第三章 命の値段
命の値段:1
「おはようございまふ……サクラくん」
加熱された香ばしい脂の匂いで目を覚ましたレイミアは、その匂いに引き寄せられるように、寝ぼけ眼をこすりながらダイニングに立つサクラに
「また
「昨日は、遅くまで情報屋さんとやり取りしていたので……」
まだ朝食の準備は途中のようで、キッチンでフライパンを握っていたサクラは、レイミアの情けない寝起き姿に
遺跡調査から、一週間が経った。レイミアが地上に
先日の遺跡調査の
最初は緊張もしたが、レイミアとしてはこの家にも、そしてサクラにもそれなりに
「とりあえず、飯ができる前に顔を洗ってこい。あと……」
「はい?」
「肩までずり下がって“見えそう”だが、それは海底で流行りのファッションなのか?」
見えそう、とは? とレイミアが視線を下におろし、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
「洗面台をお借りします!」
ダイニング――というよりはサクラから逃げるように、脱衣所と兼用の洗面所へと駆け込んだレイミアは、鏡に映った自分と向き合う。
寝間着として着ていたブカブカの
「ぎ、ギリギリセーフ!」
何がセーフなのかはレイミアにしかわからないが、とにかく彼女基準ではセーフらしい。
顔を真っ赤にしながら衣服を整え、落ちないようにベルトを軽く
「……っていうか、サクラくん。動揺しなさすぎじゃないかな? 私だけ恥ずかしがってるのって何かずるくない?」
その思考は言いがかりも
「もしかして……サクラくんは女の子の体を既に見慣れている……とか?」
そういえば、初対面の時にレイミアに対し「手っ取り早く金を
「私とほとんど変わらない年齢なのに」
「おい、いつまで顔洗ってんだ? 飯できたぞ」
「はい! すぐ行きます!」
レイミアはいかがわしい妄想を振り払うために冷水を顔に叩きつけ、
そんなくだりがあったと露とも知らないサクラは、レイミアを待たずに既に完成した朝食を食べはじめていた。テーブルの上には、カリカリに炒められたベーコンとライ麦パンのトーストが乗った合成樹脂製の皿。その横では、コーヒーの入ったマグが白い湯気を立てている。
「いただきます!」
レイミアは一瞬だけチラリとサクラの顔を見るが、やはり先ほどのことなど気にもしていないように黙々とトーストを
その様子を見ていると、レイミアもそのうち気にし過ぎている自分が馬鹿らしくなってきて、彼と同じようにトーストにかぶりつくことにした。
「それで、前に言ってた『元コーラルの出身の人間達が集まる場所』とやらに関する情報は手に入りそうなのか?」
サクラが聞いているのは、昨夜の情報屋とレイミアのやり取りについてだろう。
「ストークさんに紹介してもらった情報屋さん達に色々と聞いてみたんですけど、そもそも聞いたことすらない、と言われました」
「つまり、手掛かりなしか。だれから聞いたのか知らないが、気休めのウソだったんじゃないか?」
「あうぅ……」
あの親切な軍人を疑いたくはないが、レイミアもサクラと同じ意見になりかけているので、何も言い返せない。
だが、見つからないことには、いつまでもサクラの家で世話になってしまうことになる。
「遺跡調査の時にいただいた報酬の一部で、詳しく調べてもらう依頼はしましたけど……」
情報屋達の反応はあまり期待できなさそうな感じだった。
「なるほどね……もう一つ質問なんだが」
「はい?」
サクラは心底不思議そうに、レイミアが身に着けている衣服を指さす。
「あんた、なんでいまだに拘束服なんて着てるんだ?」
「ベルトを
「図太いのか大物なのか」
もちろん、着心地が意外と悪くないというのも事実だが、それとは別にサクラが用意してくれた服のサイズが合わず
そういえば、あの服はいったいだれのものなのか、どうしてこの家にあったのか、聞いていないままだったなとレイミアは思い出す。
「ちょうどいい機会か……飯の後に出かけるからお前も準備しておけ」
「また、傭兵のお仕事ですか?」
「いや、今日は買い物に行く」
そのあまりにも平和な単語を受け止めるのに、レイミアはしばらくの時間を要した。
◇
どこまで目を
今までは、直接聞けばすぐに教えてくれたサクラもストークも、今回に関しては笑いながら「楽しみにしていろ」としか言わなかった。
内心不満を
「あれって……扉ですか?」
それは、このトレーラーも楽々通ってしまいそうな、巨大な機械仕掛けの金属扉。しかも、その扉はなんと、地下へと向かう道を
トレーラーが扉の前で一旦停止すると、灰避けのフードを深くかぶり、自動小銃を構えた屈強な二人の男がどこからか現れ、トレーラーの左右に立ちはだかった。
「サクラくん! あの人達、銃を持ってます!」
「慌てるな。門番なんだから、武器の一つくらい持ってて当然だろ」
「門番……?」
レイミアはてっきり、その銃で襲われるのではと
「よう、『灰被り』三か月ぶりか。しばらく来ないから、遂に死んだのかと思ったぜ」
「ちょうど最近死にかけて、運よく生き延びたところだよ」
「お、お前もか。お互いラッキーだな」
隣で聞いているレイミア的には、全く笑えない冗談の応酬が繰り広げられるが、それは同時に、彼らの付き合いの長さも表しているようにも思えた。
「前はお前一人だったろ? 警備が厳重になるなんて、何かあったのか?」
「最近クソったれな武装ギャング共が調子に乗ってるらしくてな……おい、その嬢ちゃんはなんだ……まさかお前の女か!」
サクラと歓談をかわしていたスキンヘッドの男は、レイミアの存在に気づくと信じられないものを見るような視線を彼女に向けた。
「ちげぇよ、居候だ」
「はぁ? そんな上等なツラの女を隣に乗せて、何スカしてんだよクソガキ」
「お褒めいただき、ありがとうございます!」
「……褒められてるって言っていいのか。これは?」
顔は怖いが悪い人ではないらしい。とレイミアは彼らへの認識を改めた。
「確認完了、門を開けるぞ」
一方で、運転席の方ではストークともう一人の男性が入場の手続きのようなやり取りをしていたらしく、その一言の後、巨大な金属扉は地面に埋まるように下がって開き、その先には照明で照らされた、地下へと続くトンネル道路が存在した。
トレーラーはレイミア達三人を乗せ、更に奥へと進んでいく。
「そういえば、サクラくん、さっきの人に『灰被り』って呼ばれてましたよね」
「ん? ああ、そうだな」
「ストークさんも以前、サクラくんをそう呼んでましたけど、サクラくんのあだ名とかですか?」
遺跡の時は、それより先に聞きたいことが色々あってすっかり忘れていたが、レイミアは改めてその疑問をサクラにぶつける。
「『灰被り』っていうのは、俺に限らず、アルマ兵装を所持している人間のことだよ。兵器に乗り込まず、生身で鉄の灰が降る戦場を走り回って戦う。だから『灰被り』」
レイミアの脳裏に、サクラとはじめて会った時の光景が
言われてみればあの時も、彼はその黒い髪を灰で白く染めながら戦っていた。
「あれ……ちょっと待ってください。総称ってことは、アルマ兵装を持っている人はサクラくんの他にもいるんですか?」
「当たり前だろ。俺一人しかアルマ兵装を持ってないなら、ギガンテスなんて対策兵器は作られねぇよ」
「言われてみれば、たしかに」
あの時はサクラが死ぬかどうかの瀬戸際だったので、レイミアもそこまで考えている余裕がなかった。
だが、言われてみれば確かにそうだ。
「とはいっても、旧世界の遺跡からしか手に入らないネフィリムコアを組み込んで作られているからな。その関係で、アルマ兵装の数自体が少ないのは事実だ」
世界中に百個もないんじゃないか、とはサクラの談。
「俺の知ってる限り、この沿岸地域で持ってるのは俺くらいだな」
「つまり、この辺りで『灰被り』っていうと、実質サクラくん個人をさす言葉になってしまう。と?」
「そうなるな……じゃあ、情報量で五千ボンドな」
「お金取るんですか!」
「ジョークだよ……さあ、着いたぞ」
軽口を叩いている間に暗く細いトンネルは終わりを告げ、
「ここが地上の経済の要、
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TIPS:
【アルマ兵装】
ネフィリムコアを核として組み込んだ粒子運用式個人用白兵戦兵器。
正式名称は「Anti.Legions.Melee.Arms(対軍用白兵武器)」(A.L.M.A.兵装)
現代兵器の基本装備となっている粒子防壁を貫通するために開発された。
ネフィリミニウム粒子を生み出すコアを直接組み込んでいるため、(兵器としては)小型でありながら圧倒的な粒子貯蓄を可能としている。
(コアの自衛機能としての粒子防壁は半径二メートルにしか展開できないため、現在の白兵戦装備の形となった)
形状は『二メートル近い大きさ』という共通点以外は目的や所有者の好みに応じて様々で剣、銃、槍、盾などが多い。傾向としては手入れが簡単なシンプルな構造のものが好まれる。
非稼働状態では、コアに簡単な外装を張り付けただけの箱や鞄に偽装した形状に小型化される。
ネフィリムコアの持つ発電能力はこの状態でも健在なため、サクラの家では発電機としても使われている。
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