命の値段:2
「ここが地上の経済の要、
石造りの構造物を金属板で修復した、ちぐはぐな建物が並ぶ街並み。窓を閉めていても車内に届くほどの人々の
それらはまさに集落などではなく、都市と呼ぶにふさわしかった。
サクラ達が道中ずっと説明を濁していたのは、レイミアを驚かせようという子供っぽい
「この街並み……もしかして、旧世界の遺跡を改造してるんですか?」
「相変わらずよく気付くな」
サクラは感心したような声をあげる。
「あらゆる製造技術は海底の『企業』が独占してるからな。地上でこんな規模の街を作るには、遺跡の残骸を利用するしかないのさ。ほら、降りろ」
サクラに
地上の荒野はもとより、ここよりももっと人が多く住んでいたはずのコーラルですら体感したことのない騒がしさだ。
「凄い声ですね……」
「いつ来てもうるさいのがギルドの最大の欠点だ」
サクラも顔をしかめているあたり、この喧騒にはそう簡単に慣れるものでもないらしい。
「ストーク、俺達は先に行くけど」
「かまわん。俺もトレーラーのメンテやら充電やらをしたいからな。集合は……三時くらいでいいか?」
「ああ、せっかくのギルドだ。昼飯は各自好きに食おう」
ギルドの入り口でストークと別れると、サクラは大通りに沿って歩きはじめた。
元々買い物が目的だと聞かされていたが、レイミアは何を買うかまで聞かされていない。
いったいどんなところに連れて行ってくれるのだろうか、と期待に胸を膨らませた彼女は、あえて何も聞かずにサクラの後ろをついて歩くことにした。
「サクラくん、置いていかないでくださいよ!」
しかし、サクラは道中の保存食の屋台や、重火器が並ぶ物騒な店、年端も行かない子供が雑にガラクタを並べた露店には目もくれず、どんどん人気の少ない、奥まった通りに向かって進んで行った。
食料でもなく、武器でもなく。彼がいったい何を買いに来たのか、謎は深まるばかりだ。
ようやく彼が足を止めた時、レイミアの思考は一旦完全停止した。
「サクラくん……あの……」
彼が立ち止まったのは、十階建ての建築物の前だった。
この建物だけは周囲と違い、不格好な修復の痕跡のない一つのデザインとして完成されていた。
ただし、そのデザインというのは、レイミアがここに来るまでの道中に想像していたお店とは大きくかけ離れていた。
ピンクと紫の、目が痛くなるほど派手で
レイミアは過去に調べたことがあった。かつて、コーラルへの移住以前の無法時代に存在したという肉欲の園。
「ここって
「そうだけど……詳しいな、コーラルにもあったのか?」
「ありませんよ! ……数年前にちょっと、過去の文化とか気になって調べた時に……」
「
そんなやり取りをしている間にも、こともあろうかサクラは
「遂に私のことを売っちゃうんですかサクラくん! さんざん利用してポイですか!」
「人聞きが悪いこと言ってんじゃねぇよ!」
「え? じゃあ……さ、ささ、サクラくんが客として来たんですか! 買い物ってそういうことですか!」
「そっちも違うわ!」
店からすれば迷惑極まりないやりとりを続けながらも、サクラは結局そのいかがわしい建物の中に入っていってしまった。
「あうぅ……」
一人娼館の前に残されたレイミアも、結局自らの好奇心に負け、サクラに続いてその扉を潜り抜けた。
「失礼しまーす……」
店内は淡い紫の
「フィーナを呼んでくれ」
「お話は
受付の男性は
サクラとレイミアは、言われた通りそこに並んで座る。
「店の外で待ってればよかっただろ」
「あんな色々見えてるディスプレイの前で待つなんて、恥ずかしすぎます」
娼館の中がどうなっているのか、ちょっとだけ気になったから、とは口が裂けても言えないレイミアであった。
「それより! フィーナさんってだれですか?」
「それは……うわぁ!」
「やっほー。サクラ、ひさしぶりー」
サクラの答えを遮るように、突如として現れた一人の女性が彼の顔を胸元に抱きしめた。
彼女の歳はレイミアやサクラと同じか、少し上だろうか。肌が透けて見えるほど薄い生地の衣服に身を包んでおり、レイミアは一目で彼女がこの店で働いている人だとわかった。
「元気してたー? 会えて嬉しいよぉ」
のんびり間延びした口調と
「フィーナ、いい加減離せ……ああもう、うっとおしい!」
「三か月ぶりなんだよぉ? もっと甘えてよ」
サクラが強引にその女性の拘束を振りほどくと、フィーナと呼ばれた女性は
「ったく……じゃあ、頼み一つ聞いてくれ」
「サクラのお願いならなんでもどうぞぉ」
「コイツのお守りを任せたいんだが」
サクラはそう言って、現在進行形で顔を赤らめて固まっているレイミアを親指でさす。
ここは娼館。フィーナという女性もここで勤める
「……え? もしかして、私がお客さんですか! そんな破廉恥な!」
「あらぁ。女の子のお客様? 私はじめてだけど頑張るねぇ」
「違うわ! この脳内ピンク共!」
「お客様。店内ではお静かに願います」
「あんたも、顔なじみなんだから、俺が客じゃないの知ってるだろ!」
◇
「サクラも変に格好つけずに、ちゃんと『買い物に付き合ってあげて』って言えばいいのにねぇ」
レイミアの隣を歩く娼婦の女性、フィーナは相変わらず柔和な雰囲気を携えたまま微笑む。
「ありがとうございます。いきなりのことなのに付き合ってくれて」
「いいよぉ。元々今日はお仕事お休みだったし」
ちなみに彼女は、先ほどの衣服と呼べるか怪しい薄着から、厚手のピンクのパーカーに着替えている。
肝心のサクラはというと「俺に女物はわからん。だからフィーナに任せる」とだけ言い残してどこかに行ってしまった。
「改めまして、フィーナです。よろしくねぇ」
「私は、レイミア・ヴェルフェルトです」
「苗字付き……もしかして、レイミアって海底から来た人?」
「わかるんですか?」
「苗字って、元々『企業』が人を管理するために作ったものだからねぇ。地上じゃ珍しいから」
――サクラくんもフィーナさんも名前しか名乗らないな、とは思ったけど――
苗字を名乗らないのではなく、彼らにとってはそれがフルネームだったのか、とレイミアは納得する。
「でもコーラルから来た人なら何も知らなくても納得。私に任せて、いいお店いっぱい知ってるから」
フィーナはそう言ってレイミアの手を取ると、鉄板と石材が不気味に混ざったツギハギだらけの建物へと彼女を引き込んだ。
フィーナはどうやら、ギルドの人々に広く顔が知られているらしかった。
「アルスさんに口利きしておきますよ」
などと店主に言って、食器や小物を値切ったり。
夫婦が営む服飾店でポツリと
「リザちゃんが寂しがってましたよぉ」
などと
そのおかげもあって、予定よりも早く必要な買い物を終えた二人は、サクラとの待ち合わせ場所である酒場の一席で、シードルのジョッキを片手にガールズトークに花を咲かせていた。
「ありがとうございます。おかげで良い買い物ができました」
「どういたしましてぇ。でも、本当によかったの? 私が全部決めちゃったけど」
レイミアの服装はコーラルを廃棄された時の
「私が考えると、一日かかっても決まらなさそうだったので。それに可愛いし、動きやすいし、文句なしです」
その言葉に偽りはなく、レイミアは新たに手に入れたこの服をとても気に入っていた。灰避けのフードに目が描かれているデザインは、とくに可愛いと思う。
「あの……
若干のアルコールが入ったこともあってか、レイミアはずっと
フィーナはジョッキの
「んー? オトナの関係」
「やっぱり?!」
「……って言いたいけど。昔からの友達っていうか、近所の弟みたいな感じかな」
レイミアの
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TIPS:
【地上の衣食住】
衣服:有害な鉄の灰から身を守るため、厚手の生地で全身を覆うのが基本。トップスのほとんどには灰除け用のフードがあるパーカースタイル。
オシャレの一環として、透明なビニール生地を一部に用いて疑似的に露出を増やした服が流行中。
食料:鉄の灰の土壌汚染によって地上の動植物はほとんど死滅しているため、食料はほぼ全て企業がコーラルで作った保存食を購入している。唯一の例外が漁業であり、地上で水揚げされた魚が稀に市場に出回ったりする。
住居 経済力に応じて主に三つに分類される。鉄材を用いた一軒家。旧世界の地下遺跡や企業の廃棄した施設の一部を改造した集合住宅。そして家無しの路上生活である。
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