幕間 熱は狂気に、血は土に

熱は狂気に、血は土に


 『鉄の灰』によって陽の光がさえぎられて久しく、この惑星は寒冷化の一途いっとを辿っている。


 そんな中にあっても、戦場にだけはいつまでも変わらない熱があった。それは戦火が大地を焼く熱であり、生と死の狭間はざまにのみ存在する人の感情の熱。

 企業連合軍『ホーネット』の軍人、アルウィン・マーカスはずっとその熱が嫌いだった。


「抵抗は無意味だ。大人しく投降せよ」

「ふざけるな! この蜂ヤロウ!」


 アルウィンの前に鎮座する戦車はその勧告を無視し、代わりとばかりに罵声が飛ばす。


――粒子防壁搭載の初期型有人戦車か。教本でしか見たことがないような骨董こっとう品じゃないか――


 灰だけの積もった荒野に立つ彼は、眼前の対象を冷静に観察し、その戦力を測る。しかし、反抗勢力の駆るソレは戦力と呼ぶのも烏滸おこがましい代物だった。


「再度通達する。投降しろ。この領域は我々、企業連合軍地上管制部隊『ホーネット』によって包囲が完了している」


 アルウィンの二度目の勧告。

 その声にはわずかな哀れみの色が混ざっていた。だが、戦車の中にいる彼らには、それは侮蔑と受け取られたらしい。

 戦車の砲身が音を立てて稼働し、アルウィンへと向けられる。


「照準合わせ……撃てー!」


 生身の人間に向けて、彼らは一切の躊躇ちゅうちょなく砲弾を放った。

 榴弾りゅうだんの爆風が荒野に積もる灰を吹き飛ばし、黒煙と炎がアルウィンを包む。


『粒子残量八十。安全域です。作戦を続行してください』


 だが、その熱は粒子防壁に遮られ、アルウィンの髪の一房すら焦がすことはなかった。

 彼は苛立たしげに目を伏せ、右手の突撃槍ランスを握り直す。


 その槍の全長はおよそ二メートル。長さ自体は槍としては珍しいものではない、だが、特筆するべきはその穂先の重厚さにあった。

 重戦車の砲身にも匹敵しそうなそれを、アルウィンは軽々と片手で持ち、構えている。


「アルマ兵装……やはり『企業』の灰被りだったか!」

『マーカス隊長、目標からの攻撃を確認しました。投降の意思はないと思われます』


 アルウィンのインカムに副官からの通信が届く。


「……ああ、そのようだな」

『人員を送ります』


 副官からの適切な提案。だが、アルウィンはそれを制した。


「いや、こちらには索敵さくてき用の小型機ハウンドを二機貰えればいい。予備人員は全て、地下アジト内部の制圧に回してくれ」

僭越せんえつながら、地下にいるのは非戦闘員がほとんどと思われます。少々過剰かと』

「反抗勢力の構成員は一人も逃すな、というのが上からの命令だ。多いくらいでちょうどいい」

『ですが……』


 副官はまだアルウィンの指示に納得しきれていないらしい。その内心を汲み取ったアルウィンは、少しだけ声のトーンを優しくする。


「こちらの心配は不要だよ、そのための『灰被り』だ。地下部隊の指揮権は君に一任する。頼んだよ」

『っは!』


 そのやり取りを最後に通信は途切れた。


――彼女は軍人をやるには少し優しすぎるな。やはり『企業』の適性検査はアテにならん――


「第二射用意! アルマ兵装といえど、粒子防壁は無限じゃないはずだ!」

「ああ、そうだな……だが!」


 しかし、その戦車の追撃が放たれるよりも、地を駆けたアルウィンの一突きが戦車の装甲を貫くのが速かった。


「全てに当たってやるほど、俺は優しくない」

「あぁあああ!」


 戦車の内部から聞こえる悲鳴。アルウィンはその数を冷酷に数える。


「二つ……まだいるな」


 彼は穂先を引き抜くと同時に跳躍し、戦車の頭上に着地する。そして、直下にある操縦席を目掛けて深く槍を突き立てた。

 今度は断末魔をあげる間すら与えられず、戦車は完全に沈黙する。


「ブラボーがやられた! 灰被りだ!」

「戦車部隊、目標を中心に囲め! 味方に当たっても構わん! こいつさえ倒せれば!」


 地下からの隠し通路でもあったのか。

 先駆けの一機が討ち取られたのを受けて、同型の有人戦車が十台ほど姿を現し、それらはアルウィンを取り囲むように陣形を組んだ。


「俺さえ倒せば……か」


 アルウィンはレジスタンス兵が発した言葉を復唱し、自身を囲む戦車隊をにらみつける。

 その目は冷たくにごっていた。


「それでお前達に何が得られる? 何の意味がある?」

「死を恐れるな! 我々は今日、ここで! 『企業』打倒への礎となるのだ!」


 アルウィンは奥歯を噛み、槍を握る手に力をめた。


 ◇


『流石です、マーカス隊長。本当にお一人でこの数を……』


 副官からの再度の通信を受け、アルウィンは荒野に散らばる鉄くずを一瞥いちべつする。


「新兵の訓練機よりも旧型が相手なんだ、この程度、君にもできるだろう?」

『ご冗談を』


 それなりに本気で言ったつもりだったのだが、とアルウィンは内心苦笑する。


「それで、地下の方はどうなっている?」

『鎮圧はすでに完了しました。多少の抵抗はあったようですが、こちらの被害は皆無です。現在、捕縛した構成員の移送準備に取り掛かっております』

「予定よりかなり早いな。優秀な部下に恵まれて助かるよ」


 事前のブリーフィングで脳に叩き込んでいた敵施設の見取り図を想起しつつ、アルウィンは手放しの称賛を送る。しかし、それとは裏腹に副官が続けて発したのは重苦しい声だった。


『ですが……』

「何か問題が?」

『作戦途中、事前情報になかった地下通路が発見されました』

「……なるほど、他には?」

『大型車両がその地下通路を使った痕跡があった、との報告もあります』


 地下の制圧が予定よりも大幅に早く終わった原因はそれか、とアルウィンは納得する。


『居住エリアの規模から、約半数の構成員が逃れたと思われます……』

「地上を包囲して気がゆるんだな」


 もちろん、アルウィンも敵の逃走を予測していなかったわけではない。しかし、それは地上に出るための抜け道程度であり、大型車両が通るような大規模な地下通路があるとまでは考えていなかった。


『申し訳ございません』

「いや、これは私の作戦ミスだ。すぐに作戦室に戻って二次作戦の準備をしなければな」

『二次作戦……ですか。しかし隊長、逃走したのはほとんどが非戦闘員と思われますが……』


 アルウィンには、通信越しでも副官の表情が険しくなっているのが容易に想像できた。だからこそ、彼は上官としての立場に徹し、淡々と告げる。


「さっきも言ったが、反抗勢力の全構成員の捕縛、あるいは処理。それが今回の命令だ。たとえ、非戦闘員であろうとも例外はない」

『……理解しています』

「地下道の調査については日を改め、部隊を再編してから行う。今は捕縛した捕虜の移送を優先してくれ……ん?」


 その時、アルウィンの耳にかすかなうめき声が届いた。


「すまない、少し待ってくれ」


 通信をいったん止めてその声の方に向かうと、彼は戦車の残骸の陰に一人の男がうずくまっているのを発見した。

 生存者、と呼ぶには負傷がひどい。戦車機関部の爆発に巻き込まれたのか、鉄の破片が全身に刺さっており、腹からは内臓がまろび出ている。


「くそ……『企業』め……どうして……」


 その男が近づいてきたアルウィンの存在を認知していたのかはわからない。だが彼は死を前にしてもなお、怨嗟の言葉を吐き続けていた。


「どうして……俺が……棄てられなきゃ……」

「……そうか」


 アルウィンは短く呟き、槍を振るう。

 荒野に静寂せいじゃくが戻ったことを確認し、彼は止めていた通信を繋ぎ直した。


『トラブルですか?』

「いや、なんでもない……そうだ。一つ、確認したいことがある」

『なんでしょうか?』

「捕縛した敵構成員のなかに……十代後半の若い少女はいただろうか?」

『捕虜のリストは現在作成中ですが……探すように命じますか?』

「いや、リストが完成したら渡してもらえればそれでいい」


 アルウィンの胸中をかすめたのは、一か月前に地上に棄てられることを自ら選んだ少女の姿。


――見つけたところで、俺に何ができるでもないのにな――


 全構成員の捕縛、あるいは排除。それが軍人であるアルウィンに下された命令だ。

 そこに例外がないことは彼自身が一番理解していた。


 戦場の熱は人を狂わせる。

 死にすら大義を見出そうとするこの熱が、アルウィンはずっと嫌いだった。

 それでも彼が軍人を続けているのは、これが『企業』から与えられた役割だからに他ならない。


 命令に理由や目的を求めることはできない。軍人とはそういうものだ。


 意思を殺し、命令に殉じている限り、自分がこの戦場の熱に囚われることはない。

 彼は自らにそう言い聞かせて、この嫌いな熱を浴びながら生きてきた。





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【企業連合軍 地上管制部隊『ホーネット』】


企業連合が保有する正規軍の正式名称。


第一部隊から第六部隊までが存在し、シンボルは六角形とスズメバチ。部隊ごとに背景の六角の色とスズメバチの羽の形が異なる。


企業連合の成り立ちから、複数の企業からの出向者による混成部隊となっている。そのため、コーラル生まれとも地上生まれとも違う独特な価値観を持つ者が多い。


地上管制部隊の名の通り、地上における反企業勢力の掃討が主な職務であるが、他にも企業の会合の護衛や、レイミアの地上への廃棄のような“人道的な処置であることを証明する立会人”としての職務も担当している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る