命の値段:6

 サクラの指示に合わせて電波センサーの数値を確認すると、確かに複数の微弱な電波が検出された。その数はちょうど連れ去られた人達の数と一致する。


「見つけました! 十一時方向に反応の過半数が固まってます」

『そうか……逆にそこから一番遠い反応はどっちにある』

「遠い反応……?」


 集団から離れている反応は三つあるが、その中で最も離れているのは……。


「三時方向、すぐ近くの扉の中です」

『了解、まずはそこに向かう。その後、順番に孤立している反応を優先的に案内してくれ!』


 そしてサクラはアジトの敷居しきいをまたぎ、走りだす。

 元は廃倉庫だったそうだが、改造の結果か、複数の部屋が内部に作られ、廊下は迷路のように入り組んでいる構造になっていた。


「あのサクラくん……どうして集まっている方は後回しなんですか?」


 まずは、より多くの人の安全を確保するべきなのではないか、そう思っての質問。それに対してサクラは走りながらこう返した。


『一か所に集められているってことは、そこにいるのは“保管”されてるやつらってことだ。逆に、孤立してるってことはだれかがその保管庫から連れ出してる状況ってことになる』


 つまり、孤立している娼婦しょうふは今、ギャングの人間と一緒の可能性が高い。


『ギャングも女も、襲撃の混乱で何をしでかすかわからない。だから先にそっちを確保して回る!』


 サクラはレイミアが提示したわずかな情報から、冷静に全員を無事に助け出す算段を立てていた。


「あ、ええと……」


 まだサクラの言動に混乱気味なレイミアに、ストークが静かに語り掛ける。


「傭兵ってやつは依頼主に金をもらって仕事をする。だから、依頼主の意向には逆らえない。だから、サクラが娼婦達を助け出すには、ギルド長に口出しされないための大義名分が必要だったんだよ」

「そのために、追加報酬を要求した……」


 サクラは、きっとギルド長が依頼に口出しすることも見越していたのだろう。

 彼は最初から、全員を救出することを第一に立ち回っていた。


「あのサクラくん……ごめんなさい。私、ひとりで思い違いをしてて……」

『あぁ? 何のことだよいきなり?』


 自分で言っておいてなんだが、確かにそうだ。

 サクラ本人は、レイミアに一瞬失望されていたことなど知りもしないのだから。


「……絶対に全員無事に助けましょう!」

『最初からそのつもりだよ』


 サクラのその言葉がなんと頼もしいことか。

 迷いが晴れたレイミアはパンッ、と自分の両頬を叩いて気合を入れなおす。


「サクラくん、その部屋です! その扉の向こうにマイクロタグの反応と熱源反応が二つ!」

『了解』


 ◇


 サクラが目の前のドアを蹴破るとそこにあったのは、ボロボロのベッドと半裸の男女の姿。


「なんだよ、いまお楽しみの――」


 武器も持たないその男は扉を開けたのが仲間だとでも思ったのか、油断しきった様子で振り返り、大剣の横なぎで壁に叩きつけられて動かなくなった。


「……っ!」


 サクラがわざと斬撃ではなく殴打で男を仕留めたおかげか、その一部始終を間近に目撃していた女も悲鳴をギリギリのところで飲み込むことができた。


「よく我慢したな。悪いが服を着てる時間はない。体はこれを巻いて隠してろ」


 サクラはベッドの脇に避けられていたブランケットを、裸体の若い娼婦に投げ渡す。


『酷い……』


 カメラが一瞬とらえた青痣あおあざだらけの体に、レイミアからそんな言葉が漏れ聞こえる。

 顔も右のまぶたがれている。サクラに殴殺おうさつされたその男は、どうやらろくでもない趣味の持ち主だったらしい。


「あなた……フィーナの?」

「アイツの知り合いか、なら話は早い。アイツらのところまで行く。自分の足で走れるか?」

「……はい。大丈夫」


 若干のふらつきもあったが、娼婦はブランケットを体に巻き、何とか立ち上がる。


「あと二人、引き続き案内頼む」

『了解です』


 その後も、サクラは会敵するギャング達を次々となぎ倒しながら、孤立していた二人の娼婦も救出したうえで、娼婦達が集められた大部屋へとたどり着いた。


「フィーナ! 無事か」

「……サクラ!」


 見張りを仕留め、大部屋に飛び込んだサクラの胸に、フィーナが駆け寄り抱き着く。その体は小刻みに震えていた。


「よかった……」


 サクラは安堵あんどの息を漏らし、部屋の内部に敵の姿が無いこと、十人の娼婦が全員そろっていることを確認してから、一旦呼吸を落ち着かせる。


「すぐにここから逃げ出すぞ……といきたいが、今回ばかりはそうも言ってられないんだよな」

『サクラくん、高濃度粒子反応が近づいてます!』


 レイミアが叫ぶ。

 前回の遺跡調査でギガンテスの反応を見逃した反省から、ドローンに組み込んだというネフィリム粒子を感知するレーダー。おそらく、それが強烈に反応しているのだろう。


「全員ここから動くな。終わったらまた来る」


 サクラはそう告げて、自らの胸で震えるフィーナの肩を一度だけ優しく叩くと大部屋から廊下へと飛び出した。


「はじめてみたぜぇ。俺以外の『灰被り』ってヤツをよぉ?」


 そして、廊下の奥から異質なシルエットを抱えた男がこちらに迫ってくるのを視認する。

 その男が持つもの、それは巨大な斧だった。

 ラブリュスと呼ばれる対称形の両刃斧。それは本来なら、とても人が持ち上げられる大きさではない。だがそれ故にサクラは一目で理解する。

 あれはアルマ兵装だと。


「テメェのは剣のアルマ兵装かぁ? ちょいと地味だが、悪くない」

「悪くない? なんのことを言ってんだよ」


 サクラは目の前の男が今回の依頼の標的だと判断し、最大限の警戒をもって剣を構える。


「テメェを殺して、そのアルマ兵装もこのロッシィ様のもんにしてやろうって話だよ!」


 ブラッドドッグの首魁しゅかい、ロッシィは巨大な戦斧せんぷを振りかざし、その重さを無視したようなスピードでサクラに迫った。


「ヒャッハー!」


 戦斧の重厚な一撃、サクラはその場で剣を構えてそれを受け止める。


「絵に描いたような小物のセリフだな」

「これが結構、口に出してみるとアガるんだぜぇ?」


 互いの兵装がつば迫り合い、ぶつかり合った粒子が火花のように飛散する。


『粒子残量、八十パーセント』


 手元から機械的なアナウンス鳴り、サクラは一旦敵の斧を刀身で滑らせ距離を取ろうとする。


迂闊うかつだねぇ!」


だが、その動きを感じ取ったロッシィは、斧の間合いから距離を取ったサクラを、懐から取り出した自動小銃で追撃した。

 銃弾を粒子防壁で防ぎつつ、サクラは体勢を立て直そうとするが、ロッシィの猛攻は一向にとどまる気配を見せない。


「オイオイ! 逃げてばっかりで情けねぇなぁ! せっかくのアルマ兵装が泣いてるぜぇ」


 ロッシィは再度戦斧を構え、今度は薙ぎ払うように横一閃に振るった。


「こんなのが当たるかよ」


 しかし、激しい連続攻撃であろうと一つ一つの動作は大味。その一撃もサクラは身を屈めて難なく回避する。だが、その攻撃はおとりだった。


「ざぁんねん! こっちが本命だよ!」


 ロッシィは大振りの遠心力をそのまま活かし、更に身体を半回転させて戦斧の柄を地に伏せるサクラへと打ち込んだ。


「ぐっ!」


 柄による刺突が直撃したサクラは、防壁ごと背後へと吹き飛ばされてしまう。


『粒子残量、七十パーセント』


 その結果、両者の距離が開き、戦局は一旦仕切り直しとなった。


「流石はアルマ兵装の粒子防壁だぜ。今までの奴らはどいつもこいつも一発で消し飛んだってのに」


 ロッシィは舌なめずりをしてサクラ……ではなく彼の手に握られた剣を見る。


「最高だよなぁ! 最強の盾に最強の矛! どんなヤツだろうと一方的に殺せる! テメェも随分楽しんだクチだろう?」

「ああ、なるほど。あんた、ど素人ってわけだ」



――――――――――――――――――――――

TIPS:

【武装ギャング】


銃火器で武装し、運び屋や集落を襲撃、食料や労働力となる若い男女を略奪している集団の総称。

地上には法に相当するものは存在しないため、地上で生きていく中で彼らの脅威は切っても切り離せない。


警護をはじめとした武装ギャングへの対処は、傭兵にとってはもっともポピュラーな依頼の一つ。

ブラッドドッグのように、特定のアジトと数十人規模の構成員を持つギャングは珍しい。

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