第二章 傭兵のお仕事

傭兵のお仕事:1

「んー! はぁ!」


 レイミアが地上で迎えたはじめての朝は、自分でも驚くほどに目覚めのよい軽快なものだった。ぐっすりと眠れたのか体の調子も良く、何より心が軽い。


 それもこれも全て、サクラの情報端末を修理した報酬ほうしゅうの代わりとして、この家で引き続き世話になる約束を取り付けたからに他ならない。

 明日の生活が保障されているということが、これほどまでに気持ちにゆとりを与えるのだと、コーラルで何不自由のない生活を送っていた頃には、決して気づけなかっただろう。


 カーテンを開け、はめ殺しの窓から白い光を全身に浴びながら、昨日は暗くてよく観察できなかった周囲の景色をながめる。

 といっても、視界に広がるのはどこまでいっても『鉄の灰』が積もった大地のみ。

 周囲にご近所さんの家どころか、人工物の影すら見えない。


「昨日の話を聞く限り、サクラさんやストークさん以外にも、地上で暮らしている人はちゃんといるんだよね」


 無人兵器に困らされていた漁村の漁師や、機械の修理屋など、昨夜の会話の中だけでも地上にも確かに人間の営みがあることはわかった。

 レイミアの感覚としては、そういう人達と近しい場所に住んだほうが、なにかと便利なような気もする。しかし、サクラはそうせず、だれもいないこんな僻地へきちに居を構えている。

 そこに、何か理由があるのだろうか、とレイミアの疑問は尽きなかった。


「一人で考えても仕方ないか、本人に直接聞いてみよう」


 ぐっすり眠ってお腹も空いた。七時には朝食だと言っていたし、それを食べながらゆっくり話を聞けばいいだろう。


――昨夜の一件で、サクラさんも少しは心を開いてくれた気もするし――


 ◇


「サクラさんはどうして、こんなところに一人で住んでるんですか?」

「お前には関係ない。どうでもいいだろ、そんなこと」

「あれー?」


 ダイニングに向かい、ちょうど電熱コンロの前で朝食を作っているところだったサクラに、直接質問をぶつけた結果、返ってきたのはそんな突き放すような回答だった。


「あうぅ……打ち解けたと思ったのになぁ」

「朝から何をブツブツ言ってんだよ……ほら、朝飯」


 そう言ってサクラはテーブルに二つ分の皿を置く。その上には赤いソースが絡んだ魚の切り身らしきものが乗っていた。

 昨夜の缶詰と比べれば、非常に料理っぽい。


「これ、サクラさんが作ったんですか?」

「ああ、一食五十ボンドだ。その麦汁ばくじゅうは一缶二十ボンド」


――一つ一つ値段を言いながら提供してくるのは、何かの嫌がらせなのかな――


 昨日から何となく察してはいたが、サクラという少年は間違いなく守銭奴しゅせんどと呼ばれるべき人種だとレイミアは確信する。


「あ、美味しい」


 昨夜の機械の扱いから、彼を不器用な人間だと思っていたのだが、その予想に反して料理の味は絶品だった。


「お嬢様の口に合ったようでなによりだ」

「はい! コーラルの配給食に似ていて、食べ慣れた味って感じです!」

「…………そうか」


 それはレイミアなりの称賛しょうさんの言葉だったのだが、サクラにはそう受け止められなかったらしい。彼は目を伏せ、自分の手元の料理をじっと見つめた。

 だが、彼はすぐに気持ちを切り替えたように――あるいは気持ちを切り替えるためか――自分から話題を変えた。


「それであんた、これからどうするんだ?」

「これから、ですか?」


 レイミアは魚の切り身をフォークで一口サイズに切り分ける手を止め、その話なら昨晩、ちゃんとしたはずではないか、とばかりに小首をかしげる。


「あくまで、昨日の修理代の支払いをあんたの生活費にあててるだけで、追加の金が稼げなきゃ一週間後には出て行ってもらうぞ?」

「……あ」


 すっかり地上での生活基盤を得たつもりだったが、実際のところは少しばかり猶予ゆうよが伸びただけだ。根本的な問題は何も解決していない。



「一週間……一週間か……」


 朝食を食べ終えたレイミアはあてがわれた寝室に戻り、ベッドの上で頭を悩ませる。

 あと七日、されどたったの七日。

 その間に、“コーラル棄民きみん達のコミュニティ”に関する情報が得られれば何とかなるかもしれないが、昨日のサクラの態度を見るに、あっさりとは見つからないような気がしていた。

 そうなると、最優先事項は継続的な収入源の確立になる。


「昨日みたいにお金を稼ぐ方法……」


 すると、ちょうど彼女の視線が山積みにされた壊れた機械類に止まった。


「見た感じ、壊れて放置されてるよね、アレ」


 山を崩さないように慎重しんちょうに物色していくと、出てきたのは通信機器や飛行ドローン、あとはサクラが使っていたものよりさらに旧式のノート型情報端末。

 どれも数年単位で放置されていたのか、部品の隙間すきまほこりが詰まっている。


「……うん。全部、コーラルにいた時に構造を調べたことがある」


 レイミアのほほがゆるむ。そうだ、自分にはコーラルで学んだ修理技術がある。今後の生活費はこれに頼って稼ぐと決めたばかりではないか。


「よし! やるぞ!」


 必要な工具は昨夜、情報端末を修理した時にサクラから借りている。気合を声に出し、レイミアは早速作業に取り掛かった。


 ◇


 しかし、それらの修理作業は思ったよりも難航した。


 壊れたまま長く放置されていたこともあってか、ダメになっている部品が想像よりも多かったからだ。新しい部品が手に入らない以上、他のジャンク品から使えそうなものを抜き出していく作業も同時にしなければならなかった。

 それでも、何だかんだと時間をかけ、三日が経過したころにはそれらの修理作業は完了した。


「ふぅ、できた!」


 作業着代わりに着替えていた拘束服のすそで額の汗を拭うと、途端に達成感がレイミアを満たした。


「端末の方は中身のデータも生きててよかった」


 内部の基盤は上手く劣化をまぬがれていたようで、ノート型端末には元の持ち主が残していたデータが一通り残っていた。


「サクラさん、めてくれるかなぁ」


 スキップしたい気分を我慢して、レイミアはニコニコ笑顔でダイニングに向かう。

 するとそこには、サクラだけでなく、浅黒い肌の初老の男性、ストークもおり、二人は向かい合う配置でテーブルに座り、難しい顔で額を突き合わせていた。

 レイミアの入室に気づいたストークは、驚きを隠さず声を上げた。


「おや? 嬢ちゃん、まだサクラの家にいたのか」

「ストークさん……ですよね、お久しぶりです」


 三日ぶりをそう言うべきかはわからないが、レイミアの体感としてはもうかなり前のような気がしたのでそう言ってみる。


「ちょっとした恩ができてな。世話を焼くのが一週間延長になった」

「ほう……」


 ストークはその視線をサクラとレイミアの間で数度往復させ、最後はニヤリと笑った。


「お前は女に興味がないんじゃないかと思う時もあったが、仲良くしてるようならなによりだ」

「そういうんじゃねぇよ」


 若干下世話なニュアンスの入ったストークの言葉を、サクラは一刀両断する。

 実際、この三日間本当に何もなかったので、レイミア視点では“サクラは女に興味がない”という疑惑は継続中だったりするのだが。


「それで、あんたは何の用だ? 飯ならまだだぞ」

「あ、そうでした! サクラさん、あの部屋にあった機械類、全部修理したんです! アレ、いくらくらいになりますかね!」


 嬉々として自らの行いを報告するレイミアだったが、サクラの視線は冷ややかだ。


「能力や手間は認めるが……頼んでもない物を勝手に直して金を要求するのは……なかなかにひどい押し売りじゃないか?」

「……あ」


 その冷静なツッコミによって、有頂天だったレイミアのテンションは真っ逆さまに急降下する。

 言われてみればそうだ。別にサクラはあの機械を直してほしい、などとは一言も言っていない。


「あうぅ……」


 自分の空回りにようやく気付き、レイミアはしゅんとうつむく。しかし、その一連の話を横で聞いていたストークが「ちょっと待て」と二人の間に割っていった。


「部屋にあったって……もしかして、あの通信機とドローンか?」

「え? ああ……はい。あと、ノート型の情報端末も」


 レイミアの自供を聞き、ストークとサクラは無言で目を合わせる。

 もしや空回りどころか、直してはいけないものに手を出してしまったのではないかと戦々恐々とするレイミア。しかし、そこから続いたストークの声は、かすかな高揚感こうようかんの混ざったものだった。


「サクラ、こいつは使えるんじゃないか?」

「どういう意味でしょうか?」


 そういえば、レイミアは三日ぶりにやってきたストークの“要件”を何も知らないままだった。




――――――――――――――――――――――

TIPS:

【企業連合】


七大企業が”表向き”の協調関係にあることを証明するため設立された地上管理機関。

七大企業が互いに牽制し合いつつも、反企業勢力への対応や、製品規格の統一、統一貨幣【ボンド】の運用などを行っている。


下部組織として【企業連合軍】などが存在する。

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