命の値段:3


「私達がまだ小さい頃、あの子の親が仕事で家を留守にしている間、ウチで一緒に生活してたんだ」

「サクラくんは、元々このギルドに住んでいたんですか?」

「ううん、違うよ」


 ギルドに住むフィーナの幼馴染、ということから推測したのだが、その予想は外れらしい。


「私が元々、サクラの家の近くにある漁村集落の生まれなの。今ギルドにいるのは、いわゆる出稼ぎってやつ」

「へえ、あの近くにそんな場所があったんですね」

「私がこっちに来てから、サクラは定期的に様子を見に来てくれたり、ストークに私の里帰りの手配をしたりしてくれてるの」


 そして、今日が里帰りの日なのだという。つまり、サクラの本来の予定はフィーナを迎えに来ることで、そのついでにレイミアの買い物を済ませたという形だったようだ。


「今月は結構稼いだから、美味しい物いっぱい買って帰ろうかなって」

「……フィーナさんは、ご家族のために働いてるんですか?」

「うん、そうだよー。最近は海岸線に『企業』が兵器を置くようになって、漁にもなかなか行けないらしいから」

「凄いですね。私は自分が生きるだけでも精いっぱいで」


 この人は強いな、とレイミアは感じた。サクラもそうだ。彼らは自分で自分の生き方を選び歩いている。

 コーラルでは何一つ選ぶ必要などなかった。与えられた食事を食べて、与えられた役割を果たす。それだけで生きていくことができた。


 そんな世界で生まれ育ったレイミアにとって、自分で選び、その選択に責任を持つことがなんと難しいことか。


「大丈夫。サクラは優しい子だから。あなたのことをちゃんと見守ってくれるよ」

「はい。それは最近わかるようになってきました」


 サクラは皮肉屋で愛想も悪い。だが、レイミアがこの地上で何かをなそうとしている時は、いつも静かに見守ってくれていた。口が悪いのは、彼なりの飴と鞭なのだろう。


「最初に会った時、『金が欲しいなら私物を売るか、身体を売るか』とか言われて怖い人かと思いましたけど。今にして思えば、本当にただあの時の私にできそうなお金を稼ぐ手段を教えてくれただけだったって、最近気づけましたし」


 少々乱暴な言い方ではあったが、フィーナという知り合いがいる以上、あの発言に悪意はなかったのだろう、とレイミアは今さらながらにに落ちた。

 だが、それを聞いたフィーナは難しい顔をして、自分の眉間みけんみはじめてしまった。


「……サクラってば、初対面の女の子にそんなこと言ったの?」

「えーっと……コーラルだと違法行為でしたけど、地上だと普通の選択肢の一つだったりするんじゃないんですか?」

「地上生まれでも嫌がる子は本気で嫌がるし……女の子にそんなこと言うのは最悪だよ。あとで怒っておくね」


 フィーナはジョッキのシードルで唇をらした後、天井を仰ぎ見る。


「あーでもなー、サクラのことだから、『絶対に嫌がること』をわざと言って発破かけた、とかありそうだな」

「それは、あるかもしれません。現に私、『どっちも嫌です』って言ってましたし」


 そしてその結果、あの時のレイミアはこの地上で生きていくための第三の選択肢について、真剣に考えることができた。もしもサクラの意図がフィーナの予想通りなら、その目論見もくろみは大成功だったといえるだろう。


「どっちにしても、デリカシーに欠けるやり方だけどね……もっと女の子の扱いについて、教えておくんだったな」


 物憂ものうげに額を押さえて悩むその姿は、本当に弟の将来を心配する姉のようで、それを見ていると、レイミアは久しぶりに海底にいるはずの妹達のことを思い出してしまった。


「教育不足のおびと言ってはなんだけど、何か知りたいことがあったら何でも教えてあげるよ」

「それじゃあ、『コーラル棄民のコミュニティ』って話、聞いたことありませんか?」

「おやぁ。サクラの昔話を聞かれると思ったら違ったや」


 フィーナはしばらく記憶をめぐらせる仕草をするが、すぐに申し訳なさそうな顔に変わった。


「ごめんねぇ。うちのお客さんからも、そんな話は聞いたことないや。でも、コーラル棄民の集まりなんて、サクラは何も言わなかったの?」


 何故かそこで突然、サクラの名前が出てきた。

 フィーナは不思議そうな顔をしているが、むしろ疑問が増えたのはレイミアの方だった。


「サクラくんは聞いたことないって言ってましたけど……コーラルとサクラくんに何か関係があるんですか?」

「だってサクラは――」

「人の個人情報をタダで売るのはやめてもらおうか、フィーナ」


 フィーナの言葉を意図的にさえぎるように、サクラがレイミア達の座るテーブルに乱入してきた。

 彼の手元には飲み物が入ったジョッキはなく、本当についさっき店内に入ってきたばかりらしい。


「あらぁ、乙女の井戸端会議はあらゆる機密情報が飛び交う、って旧世界からの伝統なんだよ?」

「フィーナは旧世界のことなんて何も知らないだろう。適当なこと言いやがって」


 彼は幼馴染の戯言たわごとを適当にあしらうと、レイミア達が買い揃えた日用品や衣服の入った袋を軽々と持ち上げた。


「さっさと行くぞ、ストークを待たせてる」


 彼は元々飲み食いをする気がなかったらしく、そのまま退店しようと二人をうながした。しかし、フィーナはサクラのそんな態度に不満げな様子。


「サクラ。店を出る前にレイミアに言うことがあると思うよぉ」

「なんだよ?」


 フィーナは直接答えたりはせず、くいくいとレイミアの着ているパーカーの袖を引っ張った。

 その動作だけで彼女が何を言いたいのか読み取ったサクラは、面倒くさそうに一度だけため息をつく。


「……拘束服こうそくふくよりずいぶんとマシな格好になったじゃないか」


 相変わらず皮肉な言い回し。だが、適当に似合っていると言われるより嬉しいと感じたあたり、自分も相当にひねくれているなと、レイミアは思うのだった。


 ◇


ギルドからの帰り道、行きとは違い車内にフィーナが加わったことで助手席は女性二人が座ることになった。

 サクラはというと、トレーラーの荷台にフィーナの故郷に運ぶ資源と共に積み込まれている。


「フィーナさんの生まれ故郷って、どんなところなんですか?」

「どんなって言われてもなぁ。ギルドに移住するお金もないような人達が自然と集まった、貧乏な集落だよ。『企業』が作った食料を買う余裕もないけど、海で魚が獲れるからそれでなんとか生きるって感じ」

「私、生きている魚って見たことないので、気になります」


 コーラルにいた時も、地上に来てからも、食事の中で魚を目にすることはあったが、それらはどれも加工調理済みだった。


「コーラルって海の中にあるんでしょう? 魚なんて近くにいっぱいいたんじゃないの?」

「海の中って言っても壁で遮られてましたし、海の底は暗いので、外はほとんど何も見えないんですよ」

「天国みたいな場所かと思ってたけど、けっこう窮屈きゅうくつなんだねぇ」


 フィーナは、コーラルをおとぎ話に出てくる夢の国のようなものとでも思っていたのか、少し残念そうな表情を浮かべる。


「せっかくだから、コーラルについてもっと教えて欲しいな」

「そうですね、どこから説明したらいいか……」


 サクラもストークも、あまりコーラルについて聞いてこなかったため、レイミアにとっても自分のコーラル時代の生活を改めて言葉にするのは難しかった。


「じゃあ、レイミアはコーラルでどんな風に過ごしてたの?」


 返答に悩んだレイミアを見かねたのか、フィーナは説明の導線を提示する。その自然な話運びは流石接客のプロというところだった。


「一日の過ごし方、というと毎日、能力開発機関で座学が五時間、実習が三時間くらいでしょうか。同じ年代の子達と一緒に勉強して、夕飯までの余暇よか時間は友達と娯楽地区で遊んだりしてました」

「コーラルの遊びってどんなことするの?」

「女の子だと定番なのは、洋服を買ったり、買い食いしたりでしょうか。試験の結果に合わせて追加配給のクーポン……コーラルでのお金ですね。これを使って色々と」


 その買い食いも調子に乗ると摂取せっしゅカロリーの調整のため、配給される食事がローカロリーの薄味なものになったり、開発機関の実習カリキュラムに運動が組み込まれたりしたことを思い出す。


「へー、その辺は案外ギルドのお休みと変わんないんだね。あ、じゃあ、海で泳いだりもしたの?」

「えっ? 地上の人って、海で泳ぐんですか?! プールじゃなくて?」

「プールなんて、超お金持ちしか持って……きゃ!」


 そんな歓談かんだんの最中、トレーラーが急ブレーキを踏んだことで短い悲鳴が車内に響いた。


「あー、悪い。一声かけるべきだったな」

「ストークさん、どうかしたんですか?」

「前方に妙な黒煙が上がってる……」


 ストークが指さした先には確かに、細く黒い煙が鈍色にびいろの雲に向かって登っていた。


「火事ですかね?」

「あるいは突発的な抗争か。どちらにせよ、このまま近づくのは不用心だな。おいサクラ」

『話は聞いてたよ』


 運転席にある通信機からサクラの声が聞こえる。その声色には、仕事の時に近い緊張感がただよっていた。


『兵装は持ってきてるから、近くに行って様子を見てくる。コンテナを開けてくれ』


 その指示に従ってストークがコンテナの扉を開けると、既に剣の状態になったアルマ兵装を持ったサクラがトレーラーの前に現れた。


「サクラ……」

「心配するな、見てくるだけだ」


 サクラはフィーナに向けてそれだけ言うと、黒煙の方角に向かって灰の積もった荒野を駆けだした。

 それから何分が経過したのだろうか。

 車内に残された三人は、状況がわからないままサクラからの連絡を待つしかできず、一分すらとてつもなく長く感じられた。

 そんな息が詰まるような沈黙に、最初に耐え切れなくなったのはフィーナだった。


「ストーク……あの方角って……」

「……ああ、そうだな。だが、サクラからの連絡が来るまではなにもわからん」

「…………そうだね」


 フィーナとストークの間に挟まれ、その短いやり取りを聞いていたレイミアの胸中に氷が埋め込まれたような不快感が生まれる。


 それは恐怖とはまた違う。いうなれば嫌な予感、というべき感覚だった。





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【能力開発機関】


コーラルに住む未成年が自らの技能適性を検査し、磨くことを目的とした教育機関。

『企業』が必要とする様々な技能の習得カリキュラムが用意されており、ここでの試験成績は成人後の就労配属に大きく影響する。


技能教習の他にも、コーラル内の法令や歴史、性教育などの基礎知識を教える共通講習や、健康状態の維持を目的とした団体運動の実習などもカリキュラムに組み込まれており、コーラルの少年少女は自然と一日の多くをこの施設で過ごすことになる。


試験の成績によって『追加配給クーポン』と呼ばれるものが与えられる。これは主に娯楽施設の利用や間食、衣服の購入に利用される。

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