場における共通認識だと思っていたからだ。

 だが、彼の質問の真意は少し違ったようだった。


「仮にここから抜け出せたとして、それからどうするんだ?」


 彼が聞いていたのは“なぜ逃げ出すのか”ではなく“逃げ出してどうするのか”というものだったらしい。

 それは形は違えど、それは先ほどの人々がレイミアに抱いていたのと同質の感情と言えた。


「それは生き延びた後に考えます」

「あとって……そんな無計画な! 不安はないのか?」


 ジャネットが立ち上がってまで声を荒げるのを、レイミアは苦笑いで受け止める。

 彼の反応は予想通り……というよりも、誰が聞いても当然と言えた。実際レイミアにも、説得するにはあまりに無責任な発言である、という自覚があるからこそ、先ほどの場では言い出せずにいたわけだ。

 だが、向ける相手が自分なら話は変わる。


「コーラルの生活よりは大変だとは思いますけど、死ぬよりはマシですから。それに、どこに行っても食いっぱぐれない、ってサクラくんからお墨付きをもらったので」


 自分で答えながら、レイミアはようやくわかった気がした。同じコーラルで育ったはずの自分とガリア達で、なぜあんなにも考え方が噛み合わなかったのか、その理由が。


――そっか、あの人たちは『サクラくんと出会う前の私』なんだ――


 地上のことを何も知らず、生きるために何をすればいいのかすらわからない。そんな不安と恐怖しかなかった頃の自分と、今の自分で考え方が違うのは当然だ。


「サクラ?」

「あ、サクラくんは、地上で私に色々と親切にしてくれた傭兵で……」


 その瞬間、レイミアの脳裏にサクラと出会った日の記憶が蘇る。


「……そうだ!」


 すると彼女は、部屋の奥に積み上げられたゴミの山へと一目散に駆け出し、山を崩さないように気をつけながら機械ゴミを抜き出しはじめた。


「お、おい! いきなり何をやってるんだ? 怪我をするぞ」


 レイミアの突然の奇行に、ジャネットは横にしていた体を起こして驚きの声を上げる。


「あの! ジャネットさんも手を貸してください! この中にある情報端末を手当たり次第に引っ張り出したいんです!」

「情報端末って、ここにあるのは全部ガラクタだぞ? 無事な部品をかき集めるにしても、どれだけかかるか……」

「探す部品は少しで済むはずです。修理用じゃなくて、改造用ですから!」


 レイミアはそう言って、ふところから取り出したコーラル製の携帯端末を見せる。

 これは、今は役に立たないが壊れているわけではない。ただ地上のネットワークに繋がらないだけだ。なら、繋げるようにしてしまえばいい。


「もちろん、タダでとは言いません。ここを一緒に出られたら、ちゃんと報酬はお渡ししますから」


 ◇


「お願い、うまくいって!」


 レイミアはい願うように携帯端末を両手で持ち、再起動する。

 若干ノイズ混じりではあったが、その画面はネットワークと繋がった状態であることを示していた。


「やった!」

「本当にうまくいったのか……君はどこでこんな知識を?」


 部品探しから改造まで、その一部始終を隣で見ていたジャネットは、信じられないという顔で端末とレイミアを交互に見る。


「前に人から改造できるって聞いたあと、気になってやり方を調べて……」


 その際、多額の情報料を請求されたのはレイミア的には苦い思い出なのだが、今回はそんな過去の自分の軽率さに助けられた。


「ええと……あ、やっぱり。ここからでも私のドローンにも繋げられる!」


 この端末は見た目こそ小さく頼りないが、サクラの元で使っていたノート型よりも数世代は進んだ最新型。性能は圧倒的にこちらが上だ。そのおかげもあり、別室に放置されていたドローンの遠隔操作も問題なくできた。


「ドローンの周りには誰もいない。ラッキー……」


 最大の懸念けねんは、勝手に動き出したドローンを目撃され、脱走計画が露呈ろていすることだったが、その第一関門も無事クリアできたらしい。

 だが、安堵あんどするレイミアを嘲笑あざわらうかのように、巨大な爆発音がこの地下拠点全体を揺らした。


「きゃ!」


 その衝撃で手元が狂ってしまい、ドローンから送られてくる映像が黒いノイズだらけのものに変化してしまった。


「あうぅ。どっかにぶつけちゃったかな……」


 携帯端末からドローンのステータスを確認すると、カメラがダメになっていることがわかった。

 レイミアは歯噛みしつつも、他のセンサー類をメインになるよう表示を切り替え、改めて状況把握につとめる。


「今の音の発信源は上、ってことは地上から……高熱源と大量の粒子反応……ひゃ!」

「うわぁ! またか!」


 爆発音は一度ではとどまらず、二度目の衝撃がレイミア達を襲い、廃棄室の唯一の照明までもが消えてしまった。そして、その音と衝撃の正体を告げるように、鋼鉄の扉の向こう側で似非えせ軍服男の叫び声が響いた。


「ホーネットの襲撃だ! 戦闘配備につけ! 我々の意志を働きバチどもに見せつけてやるのだ!」


 レイミア達の脱出計画が完遂する前に、ホーネットの襲撃がはじまってしまった。

 その最悪の事実に、ジャネットは片腕で自らの頭を抱える。


「もう来たのか……やつら、本当に俺達を皆殺しにする気で……」

「大丈夫です!」


 ジャネットの弱音をかき消すように、レイミアが凛と声を張り上げた。その間も、彼女の視線は手元の端末の画面上を高速で動き回っている。


――点在している熱源反応から、この拠点の内部構造は大方割り出せた。この粒子反応は……多分、『企業』の小型無人機。歩兵とペアを組んでいるのか。そういうことなら、カメラなしでもレジスタンスとホーネットの判別ができる……――


 ドローンのセンサーがかき集めたデータをもとに理論を組み立て、レイミアは思考をフル回転させて自分達を取り巻く状況を分析していく。


「まだ拠点内には侵入されていません。外の人達が抵抗することも考えれば……ホーネットがここを見つけるまで、あと半日くらいは猶予ゆうよがあるはずです」

「猶予って……この拠点はもう包囲されているんだぞ。脱走しても意味は……」

「そうですね……」


 レジスタンス達の目を盗んで脱走に成功したとしても、そのままホーネットの包囲網を抜けるのは不可能だろう。

 だが、レイミアは口ではそう言いながらも、ドローンを操作する手は止めず、それと並行して情報端末をネットワークの“あるサーバー”に接続を試みていた。


「できれば、ちゃんと自分の力で脱出したかったんですけど」


 小型端末の小さな画面に、黒を基調としたシンプルなウェブページが表示される。脇から覗き見ていたジャネットも、そのページ自体は知っているようだった。


「傭兵組合……まさか、傭兵に助けを求めるって言うのか? この状況で?」

「そのまさかです……来てくれる保証はありませんが」


 それでも、何もしないよりはマシだと自らに言い聞かせ、レイミアは依頼文を打ち込んでいく。


「あなたの優しさに甘えてばかりで……ごめんなさい」


 この依頼が彼の目に止まるように祈りながら、レイミアはその依頼文を転送した。





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TIPS:

【フィーナ】


性別:女性

年齢:21歳

出身:地上 沿岸漁村


好き:干物、シードル

苦手:読字

趣味:晩酌


座右の銘:『愛は惜しみなく与う』

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