傭兵のお仕事:2

 その二日後、レイミアは初日にサクラの家に運ばれた時と同じように、ストークのトレーラーに乗って運ばれていた。

 座席もあの日と同じく、サクラとストークにはさまれる形ではあるが、以前ほど居心地の悪さは感じなかった。

 しかし、それにしてはレイミアの表情は青ざめたものであり、見ようによってはサクラの家に運ばれる時よりも緊張しているようだった。


「あのー……本当に私も同行してよかったんでしょうか?」

「お前が自分で言ったんだろ。俺達の仕事を手伝わせろ、って」


 隣に座るサクラから、ぐうの音も出ない正論が飛んでくる。

 彼らが向かっているのは、五百年以上前に作られたという“旧世界”の遺跡。その内部調査が、今回サクラとストークのけ負った依頼なのだが、先日、二人の頭を悩ませていたのは、その遺跡調査に際して外部からのナビゲートやマッピングを担当するオペレーターをどう確保するか、という問題だった。


 彼らが言うには、この手の調査系の仕事は目視だけでは判別できない危険が多く、センサー類を搭載とうさいしたドローンを同行させるのがセオリーらしいのだが、そういう能力を持った人材は希少とのことだった。


「あの時は、切羽せっぱ詰まっていたといいますか、徹夜明けで調子に乗っていたといいますか……」


 そして、その一連の説明を受けたレイミアは、その場で「私にそのオペレーター役をやらせてください」と立候補したのだ。


――ダメもとで言ったら、サクラさんがあっさりオーケーしちゃうんだもん――


 とはいえ、サクラの家で世話になれる猶予ゆうよはあと二日。生きていくためには、どんなことでも飛び込んでいくしかない、と思ったのも事実だった。


「しかし、ドローンの操作マニュアルを一晩で丸暗記するとは……嬢ちゃん、あんたもしかしてコーラルじゃ天才とか言われてたタイプか?」


 既に一時間以上何もない荒野を運転し、そろそろ退屈になってきたのか、運転席のストークがそんな問いを投げかけてきた。


「いいえ、技能開発機関……ああ、ええと。未成年が勉強を教わったり、能力の適性確認のための試験を受けたりする施設なんですけど、そこでの私はどちらかというと劣等生でした」

「真面目そうなのに意外だな。苦手な科目でもあったのか?」

「どっちかというと逆ですかね」

「逆? どういうこった」


 これは少し抽象的ちゅうしょうてき過ぎたか、とレイミアは内省し、改めてコーラル時代の自分を振り返る。


「なんていうか……私って昔から色々なことが気になっちゃうタイプで、興味が湧いたものは次から次に手を出してたんです」


 レイミアは幼いころから好奇心が人一倍強かった。物の構造や仕組みが気になってはすぐに調べ、時には分解することも珍しくなく、よく私物や身近な機械を壊して両親を困らせたものだった。


 そしてその好奇心(あるいは知識欲というべきか)は成長し、技能開発機関にせきを置くようになっても健在であり、同年代の友人達が早々に自分の得意分野を見つけ、その能力を磨いている間も、レイミアは新しいことに手を出し続けていた。


「そのせいで、私にはこれという特技が一つもなくて……適性試験では全部中途半端な平均点だったんですよ」


 『企業』はその個々人の適性を見定めて、成人後の労働配属先を決定する。その観点で見れば、突出した要素を一つも持たないレイミアは『企業』にとって、さぞ持て余す人材だったことだろう。


「私みたいなのを、典型的な器用貧乏って言うんでしょうね。あはは……」


 レイミアが妹達の身代わりになると提案した時にあっさり申請が通ったのも、そういった成績が要因だったのだろうと彼女は内心思っていた。


「若いうちに能力を調べられて、勝手に適性を決められるのか。コーラルでの生活ってやつも大変なんだな」

「うーん。どうなんでしょう」


 レイミアからしてみれば、何もかも自分で決めなければならない地上での生活の方がよほど大変だと思う。

 そんな会話の末に、トレーラーは崖の手前に停車した。


「ついたぞ、ここが目的の遺跡だ」

「え? 遺跡なんてどこにも……」


 トレーラーから降りたレイミアは遠い崖の向こう側まで目を凝らすが、それらしき建造物はどこにも見当たらない。


「あるだろ、目の前に」


 しかし、サクラが斜め下の断崖そのものを指さしたことで、ようやく彼女はそれを見つけることができた。

 レイミア達の目の前にある崖は、正確には崖ではなく、巨大な亀裂だった。

 落ちないように気をつけながらその端から下をのぞき込むと、そこには巨大かつ複雑な構造物が視界一面に広がっていた。

 その建築物も一つや二つではなく、あるものは独立し、またあるものは一部が連結し、パズルのように地下空間に無駄なく敷き詰められている。

 それはまるで、都市を天空高くから見下ろしているかのような感覚だった。


「うわぁ……コレが旧世界の遺跡……写真では何度も見たことありましたけど、実物ってこんな風になってるんですね!」

「地下空洞ってやつだな。一か月ほど前にこの辺りの地面……というよりは遺跡の天井が崩落して発見されたらしい。ここから見えてるのはほんの一部だ」


 サクラの説明を受け、レイミアは自分の想像力の貧困さを痛感する。

 この崖はあくまでも入り口、この一帯の地下全てが“旧世界の遺跡”なのだ。


「五百年前の『大炎災だいえんさい』より古いはずなのに、こんなにはっきり形が残ってるなんて、すごい!」

「へぇ……『大炎災』のこともちゃんと知ってるんだな。あんな昔話、考古学者くらいしか興味持たないだろ」

「昔、コーラルの歴史を調べていた流れで……と言っても『この星の地表が五百年前に一度燃え尽きた』くらいの知識ですけど」


 『大炎災だいえんさい』によって、人類史は一度途絶えたとされている。そうして失われた文明は『企業』の手によって五百年の時間をかけて再開発され、なんとか現代の水準に至っている。

 それでも、旧世界――『大炎災だいえんさい』以前の科学技術とは大きな格差があるのが実情だとか。


「旧世界の遺跡は、俺達にとっても、『企業』にとっても宝の山だ。だから、この手の調査依頼は珍しくないが……今回はちょっと特別だな」


 話をしながら、サクラは崖から少し離れた場所でストレッチをはじめる。命がけの調査の前準備にしては、ずいぶんと軽い準備運動だった。


「特別って、どういうことですか?」

「さっき言っただろ。この遺跡が発見されたのは一か月前。端的に言うと、中の情報が全くない。危険度も期待値も未知数だ。お宝の山かもしれないし、爆弾の倉庫かもしれない」

「未知の遺跡調査……」


 通常の調査を経験していないレイミアとしては、特別と言われてもいまいち実感は湧かない。

 むしろ、好奇心旺盛な彼女の性根は“事前情報が何も無い”という要素を魅力的にすら感じていた。


「だから、あんたが操作するドローンに先行してもらう。俺の目の代わりだ、頼むぞ」

「私が、サクラさんの目に……頑張ります!」


 改めて自分が背負った責任の重さを痛感し、レイミアはトレーラーの荷台から機材一式を降ろして念入りな調整作業をはじめる。


――集音マイクよし。カメラ感度よし。立体反響探知機能よし。サーモグラフィーよし――


「あー、あー、サクラさん。聞こえますか?」


 そして、ノート型の通信端末に接続したインカムを耳につけ、サクラとの音声通信の感度を調整する。


『「ああ、問題ない……どうした? 首をかしげて」』

「いえ、通信にラグがちっともなかったので少し驚きまして。地上の通信回線ってすごいですね」


 肉声と全く同じタイミングでサクラの声を届けてくれたインカムを、レイミアは興味深そうに凝視ぎょうしする。

 彼女の記憶にあるコーラルの通信技術では、隣にいたとしても一秒程度のズレがあった。


「なんでも、この『鉄の灰』を媒介ばいかいにしたネットワークらしいが……何やってんだ?」

「外でもネットに繋げられるなら、今の内に仕組みとか調べられるかな……と思って」


 大気中にただよう灰を媒介にしたネットワーク。海底育ちの彼女にとって、完全に未知の技術が知的好奇心をくすぐった。

 レイミアは早速、手元のノート型端末からその手の情報が手に入りそうなサーバーを探しはじめていた。


「なるほど……なんでもすぐに手を出す、ってそういう意味か」

「サクラさん、さっきの話、聞いてたんですか?」

「隣で話してたらそりゃ聞こえるわ」


 ずっと窓の外を見て会話に参加してこなかったので、てっきり興味がないと思っていたのだが、しっかり内容は聞いていたらしい。


「でもやめとけ。コーラルじゃどうだったか知らんが、こっちじゃ情報も大抵はタダじゃない」

「え? 調べものにまでお金がかかるんですか!?」


 サクラから告げられた驚愕きょうがくの事実に、レイミアは今日一番の悲鳴を上げた。


「地上では、貴重な情報を持ってるかどうかは生き死に直結するからな。基本的に、形のある物より高額だぞ。地図一枚で数万ボンドとかザラだ」

「あうぅ……地上って世知辛い……」

「なんかお前、今までで一番へこんでねぇか……」


 コーラルでは個人用の携帯端末でいつでも、どこでも、好きなだけ調べものができた。

 そのカルチャーショックは、コーラルがいかに住みやすかったかをレイミアに再認識させることとなった。


「それより、さっさと仕事の準備を終わらせろ」

「……はーい」


 とはいえ、いつまでもへこんでいても仕方がない。サクラに言われた通り、仕事の準備を終わらせることが先決だ。

 手早くドローンの最終調整を終え、球体型のドローンを浮遊させる。そうして、膝に乗せたノート型端末のモニターに視線を移せば、そこにはドローンが収集した様々な情報がれなく表示されていた。


「準備できました!」

「よし、じゃあ早速だが先行を頼む。内部の安全が確認出来たら俺も降りる」

「はい!」


 適度の緊張を胸に、レイミアはドローンを崖の入り口から遺跡内部へと降下させる。


「内部の大気組成は安全圏内。温度も基準値。目視、およびエコーロケーションでの危険物質の反応ありません」


 モニターに表示される無数の情報のうち、サクラの生存に必要な情報を取捨選択し、インカムから彼に伝える。


「了解、行くか……」

「行ってらっしゃい……って、サクラさん、手ぶらで行くんですか!?」


 散歩に行くような軽さで崖の端に向かうサクラの格好を見て、レイミアは思わず立ち上がってしまう。

 彼のいでたちは、出会った時と同じく深紅のロングパーカーと普通のズボンというラフな物。

 唯一装備らしい装備といえば、肩からベルトで斜めがけにされているキューブ状の機械のみ。それもせいぜい人の頭部ほどの大きさで、その中に調査用の装備が入っているようにはとても見えない。


 この装備でこれから未知の地下遺跡の調査に向かうと言われて、納得するほうがどうかしている。

 あわあわと困惑を隠しきれないレイミアの耳に、ストークからの通信が割り込んできた。


『大丈夫だよ嬢ちゃん。下手な装甲や武器はアイツには不要だ』

「大丈夫って……」


 いったい何が大丈夫なのだろうか。そう疑問に思っている間に、サクラは断崖の端にたどり着いていた。そして、彼は眼下に広がる巨大な遺跡を見下ろしながら、唯一の装備ともいえるキューブ状の機械に手を添え、語り掛ける。


「起きろ、仕事の時間だ」


 そして、その声に呼応するようにキューブは急速に姿を変えていった。

 持ち手が現れ、金属が伸縮しんしゅくし、立体パズルのように内側と外側の部品が組み替えられ、片刃の刀身が形作られていく。


「あれって……最初に見た、剣?」


 変形を終え、サクラの手に握られたのは、あの日レイミアの目の間で『企業』の大型無人兵器を切り裂いて見せた巨大な剣だった。


「最終確認。作戦内容は旧世界の遺跡調査、および遺跡内部の地図作成」

『サクラは現代兵器の頂点、アルマ兵装の担い手…………『灰被り』だからな』

「『灰被り』……?」

「これより、作戦行動を開始する」


 レイミアが疑問を抱えているうちに、サクラは軽い段差を降りるかのごとく、崖下に広がる遺跡へと飛び降りた。





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【大炎災】

旧世界文明を崩壊させたとされる”なにか”


大炎災以前の樹木が地球上に存在しないこと、地表に現存する旧世界の遺跡の一部に黒い焦げのような痕跡があることから、火災に類する事象であったと考えられているが、その詳細は一切不明。


わかっているのは、”五百年前に地表が一度燃え尽きた”ということだけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る