命の値段:7

「ああ、なるほど。あんた、ど素人ってわけだ」

「あぁ?」


 立ち上がり、剣を構えなおしたサクラは焦りのない冷めた声で対面のロッシィを見る。

 その眼に宿る侮蔑ぶべつの色を感じ、ロッシィの表情は下卑げびた笑みから怒りに変わった。


「シロートォ? 俺様に手も足も出ねぇ雑魚が偉そうに!」


 それがサクラの挑発だとわかったうえで、ロッシィは再び戦斧せんぷを構えて突進する。

 ムカつくヤツは殺して黙らせる。ロッシィはアルマ兵装を手に入れてから常にそうして生きてきたからだ。

 その圧倒的な自信が彼を走らせ、渾身こんしんの一撃を振るわせる。

 サクラは先ほどと同じように、その一撃をしゃがみ回避する。


「大口叩いてた割には、さっきの焼き直しだなぁ! ガキィ!」


 故に対するロッシィの動きもまた、二回転目による追撃。

 だが、戦いの流れはサクラがその柄を素手で掴んだことで大きく変わる。


「なっ!」

「バカかテメェは……そんな小細工の奇襲を二回も食らうかよ」

「くそっ、離しやがれっ!」


 ロッシィはサクラの手を振りほどこうともがくが、斧を前後逆という不安体な形で持っているがゆえに、上手く力が伝えられない。


「やっぱり、お前は素人だよ。『灰被り』同士の戦い方ってやつを全く理解していない」

「なん……だと……」

「通常兵器や生身の人間が相手なら一撃でも当たれば殺せる。確かに裏をかくような奇襲も有効だ。だが、粒子防壁に常に守られている『灰被り』は違う」


 サクラは左手で斧の柄を掴みロッシィの動きを封じながら、右手の大剣で反撃の一太刀を放つ。


「オラぁ!」


 それは威力だけを求めた大雑把な一撃。身動きさえ取れれば回避は容易だ。

 だが、防御の要である粒子防壁がこの戦斧から生み出される以上、ロッシィに回避のために武器を手放すという選択はない。


「がぁ!」


 先ほどと結果は逆転し、サクラの一撃を受けたロッシィは大きく後方に吹き飛ばされ、廊下の突き当りにぶつかった。


『粒子残量、五十パーセントです』


 ロッシィの握る戦斧から女性型の機械音声が発せられる。

 サクラのたった一度の攻撃で、彼の兵装に貯蓄されていた粒子の半分が失われていた。


「粒子防壁がある限り、どうやったって『灰被り』は一撃じゃ殺せない。それどころか、攻撃を当てても怪我もしない以上、軽い一撃を何度当てたところで大した意味はない」


 奇襲というのはその一撃で殺すから意味があるのであり、同じ手が二度通用するなどありえない。

 サクラは淡々と敵対する相手の戦法の誤りを指摘しながら、壁際に倒れるロッシィに歩み寄る。


「く、来るなぁ!」


 対するロッシィは混乱していた。

 先代のボスも、ギルドの門番をしていた傭兵も、略奪先の一般人も、自分は一瞬で物言わぬ肉塊にすることができた。自分は圧倒的な強さを手にしたはずだった。

 だというのに、なぜ今、自分はアルマ兵装を持ってなお、こんな子供に追い込まれているのか。それが理解できなかった。


「『灰被り』同士の戦いっていうのはつまるところが、互いの粒子残量の削りあいだ。だから、重要なのは、いかにして本命の一撃を当てて相手の防御を削りきるか」


 そして、ロッシィの眼前にたどり着いたサクラは、自らの言葉を実践するかのように、両手で構えた大剣を力強く振り下ろす。


「や、やめっ!」


 もちろん、その一撃もロッシィが持つアルマ兵装が展開する防壁がはばむ。


『粒子残量、四十パーセントです』


 ロッシィの兵装が更に粒子の減少を宣告する。

 しかし、サクラは全体重を剣へと乗せて、刃を防壁に押し当て続けた。


『粒子残量、三十五パーセントです』


 相互干渉により光を帯びた粒子が飛散し続けるさまは、まるで金属を溶断するかのごとく。

 その間も、戦斧は機械的に自らの粒子残量の減少を持ち主へとアナウンスし続ける。


『粒子残量三十パーセントです。警戒域に到達しました』


 それは、サクラの刃が防壁を超えるまでのタイムリミットに等しかった。


「く、クソが! ふざけんじゃねぇ!」


 ロッシィは恐怖にられ、尻もちをついた無様な姿勢のまま斧を出鱈目でたらめに振りまわすが、それらもまたサクラの兵装が展開する防壁に阻まれる。


「好きなだけ攻撃すればいい。だが、俺の兵装の粒子残量は六十パー。あんたのはさっき三十を切ったところだったか……さあ、どっちが先か競争といこうか!」


 サクラは防壁と刀身が放つ光と熱を全身に浴びながらも、全力を込めてその刃を押し付け続ける。


「あぁ……ぁ?」


 六十と三十を比べる単純な計算。真っ当な教育を受けていないロッシィですら、どちらの防壁が先に消えるかは理解できる。


 理解してしまった。


「ま、待て! やめろ!」


『粒子残量、二十パーセントです』


 もはや反撃すらやめ、ロッシィは命乞いをはじめる。


「お前の兵装も要らない! 女も、奪ったものも全部返す!」


『粒子残量十パーセント。危険域到達、撤退を推奨すいしょうします』


 その間も彼を守る防壁は削られ続けた。


「わかった! 俺の兵装もやる! 手下どもの始末も手伝ってやる! だから、だから!」

「悪いが、それを決めるのは俺じゃない」


 最後は何も告げられず、霧が晴れるようにロッシィの身を守る粒子の壁は消え失せ、障害がなくなった刀身はサクラの渾身の力を受けて振り切られた。


「あっ! がぁあああ!」


 肩口から切り離された右腕が宙を舞う。

 粒子をまとい、高熱を帯びた刀身による一撃はその断面を溶かし焼いており、傷の大きさに対して出血はほとんどなかった。

 しかしそれ故に、ロッシィは右腕を失ってもなお、意識を失うことも失血死することも許されず、肩を押さえて激痛にもだえ苦しむこととなった。


「あ、ああぁぁあ! あ、あ、あはぁ、はぁ。お、俺、生き……生きて!」

「お前に……聞かなきゃならないことがある」


 勝敗は決した。

 サクラは地面に転がる斧型アルマ兵装を脇に蹴り飛ばし、ロッシィの喉元のどもとに剣の切っ先を突き付ける。


「あ……ぁ? な、なんだ?」

「このアジトの北東にある小さな漁村。覚えてるか?」


 サクラが告げた場所。それは先日、何者かによって壊滅させられていたフィーナの生まれ故郷。


『サクラくん……まさか、あれも?』


 戦いの邪魔にならないよう黙っていたレイミアも思わず、通信機越しに驚きの声を漏らす。


「女が六人、子供が四人。死体がなかった……どこへやった?」

「ほ、他に金目のものもなかった。だから、売った。そいつらは殺してない! 相手は俺達と懇意こんいにしてるブローカーだ……居場所も顧客も教えられる!」


 組織としての信用などくそ食らえとばかりに、ロッシィは命惜しさに情報を洗いざらい吐き出す。

 だが、その結果彼の今までの残忍な所業の数々が白日の下にさらされ、それを聞かされたレイミアはもはや言葉も出せなくなった。


「な、なあ。ここまで吐いたんだ。助けてくれるよな? もちろん俺だけでいいから……頼む! 改心する。殺しも奪いもしない。それにほら、見ろよ。この腕じゃ、もう何もできねぇよ。な? なぁ?」


 ロッシィは涙と嗚咽おえつで顔をぐちゃぐちゃにして、必死に命乞いの言葉をその口から垂らし続ける。


「わかった、それだけ聞ければ十分だ」


 サクラが聞くべきことは聞いたばかりに剣を下ろしたことで、ロッシィの表情に歓喜の笑みが宿った。


「ありがとう! この恩は――」

「さっき言っただろ。決めるのは俺じゃない」

「…………へ?」


 大剣を下ろしたサクラが一歩横に移動したことで、彼の背後にいた一人の少女がロッシィの視界に現れる。

 その桃色の髪の少女はたどたどしい手つきで拳銃を握り、その銃口をロッシィへ向けていた。


「テメェは……ギルドの女か? ま、待て! 俺は、お前には何もしてねぇだろ?」


 ロッシィにとって、その少女など娼館しょうかんから奪った戦利品の一つに過ぎず、フィーナという名すら知らないのだろう。


「それ、どこから持ってきた?」

「……部屋の前にあった見張り役の死体から」


 だれが見てもはじめて銃を握ったのだとわかるほどに、彼女の手は震えていた。

 サクラは数秒、言葉を選ぶような間をおいて、一言だけ幼馴染に告げた。


「こんなやつでも、しばらく夢に出てくるぞ」

「……サクラは優しいね」


 フィーナは必死な作り笑いを浮かべる。サクラを安心させるために。


「でも、家族や……みんなの分は私が背負いたい……」

「そうか」


 サクラはそう言うと、道をフィーナに譲るようにさらに一歩、横に動く。


「お前が自分で決めたことなら、俺は止めない」

「ありがとう」

「おい、頼む……嫌だ、死にたく――」


 耳が痛いほどの静寂が二人のいる廊下を満たした。


『……作戦の完了。確認しました』


 標的の全滅を告げるレイミアの声がサクラのインカムに届く。

 薄い白煙を吐き出す拳銃を握るフィーナの手の震えはまだ収まっていない。

 いや、きっとその手の震えが収まることはしばらくないだろう。


 ◇


 ブラッドドッグの一件から一か月の時間が経過した。


「ゴメンねぇ。急に呼び出しちゃって」

「いえ、気にしないでください。フィーナさんに会いに行くって言ったら、ストークさんも二つ返事で車を出してくれましたから」


フィーナからの呼び出しを受けたレイミアは、先月、二人でガールズトークに興じたあの酒場で、シードルの入ったグラスを手に座っていた。


「元気そうでなによりだよ」

「フィーナさんこそ」


 口ではそう言いつつも、レイミアはフィーナが以前よりもせて――いや、やつれているのを見逃さなかった。目の下にはクマが目立ち、肌も荒れている。

 しばらくまともに眠れていないのだろう。だが、レイミアはそのことには触れまいと最初から決めていた。


「フィーナ、でいいよ。レイミアも命の恩人だから」


 私は何も、と言いかけて、レイミアはその言葉をみこむ。


「フィーナの故郷の人達は……見つかったんですか?」

「うん。なんとか、ね」


 フィーナはシードルのグラスを傾けながら笑みを浮かべる。その笑みには疲れが色濃く残ってはいたが、同時にある種の達成感も含まれているように見えた。


「それにしても、アルマ兵装ってすごいねぇ。ギャングのボスが持ってたやつ一つと交換で、十人全員をブローカーから買い戻せたよ」

「それはよかったです。その人達も今はこのギルドに?」

「住んでた漁村は完全に壊されちゃったからねぇ。みんなのお仕事も探さないと」


 悲劇の元凶である武装ギャングを壊滅させたところで、全ての問題が解決したわけではない。むしろ、生き残った人たちにとって、大変なのはこれからなのだろう。


「っていうか違う違う!」


 しんみりとした雰囲気をぶち壊すように、フィーナは首を横にぶんぶんと振る。


「私の近況報告のためにレイミアを呼んだんじゃないんだよ」

「そういえば、話がある、って言ってましたよね」


 フィーナからの連絡は突然のことだった。

 昨夜、ダイニングの据え置き型情報端末に音声通話が届き、操作がわからず慌てふためいていたサクラの姿は、まだレイミアの記憶に新しい。


「うん。人身売買ブローカーが最近売った人の中に、レイミアと同じコーラル出身の人がいたんだって」

「コーラルの!?」

「それで、その人を買い取ったのが、レイミアの探していた『コーラル棄民のコミュニティ』だったらしいよ」







――――――――――――――――――――――

TIPS:

【灰被り】


アルマ兵装を扱う人間の事。特に企業やレジスタンスに雇われていない独立傭兵がこう呼ばれることが多い。企業連合軍など公的な組織では『サンドリヨン』という呼称も用いられる。


白兵戦武器であるアルマ兵装の性質上、生身で戦場に立ち鉄の灰をその身に浴びることから自然とそう呼ばれるようになった。

灰被りとなるにはアルマ兵装のネフィリムコアの浸食に耐えるための適性が必要であり、彼らはその適性を高めるために、ネフィリミニウムを体内に取り込む適合手術を受けている。

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