命の値段:4

『フィーナ。煙の出所についた』


 サクラがストークではなく、フィーナに語り掛けたことで、その嫌な予感はさらに強まった。


『火元はお前が住んでいた沿岸漁村。生存者は……いなかった』


 そして、その予感は最悪の形で的中した。

 レイミアは隣に座るフィーナの表情をうかがうことすらできず、自らの胸に手を当ててうつむくだけしかできない。


「そっか……お父さんとお母さんはいた?」

『ああ、でも……』

「ストーク、車を動かして」


 フィーナは震えの混じる声でストークに発進を急かす。


「会いに行かせて」


 そして、彼らを乗せた車もサクラの後に続く形で黒煙の出所――小さな漁村だった場所へと到着した。


ひどい……」


 レイミアは自分の目を疑った。

 そこは小さな集落だったのだろう。十に満たない廃材で組み上げられた簡素な家と、子供達の遊び場だったのであろう整地された広場だけの空間。その全てが完膚かんぷなきまでに破壊されていた。


「戦争に巻き込まれたって感じじゃないな。略奪りゃくだつか」


 ストークが言うように、この破壊は不慮ふりょの事故ではなく、明確な悪意のもとになされたのは明白だった。

 ある家屋は倒壊し、ある家屋は燃えて黒い炭の跡地へと変わっている。原型を留めているものは一つとしてない。

 彼らが車から降りると、家屋の残骸ざんがいを調べていたサクラが姿を見せた。


「見つけられるだけの遺体は広場に安置したけど……どれも損傷が激しい。襲われたのは半月ほど前だな。中には腐敗ふはいがはじまっているものもあった……見るのはやめとけ」

「ありがとう、サクラは優しいね」


 フィーナはサクラの忠告を無視し、彼の横を素通りしていった。おそらく広場へと向かったのだろう。


「サクラくん、だれが、こんな酷いことを……」

「さあな。漁のための器具が全部なくなってたから、金目当ての略奪ってところか。他の貧困集落、傭兵崩れ、武装ギャング。心当たりはありすぎるくらいだ」

「でも、フィーナさんはお金のない村だって……」


 それを襲って、皆殺しにして、略奪者はいったいどれだけの益を得られたというのか。


「下には下がいる。それだけの話だ……ストーク。二度手間になって悪いが、コイツを連れて先に帰っててくれ」

「サクラくんはどうするんですか?」

「ここの人達にはガキの頃に世話になったからな……埋葬まいそうくらいはやっていくさ」

「私も……」


 手伝います、と言いかけて何とか自分の軽はずみな発言を自制する。


 地上にやって来た日に人の死体を見て、腰を抜かして動けなくなったのを忘れたのか。

 無惨むざんなぶられた死体を前にして、平静でいられるはずがない。

 お前がここに残って何の役に立つ。


「わかりました」


 そんないましめの自問自答の果て、彼女はサクラの指示を受け入れた。


「気に病むな嬢ちゃん。最初から平気なやつなんていない」


 荒野の一軒家への道中、ストークが気遣いの言葉をくれたが、それでもレイミアの気分は重かった。

 地上の生活に慣れた、なんて思い上がりもはなはだしい。自分はただ、サクラという強者に保護された幸運だけで生きているに過ぎない。

 漁村で広がっていた惨状、あれこそが本来の地上の現実だったのだと思い知らされ、レイミアは自分の浅はかさを恥じた。



 サクラが帰ってきたのは日付が変わる直前だった。


「あんた、まだ起きてたのか」

「先に寝るなんて無理ですよ」


 単身帰宅したサクラは全身が泥と灰に汚れていた。たった二人で村人達の埋葬を行ったのだ、さぞ重労働だったことだろう。


「フィーナさんは?」

「アイツはギルドに帰ったよ」

「そうですか」


 シャワールームへ向かうサクラを見送り、レイミアも自分の寝室へと向かう。

 ベッドに横たわり、フィーナをなぐさめられるような言葉はないかと必死に考えるが、そんな都合のいい言葉は浮かぶはずもない。


 ただ時間だけが過ぎ、気づけばレイミアは眠りに落ちていた。

 どうかせめてフィーナのこの先の未来が少しでも幸福であるように。まどろみの中でレイミアはそんな祈りの念を送る。


 だがこの事件はこれで終わりとはならなかった。


 ◇


「よし、直った」


 レイミアの手元には、遺跡調査に使用したドローンがピカピカに磨かれた状態であった。

 先日のギルドへの買い物の際に修理用部品も買い込んでいたレイミアは、数日間寝室に引きこもって作業の末、ギガンテスとの戦いで破損していたそれの修復を終えたところだった。


「増設したネフィリミニウム用のセンサーも良好っと。これなら『企業』の兵器が近づいてもすぐにわかる」


 別に、またサクラの仕事を手伝うという話があったわけではない。ただ、何か作業をしていないと落ち着かなかっただけ。


「フィーナさん、元気かな」


 寝室の窓から外をながめてみるが、見えるのは相変わらず灰が降り続ける曇り空。そもそも地下にあるギルドがここから見えるはずもない。

 しかし、その日に限ってはその曇り空に一つの異物が見えた。

 最初は黒い点にしか見えなかったそれは徐々に大きくなり、輪郭りんかくがはっきりとしてくる。

 レイミアの知識に、そのシルエットと合致するものがあった。


「あれは……ヘリコプター?」


 あれはかつて企業連合軍に配備されていたという物資輸送用の装甲ヘリだ。


「もしかして、近づいてきてる?」


 レイミアの発言通り、そのヘリは確実にこちらの方に近づいており、徐々に銃声のような激しいプロペラの回転音が彼女の耳にも聞こえはじめてきた。


「サクラくん! なんか、装甲ヘリが近づいてます!」

「わかってる! お前は家の中でじっとしてろ」


 慌ててダイニングに駆け込むと、同じくヘリの接近に気がついていたらしいサクラとかち合った。

 彼はアルマ兵装をキューブ状の休眠状態から戦闘形態へと変え、外に飛び出す。


「どこのだれだか知らねぇが、せめて静かに来やがれってんだ!」


 サクラの悪態など意に介さず、装甲ヘリは地面に積もった灰をまき散らしながら、家の前の荒野へと着陸した。

 サクラは戦闘態勢を維持して動向を探るが、ヘリの中から降りてきたのはサクラやレイミアの見覚えのある人物だった。


「あんた、フィーナの店の」


 サクラの前に現れたのはギルドの娼館しょうかんの受付をしていた青年。彼は両手を挙げて敵意が無いことをアピールしている。どうやら、企業連合軍の人間が襲撃に来たというわけではないらしい。

 その意図をんだサクラもアルマ兵装を休眠状態に戻し、改めて問いかける。


「ずいぶんと派手に来てくれたみたいだが、こんな辺境までいったい何の用だ?」

「主があなたに仕事の依頼をしたいと」

「あんたの主ってたしか……!」


 ヘリから新たにもう二人の人影が降り、サクラの前に姿を見せる。

 一人はスーツに身を包んだ美しい顔立ちの女性。そしてもう一人は、その女性に灰避けの傘を持たせ悠々ゆうゆうと歩く、肥満体型の小柄な中年男性だった。


「……まさか、沿岸ギルドのギルド長様が直々にご来訪とはな」

「外で立ち話もなんだ。中に入ってもいいかな? 『灰被り』の傭兵」


 ギルド長と呼ばれた肥満体の男の言葉には確認ではなく、命令のような圧が込められていた。

 サクラは不愉快なのを我慢し、彼を自らの家に招き入れる。

 ダイニングに通された三名の来客の内、椅子に着いたのはギルド長だけだった。受付の青年とスーツの女性は、主人の背後に並んで直立不動を貫いている。


「さて、時間は有限であり、時は金なりだ。早速本題に入ろう。我が沿岸ギルドが襲撃を受けた」

「襲撃ってどういうことですか!」


 その言葉を吐いたのはサクラではなく、ダイニングから寝室に戻るタイミングを逃してしまっていたレイミアだった。


「あ……ご、ごめんなさい……」

「お前は寝室にいろ……って言ってもどうせ気になるんだろ」


 レイミアが寝室で聞き耳を立てる姿でも想像したのか、サクラは呆れ顔を隠そうともしない。


「大人しく座って聞いてろ。ただし、口出しはするな」

「はい……わかりました」


 ギルド長もレイミアの存在にはさほど興味がないらしく、気にせず話を続けた。


「犯人の目星は付いている。南西にある廃倉庫を根城にしている武装ギャング『ブラッドドッグ』だ」


「ギャングごときがギルドを襲撃? あんたが門番に雇っていた傭兵は二人とも知ってる。腕は確かなはずだぞ」

「彼らなら殺された」


 ギルド長がそう言うと、スーツの女性はタブレット端末をテーブルの上に置き、三枚の写真を表示する。うち一枚は切り裂かれ、こじ開けられた鋼鉄の扉の写真。そして残り二つは、上半身と下半身が斬り分けられた男性の写真。


「うぅっ!」


 わずかな時間だが、確かに言葉を交わしたことのある相手。その凄惨せいさんな死に顔を見てしまったレイミアは胃液が逆流するのを感じ、口を両手で抑える。


「下手に耐えるな、胃液で喉が焼ける。トイレで吐いてから、水で口元を洗い流してこい」


 サクラの言葉に従い、レイミアは一旦席を立って、トイレで胃液ごと朝食を全てぶちまけた。

 だが、そうしたことで門番の男との短いやり取りを思い出し、言いようのない罪悪感が彼女をさいなんだ。


「はぁ……」


 トイレから出ると、サクラは真剣な面持ちでタブレットに映された写真を凝視していた。


「焼き斬るような断面……アルマ兵装か」

「専門家の君が言うなら間違いないのだろうな。一か月ほど前、『灰被り』がブラッドドッグのリーダーを殺し、その座を乗っ取ったらしい」

「『灰被り』が?」

「それを皮切りに、奴らは周辺の集落や他のギャングを次々と襲い、勢力を急激に伸ばしていた……力を手に入れて調子づいたのだろうな」

「傭兵や軍人崩れって雰囲気じゃないな。チンピラが偶然戦場で持ち主をうしなった兵装を拾った、ってところか」

「私も君と似たような見解だよ」


 アルマ兵装の粒子防壁と『企業』の無人機を切り裂く攻撃力。それがあれば確かにギルドへの襲撃も可能だろう。ましてや、対戦車榴弾りゅうだんすら耐える防壁が相手では、いくら腕利きでも自動小銃程度の装備では歯が立つはずもない。


「幸いなことに夜襲だったので人的被害は少なく済んだ。だが、物資の損害がそれなりに大きい。あとは私が経営する娼館の女達も十人ほど連れていかれた」


 ギルド長の証言にレイミアは目を見開く。


――まさか、フィーナさんも……――


「なるほど事情はわかった……それで、あんたは俺に何の依頼をする気だ?」

「君にはブラッドドッグの掃討そうとうを依頼したい」


 ギルド長は機械のような淡々とした態度で依頼内容を告げる。





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【ギルド】


地上の各地に存在する通商都市。

商人達が利益を求めて集まり運営されており、商人組織の代表はギルド長と呼ばれる。


商人達による自衛のための条例、警護としての私兵や傭兵の雇用など、無法地帯の地上では貴重な治安管理がなされている場所でもある。(治安の良し悪しはギルドの運営方針によるが)


作中に主に登場しているギルドは海に近い立地から『沿岸ギルド』と呼称されている。

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