命の値段:5

「君にはブラッドドッグの掃討を依頼したい」


 ギルド長は機械のような淡々とした態度で依頼内容を告げる。


「なるほど、沿岸ギルドのメンツを保つために見過ごすわけにはいかないってわけだ」

「放置すれば他の武装集団からの更なる襲撃の可能性だけでなく、他ギルドとの商談の場においても不利な材料となる。報復は必至だ。報酬は前金で二十万、成功報酬で百万ボンドを出そう」


 ギルド長の発言に合わせて、スーツの女性がタブレット端末の画面をスワイプし、契約書を提示する。


「…………」


 サクラは無言で電子契約書をしばらく見つめると、短く息を吐く。そしてタブレットをテーブルの上に投げ捨てた。


「足りないな」

「えっ?」


 レイミアはほとんど無意識に声をらし、信じられないとでもいうようにサクラの顔を見つめた。


「不服かね?」

「『灰被り』を相手にするんだ、百二十程度じゃ割に合わない」

「相場は理解したうえでの金額のつもりだが」

「あんたこそ、不服なら別の傭兵に頼めばいい……その当てがあればだが」

「傭兵風情が無礼ですよ」


 サクラの試すような態度に、ずっと沈黙を守っていたスーツの女性が声を上げる。だが、ギルド長は片手をあげてそれを制した。


「……よかろう、なら追加報酬を設定しよう」

「さすが商人、話が早い。それで、追加報酬の内容は?」

「持ち去られた我々の商品が無事に回収できれば、その品に応じて報酬を出そう」


 ギルド長が提示したその内容を吟味ぎんみするようにサクラは長く黙り込む。そして、静かにテーブル上のタブレットに再び手を伸ばした。


「交渉成立だ」

「後でそのタブレットに奪われた品のリストと追加報酬額のデータを送ろう。決行は明日だ。よろしく頼むよ、傭兵」


 両者の話し合いが合意で終わると、ギルド長はもうここに用はないとばかりに席を立ち、玄関へと向かう。二人の従者もその後に続くがスーツの女性は出ていく直前、振り向くことなく吐き捨てるように。


守銭奴しゅせんどが」


 と呟いて出ていったのがレイミアの心をざわつかせた。


 ◇


 一夜はあっという間に明け、その時はやって来た。

 レイミアとストークは安全確保のため、武装ギャング『ブラッドドッグ』のアジトから大きく離れたところにトレーラーを停め、サクラのサポートのための準備を進めていた。


「やっぱり……フィーナさんも……」


 ギルド長が置いて行ったタブレット端末に映し出された盗品のリスト。そこには物資や機械の名前と同じように、十名の人の名前が金額と共に羅列られつされている。

 フィーナの横に書かれていた数字は三万ボンド。それが彼女の命の値段だと言われているような感覚に襲われ、レイミアは胸がひどくむかむかするのを感じた。


「こりゃまた、ずいぶん渋い顔をしているな、嬢ちゃん」

「ストークさん……」


 運転席に座る彼はレイミアからタブレット端末を取り上げ、自らの額を指先でコンコンと叩いて見せる。

 レイミアは確認するように自分の額に手を当てると、皮膚が眉間に寄り、深いしわが刻まれていた。


「仕事前に不満を抱えるとろくなことにならん。今のうちに吐き出してくといい」

「……人の命って、どれくらいの価値があるんでしょう」


 殺された門番の命、連れ去られた人達の命、フィーナの命、サクラの命。そして、レイミア自身の命や彼女が守ろうとした妹達の命。

 それらも全て、お金という物差しで表すことができてしまうのだろうか。


「私は、命は何物にも代えられないものだと思ってました。お金なんかでは測れないものだって。だから昨日、サクラくんが『報酬が足りない』って言った時、心のどこかで彼に失望したんです」


 サクラは既にギャングのアジトに向かって単身移動をはじめており、この場にはいない。だから、レイミアは自らの心中の嫌な部分をさらけ出すことができた。


「だけど、報酬も無しにさらわれた人達を命懸けで助けろ、なんてそれこそサクラくんの命を軽んじているって気づいて。何が何だかわからなくなって……自分が嫌になりました」

「俺は一応、嬢ちゃんやサクラの三倍くらいは生きてきたが、いまだに命の価値なんてもんはわからんよ。だがな……」


 ストークはそう前置きして言葉を続ける。


「サクラは金と命の優先順位を間違えるようなヤツじゃない。俺から言えるのはそれくらいだ」


 はっきりと断言するその姿には、レイミアの知らない時間の中で築き上げてきたのであろう確かな信頼が込められていた。


『こちらサクラ。目標、視認距離に到達した』


 そして遂にサクラがブラッドドッグのアジトに到着したことを告げる通信が届いた。

 レイミアは通信機のマイクをオンにし、返事を返す。


「ドローンのカメラで確認しました。こちらもいつでもいけます」

『……昨日も確認したが、わかってるのか? 掃討ってことは……』

「理解しています。これが人の命を奪う仕事だということは」

「そうか。なら、これ以上は何も言わない」


 その短いやり取りの後、外部からさらに通信が割り込まれてくる。


『聞こえるかね、傭兵』


 その声はギルド長のものだった。

 作戦遂行時のドローン映像をリアルタイムで中継しろ、という内容が依頼に含まれてはいたがまさか通信まで繋げるとはレイミアも予想していなかった。よほど、自らの城を荒らしたブラッドドッグの末路を見届けたいらしい。


『私が仕入れた情報では、やつらのボスはアジトの最奥にいるそうだ。取り逃がす前に早急に叩きたまえ。そうすれば残りは有象無象だ』

『貴重な情報どうも……じゃあ、最終確認だ。作戦内容はブラッドドッグの掃討。それとは別に、やつらに奪われた商品を無事に取り返すことでその数に応じて追加報酬。間違いないな?』

『ああ、相違ない』


 ギルド長は相変わらず淡々とした口調で答える。確認を終え、サクラは任務の開始を告げる。


『これより、作戦行動を開始する』


 その声を合図にサクラは愚直に正面から敵のアジトである廃倉庫へと駆け出した。

 レイミアはその姿をドローンのカメラを通して、モニター越しに見つめる。


『あ? だれだぁ、テメェ!』

『何を悠長ゆうちょうに聞いてんだ。とりあえず殺してから確認すりゃいいだろぉ!』


 見張り役だったのであろう二人の男がサクラの存在に気づくや否や、その手に持つ自動小銃を構えて躊躇ちゅうちょなく射撃する。

 だが、そんな豆鉄砲では、サクラの周囲に展開された粒子防壁の前では何の意味もなさない。


『おい、まさかアイツが持ってるのって……』

『アイツ、『灰被り』だ! クソ、だれが傭兵を雇いやが――ぎゃぁ!』


 喉が壊れたかのような耳障りな断末魔を上げ、見張りの一人が小銃ごと袈裟斬けさぎりにされる。


『ウソだろ、そんな――!』


 相方が死んだことを受け入れる暇すらなく、二人目もまた返す刃で胴を斬られ、糸が切れた人形のようにその場に倒れ伏した。

 流れるように鮮やかな手つき。見張りは応援を呼ぶどころか襲撃の事実を仲間に伝えることすら許されずにあっという間に事切れてしまった。


『いい手際だ。では、そのまま最奥に向いたまえ』


 その映像をレイミアと同じように見ていたのであろうギルド長が指示を飛ばす。だが、サクラは大剣を一度肩に担いで入口の前で立ち止まる。


『いや、まずは追加報酬が優先だ』

『……なんだと?』

『おいおい、昨日も言っただろう? 百二十万ボンド程度で『灰被り』と命がけの戦いなんて割に合わない。だから、先にあんたの商品の安全を確保しないとな』


 サクラはわざとドローンのカメラに見せつけるように不敵な笑みを浮かべて、依頼主にそう告げた。


『まさか、天下のギルド長様が自分で決めた追加報酬を払いたくないからって、さらわれた女達を無視してボスのところに向かえ、なんてケチなことは言わないよなぁ?』

『傭兵風情が……味な真似を』


 その時、ギルド長がはじめて言葉に重い感情を込めたのをレイミアは感じ取った。心底不愉快だという怒りの感情を。


『かまわん、好きにしろ。ただし、ボスを取り逃がせば成功報酬は無しだ。当然、追加報酬もな』


 そしてそんな言葉を残して、ギルド長は自分から割り込んだ通信をあっさりと切断した。


『そういうわけだ。あのオッサンは自分の店の娼婦しょうふには脱走防止用のマイクロタグを埋め込んである。その電波を探れるか?』

「あ、あのサクラくん。さっきのやり取りって……」

『さっさとしろ。遅くなるほど生存確率が下がる』

「はい! わかりました」





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【ボンド】


企業連合が発行している共通電子通貨。『債券』を意味する「bond」が語源。


基本的には電子口座で運用されるが、補助通貨としてギルドが発行する現物貨幣も別に存在する。

なお、企業が発行しているが、彼らの管理するコーラルの労働者層は管理社会で自由経済の概念が無いため、この通貨は使っておらず独自の配給クーポンを使用している。

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