軍靴の音は静かに:2
「今日は灰が少ないですね」
トレーラーの窓から外を眺めながらレイミアがポツリと漏らすと、運転席のストークが突然笑いをかみ殺すような声を出した。
「嬢ちゃん、たった一月でだいぶ地上に
「え? そうですか?」
「最初のころは灰が多いとか少ないとか、さっぱりだったろうに」
「言われてみれば、そうですね」
そもそも、はじめて地上の景色を見た時はこの鉄の灰を雪と勘違いしていたくらいだ。
「毎日見てましたから、さすがになんとなくわかるようになりました」
「こんな形で成長を見届けるってのは面白いもんだな」
「ごめんなさい、最後まで運んでもらっちゃって」
レイミアは、コーラル棄民コミュニティに身を寄せることにした。
行くべきか、やめるべきか、最後まで決断ができなかった彼女は結局、サクラの意思に応えることにしたのだった。
「気にするな。報酬を貰ったからには、嬢ちゃんは立派なお客さんだ。運び屋のプライドに掛けて、誠心誠意目的地まで運んでやるからよ。なあ、サクラ?」
「そうだな。俺も傭兵として護衛対象はしっかり警護させてもらうさ……ったく、前に渡した報酬の分け前、ほとんど返って来たぞ」
レイミアが彼らに警護と運搬を“仕事”として依頼したのは、傭兵である彼らに頼るならそうするのが礼儀だと思ったのもあるが、それと同時にフィーナから聞いたサクラの目標、その足しに少しでもなればという思いからだった。
「サクラくんとストークさんの実力を見込んでの正当な額です」
「言うようになりやがって」
サクラは微かに笑って窓の外に目線を
「あれじゃないのか? 妙な旗がある」
彼が指さす先に目を凝らすと、確かに米粒ほどの旗が風になびいていた。
ただ、小さく見えたのは遠近法によるもので、いざ車を近づけてみるとその旗は見上げるほどに大きく、一つのシンボルのように荒野の真ん中で
彼らを乗せたトレーラーは旗から少し離れた位置で停車し、そこから様子をうかがう。
「なるほど、ギルドと一緒で旧世界の地下遺跡を利用しているってわけか」
「見張りらしき人がいるのも一緒……ですね」
旗の脇には、いつかのギルドの門番と同じように自動小銃をぶら下げた男が三名。
彼らは既に銃を構えており、突然近づいてきたトレーラーを強く警戒しているようだった。
ストークは運転席のマイクを手に取り、外部スピーカーに繋げる。
「あーっ。突然の来訪に関しては謝罪する。こちらに敵意は無い。我々はあなた達と同じコーラル棄民を護送してきた傭兵だ」
ストークの言葉を聞いたらしい男達は警戒を維持しつつも、銃口を下げて手招きのジェスチャーをした。
三人
「あんた、あのコーラル製の端末はまだ持ってるよな?」
「え? はい、もちろん」
レイミアは常に肌身離さず持ち歩いている携帯型端末を取り出す。だが、これは地上では役に立たない代物のはずだが、この状況で何か役に立つのかと不思議そうな顔をした。
「その中にはコーラルで撮影した写真があるんだろう? あんたがコーラル出身だっていう一番わかりやすい証拠だ」
「ああ! なるほど!」
レイミアは納得して手をポンと叩き、さっそく端末に保存していたコーラルの写真を準備する。
サクラの言う通り、その写真が証拠となったのか、さしたるトラブルもなく、男達の警戒は完全に解くことができた。
「よく来てくれた。同胞として歓迎しよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、アジトの内部に入れられるのは君一人だ。後ろの傭兵二人はここで帰ってもらう」
つまり、サクラ達とはここでお別れだということだった。
「あの……最後に挨拶だけしてきていいでしょうか?」
「ん? 君は律儀だな。地上人にわざわざそんな礼儀を尽くすとは」
どこか
「あ、あのサクラくん、ストークさん。いままで本当にお世話になりました!」
「飯も宿も移動費も全部金は貰ってる。だから礼は要らない……けどこれは
「餞別ですか?」
そう言ってサクラは、いつの間にか手に持っていた大型バッグをレイミアに差し出す。
それは軍用のしっかりした造りのもので、レイミアが受け取るとずっしりとした重みが手にのしかかった。
失礼と思いつつもその場で中身を
「あんたなら、それがあればいつでも仕事にありつける。食いっぱぐれる心配もないだろ」
「あ、あのサクラくん。でも、これって!」
養母の大切な形見の一つなのではないか。だから、壊れてもずっと保管していたのではないか。そう言いかけて、なんとか踏みとどまった。
フィーナから養母の話を聞いたことをレイミアは彼に伝えていなかったから。
「そもそも、置いていかれても俺には扱えないしな。宝の持ち腐れだ」
「……大事にしますね」
サクラにグイと押し付けられ、観念したレイミアはそのバッグを背負う。それは先ほど受け取った時よりも一層重く感じられた。
「じゃあなレイミア。何かあったら傭兵組合に依頼でもしろ。安く雇われてやる」
「あ…………」
「なんだよ?」
「サクラくん、はじめて私の名前を呼びましたよね」
レイミアがそう指摘すると、サクラはしまった、と言わんばかりに顔を逸らした。わかりやすいにもほどがある。
「別に名前くらい呼んでも変じゃないだろう」
「いやいや! この一か月間ずーっと! “あんた”とか“お前”としか呼ばれてないですから!」
「っち、気を抜いた……」
「その物言い、やっぱり、わざとだったんですね! 私、嫌われてるんじゃないかって、ずーっと気にしてたんですよ!」
もっとも、今となってはレイミアがサクラとの生活に情が湧かないように“嫌っていると思わせたかった”のだと、何となく察しがついた。
彼は最初から、いつか別れる日が来るとわかっていたのだろうから。
「でも、最後に呼んでもらえてよかったです。嫌われてないって安心できたので」
レイミアが冗談めかして笑うと、サクラは気恥ずかしそうに髪を掻いた。
「それじゃあ……さようなら、サクラくん」
「ああ」
未練が残らないようレイミアは勢いに任せて身を翻し、銃を持つ男達の元へ戻っていった。
「お待たせしました」
「では行こう、少し歩くが構わないかな?」
「はい、大丈夫です」
レイミアは振り返ることなく、門番の男に導かれて地下空間へと続く道を歩く。
進むごとに道は暗くなっていき、最終的に彼女達の視界を保ってくれるのは門番の持つマグライトだけになった。
しばらく歩いた末に、簡素な照明に照らされた
「ここからは別の人間に引き継ぐ。少し待っていてくれ」
一人残されたレイミアが言われた通りにその場で立っていると、彼女より一回りほど年上らしき妙齢の女性が扉の内側から出てきた。
「あなたが新しい仲間の人? 随分と若いのね」
どうやら、彼女が案内を引き継ぐ人物らしい。レイミアは背負ったバッグの重さによろめきながらもペコリとお辞儀する。
「はい、レイミア・ヴェルフェルトと言います。よろしくお願いします」
「うん、あなたは私達と同じコーラル生まれね。地上人と違ってちゃんと礼節が身についているもの」
妙齢の女性の言葉にレイミアはわずかな引っ掛かりを覚える。しかし、女性の表情や言葉に悪意の類は感じられない。
「ガリア・カマラよ。よろしくね、ヴェルフェルトさん」
妙齢の女性も自ら名乗り、レイミアに握手を求める。
「中に入れる前に一応、身体検査をする決まりになっているわ。といっても、簡単なものだから怯えないでね」
「あ、はい。わかりました」
「ただ、服は一旦脱いでもらうことになるけれど……安心して、そんなみすぼらしい地上の服じゃなく、ちゃんとコーラルと同じ服もあるから」
「……はぁ」
言われてみれば確かに、ガリアはコーラルの人々が着ていたような薄い無地のワンピースを身に着けている。
コーラルと地上、両者の衣服への意識や美的感覚が異なっているのはレイミア自身もわかってはいた。だがそれでも、友人が選んでくれた服を貶められるのはいささか不愉快で、バッグの肩紐を持つ手に無意識に力が入ってしまった。
「……はい。よろしくお願いします」
しかしここはコーラル出身の人達の集まり、彼女の価値観こそが多数派のはず。
――郷に入っては郷に従え、とは少し違うかもしれないけど――
不要な波風は立てない方が身のためだろう。そう判断したレイミアは、お気に入りのライトブルーのパーカーを脱ぎ、彼女に手渡すのだった。
――――――――――――――――――――――
TIPS:
【コーラルの衣食住】
衣服:季節の概念が存在しないため、薄手の衣服が主体。企業が擁するデザイナーによって作られた衣服は多岐に渡っており、個々人が好きな服を着ている。
食料:企業によって、農作物の水耕栽培とクローニングを併用した畜産が確立しており、コーラルの住民は毎日の健康状態に合わせて栄養バランスを最適化された食事が配給されている。
住居:画一的な集合住宅であり、家族の人数に合わせて広さと部屋の数が上下する以外は全て同一。例外はない。
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