傭兵のお仕事:4

『サクラさん、その先は有毒ガスがあります。右の道から迂回うかいしましょう』


 レイミアは、最初の方こそ指示を出すことに躊躇ためらいがあったようだが、それもすぐになくなっていた。有害なガスやゆるんだ地盤といった、兵装だけでは防げない脅威きょういの数々を目の当たりにし、一瞬の遠慮えんりょがサクラの死に直結すると実感したのだろう。


『前方に動体反応です。数は一つ』

「また小型無人機か……いったい、何匹配備されてんだよ」


 今度はレイミアへの説明も不要なため、背後からの奇襲で金属製の肉食獣達を切り捨て、サクラは一息つく。


『さっきのでちょうど十体目ですね……これって多いほうなんですか?』

「メチャクチャ多い。この規模の遺跡なら普通は四、五匹放ったら何か月も放置して、壊されたら新しいのを導入する。ってのが『企業』のやり方だ」


 遺跡調査で『企業』の無人機と鉢合わせるのは、傭兵としては珍しい話ではない。だが、一つの遺跡でこれだけの数の無人機がいるのは、少なくともサクラの経験上前例がなかった。


――嫌な予感がするな。あんまり長居はしたくなくなってきた――


「マッピングの進捗はどうだ? 結構歩き回ったと思うが」

『順調です。予測も合わせれば、全体の八割は構造を把握できました』


 サクラが無人機との交戦を重ねた甲斐もあり、調査の方は順調に進んでいるらしい。


「このペースなら、今日中に片付けられそうだな」

『……あ、ちょっと待ってください』

「どうした?」


 サクラはピタリとその場に立ち止まり、レイミアの次の言葉を待つ。


 どうやら、彼女の“なんにでも興味を持つ性質”は調査任務とすこぶる相性が良かったらしく、彼は既に、自分の感覚よりも彼女がドローンを通して分析した情報の方が正確だと判断していた。


『左手のパイプから、微量にですが磁気が検出されました。内部の電線が生きているのかもしれません』

「この遺跡、電気が通ってるのか」


 今のところ、サクラはまだ電気設備が稼働している部屋を確認していない。つまり、この電線の先は未調査の領域ということになる。


「……よし、このパイプを伝っていこう。どこに通じているか調べられるか?」

『磁気の追跡をしてみます!』


 レイミアがそう言うと、ドローンが内部からアームを展開し、パイプに接触させる。

 サクラが周囲を警戒しながら待機していると、軽快な声がインカムから届いた。


『電力の出どころがわかりました!』

「本当か!」

『隠し部屋みたいになっていますが、すぐ近くです!』

「案内を頼む。それで残りの二割も埋められそうだ」

『了解です』


 仕事が完了する目処が立ち、サクラもわずかに浮足立うきあしだつ。

 先行して安全確認を徹底するドローンの後を追い、彼は遺跡の最奥へと進んでいく。

 しかし、目的地まであと一歩というところで、インカムから緊張に満ちた声が届いた。


『っ! サクラさん、また動体反応が近づいてます』

「またあの番犬どもか、数は?」

『……数は……四……いや違う。一つ? けれど――』


 レイミアが言い終わるよりも先に、それは遺跡の内壁を突き破ってサクラの前に現れた。


『規定値以上の粒子反応を検出。排除対象と認定』

「おいおい……ストークのトレーラーよりデケェじゃねぇか。コレのどこが調査機だよ」


 無限軌道が取り付けられた両脚部、金属光沢の光る鋼鉄の胴体、そして瞳のように赤い獰猛どうもうな光を放つセンサーカメラ。

 先ほどの小型機を肉食獣に例えるなら、それはもはや怪獣というべきサイズだった。


『戦闘モードへと移行。目標を排除します』


 この機体はサクラにとってもはじめての相手ではあったが、彼は長年の経験から察する。

 コレは遺跡調査用の機体ではなく、小型機が停止したことで動き出した番兵。調査を妨害する存在――サクラを倒すことだけを目的とした殲滅せんめつ兵器だ。


「最後に大仕事ってやつかよ。上等だ!」


 大型機の欠点は小回りの不自由さ。そして出合い頭はもっともその隙が大きい。

 これまでの実戦経験を活かし、敵が動くより早く、サクラはその懐に滑り込み、大剣を振り抜いた。

 だが、その刃が大型無人兵器の装甲に触れた瞬間、その接触面が爆発した。



「なっ!」


 爆風の熱と飛び散る装甲の破片、そして強大な衝撃がサクラを襲う。

 自らの攻撃がその爆風によって妨げられたことを察し、サクラは後ろに跳び退いて距離を取った。


『粒子残量、六十パーセント』


『サクラさん、大丈夫ですか!』

「ああ、問題ない」


 サクラ自身は粒子防壁によって守られ、ほとんど怪我はない。しかし、大型無人兵器に直接接触していた剣を握る両手だけは衝撃を打ち消しきれず、しびれるような痛みと震えが残っていた。


「炸裂反応装甲……リアクティブアーマーってやつか……」


 被弾と同時に装甲内部の火薬を爆発させ、その衝撃と相殺させることでダメージを減少させる。それは粒子防壁登場以前の古い技術のはず。


『あれも、『企業』の兵器なんですか?』

「ああ。だが、俺はあんな兵器、今まで見たことない……」


 未知の強敵を前に、サクラの表情に緊張が走る。

 すると、ここまで沈黙を保ってきたストークが、二人の通信回線に割り込んできた。


『まさか『ギガンテス』か……?』


 彼のその口ぶりは、サクラの目の前にいる巨大兵器に心当たりがあると言わんばかりだった。


「『ギガンテス』? はじめて聞く名前だな」

『『企業』が対アルマ兵装を想定した、新型兵器を開発しているという噂が流れてた……おそらく、そいつはソレだ。だが、もう完成していたのか……』

「対アルマ兵装……なるほど、そのための粒子防壁と旧型の反応装甲の合わせ技ってわけか……こいつは厄介そうだ」


 小刻みに震える手と、巨人の名を冠する大型兵器を交互に見て、サクラは感心したような声を漏らす。


『サクラ、一旦引け。何の情報もなく『企業』の最新鋭機と戦うのは危険だ』

『そうですよ。サクラさんがいくらベテランでも、何もわからない相手では……』


 ストークの忠告にレイミアも同意の声を上げる。だが――


「悪いが、どうもそういうわけにもいかなさそうだ」

『どういう意味ですか?』

「こいつに顔を撮られた」


 こんなものが飛び込んでくるなどと想像もしてなかったが故に、サクラはこの巨大兵器を正面から迎え入れてしまった。それはつまり、この機体のメモリにサクラの顔が記録されたことを意味していた。


「ここでぶっ壊さねぇと、俺だけじゃなく、ストーク達まで『企業』に目を付けられる」


 この機体が拠点に帰れば、サクラの情報が『企業』へと届く。そうなれば、サクラだけでなくその周辺の人々までまとめて指名手配されるだろう。

 逃げる、という選択肢は彼にはもう残されていなかった。


 サクラは痺れの残る手を振って剣を握りなおし、巨大無人兵器『ギガンテス』と向き合う。


『対象粒子反応健在、戦闘を継続』


 『ギガンテス』は右腕部をサクラへと向ける。円形に並んだ八つの銃身は高速で回転し、機関銃の数倍の速度で弾丸を斉射せいしゃした。


「ガトリングが基本装備か。流石新型、豪勢だなぁ!」


 サクラは悪態を叫びながらも駆け出し、瓦礫がれきを壁にしつつ大きく旋回して被弾を防ぐ。


『サクラさん、敵がその場で回転してます!』

「超信地旋回もできるのかよ!」


 ギガンテスの銃撃は、毒蛇の如き執念しゅうねん深さでサクラを追尾し続ける。

 敵の巨体から推測するに、内蔵されている弾数も小型機とは比較にならないだろう。サクラはぐるりと身をひるがえし、回避から突進へと動きを変えた。


『粒子残量五十パーセント』


 多少の被弾は覚悟の上。それは粒子防壁に頼った強引な特攻だ。


「狙いは……さっき装甲を削った場所!」


 サクラは先ほどと同じ動きでギガンテスのふところに飛び込み、炸裂反応装甲の爆破で黒く焦げた胴体部へと狙いを定める。

 そこにはもう火薬が残っていないはず。


『脅威接近、アーマースライドシステム起動』


 サクラの攻撃は正確無比に、先ほどと同じ一点へと向けられていた。だが、その攻撃が当たる直前、ギガンテスの装甲がスライドパズルのように並び変わった。


「何っ!?」


 その結果、焦げた区画は無傷の外装と置き換わり、サクラの攻撃を再び爆風によって弾き飛ばした。


『頭上です、避けて!』

「っく!」


 爆風の衝撃も残る中、レイミアの声に釣られてサクラが視線を上げる。そこにはギガンテスの左腕の巨大な銃口。

 だが、回避するにはその気づきは遅すぎた。


――対戦車砲……こっちが本命か――


『サクラさん!』


 遺跡全体を揺らすほどの反動をともなった一撃は、まっすぐにサクラに直撃した。


 ◇


「サクラさん! サクラさん、返事をしてください」


 ドローンが拾ったギガンテスの砲撃音で耳が痛いのをこらえながら、レイミアはインカムで必死にサクラへと呼びかける。


 着弾の衝撃で遺跡内部には土煙が充満しており、ドローンのカメラはまともに使い物にならなくなっていた。

 そんな状況でレイミアにできることは、ただサクラの生存を信じて声をかけ続けることだけだった。


「サクラさ――」

『聞こえてる……ちょっと静かにしてくれ……』

「サクラさん、よかった! 無事なんですね!」

『だからうるせぇって……』


 その声に覇気はなく、時々荒い呼吸が混ざってはいるが、レイミアはサクラの生存にひとまず胸をでおろす。


「怪我は大丈夫ですか? 何とか避けられたんですか?」

『いや、直撃した……おかげで粒子残量は残り二割ってところだ……もう一回アレが当たったら流石に死ぬな』

「滅多なことは言わないでください! やっぱり逃げましょう。出口まで案内しますから現在位置を……」


 レイミアは今までの調査で作り上げた三次元マップをモニターに映し、最短の脱出経路を探ろうとする。しかし、それはサクラの声に妨げられた。


『いいか、よく聞け。お前は機材を全部その場に置いて、ストークと一緒にこの場を離れろ』


 突然彼は何を言ってるのだろうか。レイミアはサクラの言葉の意味が理解できず、思考と手が止まった。


『幸い、俺達とお前の繋がりを知ってる人間は他にいないからな。お前が『企業』に指名手配されたりする心配はないだろ』

「何言ってるんです。じゃあ、サクラさんはどうするつもりですか」

『さっきの衝撃で遺跡の一部が崩落したみたいでな……いま、ギガンテスと密室で二人きりなんだよ』


 数秒の思考を挟んで、レイミアはようやく彼が自分達だけを逃がそうとした理由を理解する。

 彼はいま、あの兵器と共に遺跡内部に閉じ込められてしまったのだ。


『そういうわけだ、さっさと逃げろ』


 今の自分ではギガンテスには勝てない。サクラはそう結論付けた。若くとも彼は何度も実戦を経験した傭兵。その判断はおおむね正しいのだろう。


 だが、レイミアには彼を見捨てて逃げる、など到底容認できるものではない。だって、彼女は“妹達を見捨てられなかったから”この地上に来たのだから。


 レイミアは無言で、手元の端末からドローンの状態を再確認する。

 飛行は可能だが、立体反響と収音マイクは先ほどの衝撃の影響でダメになっている。カメラも土煙が晴れるまでは役に立たないだろう。


――使い物になりそうなのは、熱と電磁波のセンサーだけか――


「……サクラさん。五分だけ時間をください……それまでは身を隠して、死なないで」

『ああ? お前、何をする気だ?』


 レイミアはお守り代わりに隠し持ってきていた、今は使い物にならないコーラル製の携帯情報端末を取り出し、ぎゅっと握る。


「すぅ……はぁ……」


 深い深呼吸の後、レイミアはドローンから送られてくる無数のデータが表示されたモニターと向き合う。


「今から私が見つけます! ギガンテスの倒し方を!」





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【ネフィリミニウム】


【ネフィリムコア】が生成する特殊な金属粒子。一般的には『鉄の灰』と呼称される。


主要な特性として「散布状態では接触したエネルギーを吸収、貯蓄する」「密集状態では粒子間でエネルギー放出が行われる」性質を持つ。


地上の環境汚染の主な原因であり、基本的に人体には有害。

直ちに悪影響が出るわけではないが、人体に蓄積していき、地上と鉄の灰が存在しない海底では、平均寿命におよそ三倍の差がある。

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