地上に棄てられた少女:5

「サクラさんのお仕事って傭兵なんですか? 聞いたことがあります。『企業』や反抗勢力にお金でやとわれて戦うんですよね?」


 つまり、今日彼が『企業』の無人兵器と戦っていたのは、傭兵としての仕事、つまり戦争行為の代理だったということだろうか。


「それはまた、ずいぶんと古い知識だな」

「……古い、ですか」

「昔はそんな仕事しかなかったらしいが、今の傭兵は金を積まれればなんでもやる『武力』が売りの便利屋、みたいなもんだよ」

「へぇ……便利屋さんですか」


 自身の持つ知識が古いと指摘してきされたレイミアだったが、彼女はそれを不快に感じるような人種ではなかった。むしろ彼女は、嬉々として情報の更新に取り組みはじめる。


「今の傭兵さんは、具体的にはどんなことをするんですか?」

「そうだな。たとえば今日の仕事は、企業が配備していた無人兵器の破壊だ。アイツらのせいで、このあたりの漁村に住む漁師がろくに仕事できねぇし、運悪くあの辺に近づいた人間が不審人物扱いで撃ち殺されて迷惑してるってことで、俺に依頼が来てたんだよ」


 つまり、レイミアが目撃したあの死体も、偶然通りかかった結果、無人兵器に殺された被害者だったということか。

 そして、サクラに助けられなければ、彼女も間違いなく同じ末路を辿たどっていたのだろう。

 だが、本来恐怖を感じるべきこの状況でも、彼女は新たに生まれた疑問と興味を優先させていた。


「お仕事のやり取りはネットワークを通してなんですね。意外とハイテク……」

「なんだ? 海底のお嬢様は、地上にはネットワーク回線が無いとでも思ってたのか?」

「あ、いや、その……」


 実際にそう思っていたので上手く言い訳できない。

 必死に取りつくろおうとするレイミアが面白かったのか、サクラは小さくき出す。そして彼ははじめて年相応な表情を見せながら、モニターを指で示した。


「くくくっ……ほら見てみな。これが傭兵組合のサーバーだ」


 黒を基調としたシンプルなレイアウトのウェブページには、様々なタイトルの依頼らしき書き込みが表示されている。


「依頼者はまず、このページに仕事の情報を掲示する。俺達傭兵はここから場所や報酬ほうしゅう、内容を確認して、やりたい仕事を受ける。終わったら依頼主に報告して、晴れて組合経由で報酬が振り込まれるって寸法…………なんだよ、黙って人の顔を見て。この説明じゃ理解できなかったのか?」

「理解はできましたよ……ただ、サクラさんが笑ったのはじめて見たなって」


 レイミアの指摘を受けて、サクラは数秒硬直したのち、口元を手でおおいい隠し――


「見間違いじゃないか」


 ――などとのたまった。


「いやいや、今笑ってましたよね! 声に出てましたよね!」

「お前は海底から来て疲れてるんだ。きっと寝ぼけてたんだろ」


 レイミアが指摘しても、サクラは決して認めようとしない。

 不機嫌なのを否定するならまだわかるが、笑っているのを否定するのはひねくれ過ぎではなかろうか。


「サクラさん、傭兵組合の説明もすっごく楽しそうにして……あれ? ちょっと待ってください、地上にもネットワークが通じてるってことは!」


 サクラが当たり前のように情報端末でやり取りしている姿を見て、レイミアは慌てて自分の持ってきた携帯端末を確認する。

 だが、そちらはしっかり圏外の表示がされており、保存されたデータを見られるだけの状態だった。


「あれ……こっちはダメなんだ」

「当然だろ。それはコーラル用、こっちは地上用。使ってる通信回線の仕組みが完全に別物なんだよ」

「なるほど……」


 言われてみれば当然か、とレイミアは納得する。海底と地上で共通のネットワークが使用されているのなら、コーラルに住んでいたころにも地上のことをもっと調べられたはずだ。

 一瞬、家族とまた連絡が取れるかも、などという幻想を抱いてしまったばかりに、思っていた以上の失望がレイミアの胸中を埋め尽くした。


「基礎的な部分は一緒だから、中身を少しいじれば、地上用のネットに繋ぐくらいならできるらしいが、あいにく俺は機械がどうのは専門外……」


 とそこで突然、ブツンッ、という派手な音がして、サクラの操作する端末のモニターが真っ黒になった。


「嘘だろ……」


 ひくひくと顔を引きつらせているサクラの表情から、それが彼にとって不測の事態なのだとレイミアは察する。そして、右に左に体を伸ばして、モニターの外観だけを確認している姿から、彼が機械にけていないということも。


「達成報告が遅れたら報酬減らされるってのに……明日修理に持って行って直ればいいんだが」


 レイミアの見立てでは、その端末はコーラル基準では十年以上前の型式だった。


――ジャンク品を修理して使っていたけど、内部の配線周りに経年劣化の限界が来た、って感じかな――


「あのー……」

「なんだ? 見ての通り端末がぶっ壊れたから、悪いけどこれ以上の説明は無理だぞ」

「それ、すぐに修理できると嬉しい感じですか?」

「まあ、そうだな。今回の依頼は対処が早ければ早いほどいいってことで、報酬の額も変わるし」

「じゃあ、私が修理しましょうか?」


 サクラは「何言ってんだコイツ」という視線をレイミアに向け。


「何言ってんだお前」


 それをそのまま口に出した。


「失礼ですね! こう見えても、コーラルにいた頃は機械工学の勉強もしてたんですから!」


 といっても、それは全住民に課せられた技能開発の一環としてであり、コーラル住民ならだれもが通る道なのだが。


「あんた、本当に直せるのか?」

「壊れた原因次第ではありますが、見たところモニターの電線が劣化してるだけだと思うので、最低限の工具さえあれば、応急処置くらいはすぐにでも」


 サクラはしばらく考え込む態度を取り、苦々しそうにポツリと呟いた。


「…………いくらだ?」

「はい?」


 その呟きの意味が理解できずにレイミアが首をかしげていると、サクラは大きなため息をついて言い直す。


「修理費はいくら払えばいいのか、って聞いてるんだよ」

「え? あ、あぁ……ええと……」


 いきなり修理費と言われても、地上の相場などレイミアにはさっぱりわからない。そもそも、サクラが困ってそうだから提案しただけで、お金をもらうという発想すらなかった。


「ギルドの修理屋に持っていくとして、そこまでの移動費と修理費、報告の遅れの報酬減額を合わせて……いや、あの店に事情がバレたら、修理費は相場の三倍は吹っ掛けられるか……」


 サクラがブツブツと金勘定かねかんじょうつぶやき、一通りの計算を終えた彼は指を三本立て、レイミアの前に突きだす。


「三千ボンドでどうだ?」

「ボンド……それ、お金の単位ですか?」

「『企業』が流通させてる信用通貨が、なんで『企業』のお膝元のコーラルで使われてねぇんだよ……」


 まさか地上と海底で通貨単位が違うとはサクラも思っていなかったらしく、彼はあきれたような声を漏らす。


「それは、どれくらいの価値なんでしょうか?」

「そうだな。三千ボンドあれば、贅沢ぜいたくしなきゃ宿代込みで一週間は生きていける額ってところだな」

「そんなに貰っていいんですか!」


 明日の生活をどうしようかと悩んでいたレイミアにとって、一週間の生活が保障される額など大金も大金だ。それを情報端末一台直すだけで貰っていいのかと驚いてしまう。


「今ここで修理できなかったら、俺はその額以上の損失が出るんだよ。で、本当にやるのか?」

「やります! やらせてください!」


 レイミアは地上という世界において、自分にできることなど何もないと思っていた。だがそれは違った。

 身体でも、私物でもなくレイミアには売れるものがあった。それはこれまでコーラルでつちかってきた知識と技術だ。


「あ、でもすいません! その前に……」

「どうした? 必要な物でもあるのか?」

「お……お花みに行きたくて……」


 レイミアはもじもじと自らの太ももを内側に寄せ、ワンピースのすそを引っ張る。

 話し込んですっかり忘れていたが、元々レイミアはトイレに行くために起き上がったのだ。そして、今まさに彼女の限界は近付きつつあった。


「……花? こんな夜にか?」


 サクラは暗くなった窓の外を見て、怪訝けげんそうな顔をする。からかっているというわけではなく本気の表情だ。

 どうやら、地上ではこの慣用句は通じないらしい。


「おトイレに行きたいんです!」

「え? ああ……風呂場の横にあるが、漏らすなよ」

「漏らしませんよ!」


――多分――


 と心の中で呟き、レイミアはトイレへと駆け込んだ。

 もしも拘束服こうそくふくのままだったなら、脱ぐのに手間取って間に合わなかったかもしれない。それほどまでにギリギリの戦いであった。




――――――――――――――――――――――

TIPS:

【傭兵組合】


地上に多数存在する傭兵達の業務仲介を担っている匿名組織。

主な業務は「傭兵の登録、管理」「依頼の仲介」「情報交換の場の提供」等。


かつての傭兵は国家間、企業間の戦争での戦闘員という役割が主だったが、現在ではその需要は多様化しており、個人間での依頼のやり取りの方が主流となっている。

代表的な業務は「警備」「危険地帯の調査」「敵対組織の掃討」「要人の暗殺」など。


傭兵組合を通すことで、依頼主は雇用する傭兵の経歴や質が、傭兵は成功報酬の支払いが保証されるため個人傭兵にはなくてはならない存在。

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