地上に棄てられた少女:2


 長いような短いような漂流ひょうりゅうの末、どこかもわからない海岸に打ち上げられたレイミアを待ち受けていたのは、戦火の立ち込める地上の光景だった。


『脅威レベル最高、優先排除対象と認定』


 体高二メートルほどの二足歩行型自律兵器が、威圧するような駆動音を鳴らし、左腕の機関銃を構える。


「あいかわらず、反応が遅ぇな」


 けれども、その銃が火を噴くことはなかった。


右腕うわん損傷甚大じんだい


 自律兵器のふところに飛び込んだ少年が、その右腕が一太刀で切り落としたからだ。


『粒子反応検出、優先排除対――』

「ごちゃごちゃ、うるせぇ」


 少年は自律兵器を正中線目掛けて、自身の身長を超える巨大な剣を振り下ろす。その刃は吸い込まれるように鋼鉄の体に沈み、一切の抵抗を感じさせずにその巨体を両断した。


「これで最後、か」


 少年はレイミアの眼前で砂浜に剣を突き立て、警戒を解くように短く息を吐く。

 年恰好としかっこうはレイミアと同じか――もしかしたら、年下かもしれない。深紅のパーカーを身に着け、左目を眼帯でおおったその表情には、大人びた雰囲気と幼さが混在している。

 眼帯の少年は黒い髪についた白い粒子を手で払い落とすと、左耳に取り付けられたインカムを押さえて誰かと通信をはじめた。


「ストーク、こっちは一通り片付いた。いくつか、売ったら金になりそうなものもあったから、トレーラーを近くまで回してくれ」


 短く要件を伝えた眼帯の少年は大剣を肩に担ぎ、レイミアの存在に気づいてすらいないかのごとく、彼女に背を向けて歩き出した。


「あ、ちょっと待って!」


 レイミアはわらにもすがる思いで箱から飛び出し、少年の後を追いかける。

 彼はせっかく出会えた地上の人間だ。もし見失ってしまえば、また都合よく別のだれかに会える保障などない。

 それになにより、またあの殺人兵器がやってきたら、今度こそレイミアは殺されてしまう。


「ま、待ってください! あの!」


 必死に呼びかけながら走るが、少年は一向に反応せずに歩き続けている。

 そのうえ、海底都市の整地された地面しか歩いたことのないレイミアは、生まれてはじめての砂浜に何度も足を取られ、徒歩と駆け足だというのに、両者の距離は縮まるどころか開く一方だった。


「ちょっと、待って……きゃ!」


 そうしてついに、レイミアはなにか柔らかいものを踏みつけ、派手に転んだ。

 幸い、柔らかい砂場だったので怪我などはなかったが、代わりに砂を全身に浴びる羽目になってしまった。


「あうぅ。一体何を踏んで……ひっ!」


 自らが踏みつけたものが何か、それを確認しようと足元に視線を向け、レイミアの呼吸が止まる。

 それは死体の腕だった。

 若い男の死体。先ほどの自律兵器にやられたのだろうか。全身に小さな穴が開いており、そこからどろりと固まりかけた血がれている。

 そして、その死体を踏みつけたレイミアの右足にも、その赤黒い血液がべったりとこびりついていた。


「あぁ……あぁ!」


 レイミアは腰が抜けてしまい、その場から身動き一つとれずに体を震わす。

 幼いころに見た、病死した祖父の遺体とは全く違う。

 濃密な死の原液をまとったそれは痛々しく、おぞましい。

 じっと見ていると、死体の損傷した箇所かしょと同じところがかゆくなるような気がした。

 彼女の良識が“それは相応ふさわしくない感情だ”と否定しつつも、抑えきれない不快感がレイミアの胃の奥から湧き上がってくる。


――気持ち悪い――


「原形が残っている死体一つでそんな風になるなんて、いったいどこのお嬢様だよ」


 そんな彼女の様子を見かねて、少年はついに無視することを諦めたらしい。いつの間にかレイミアのすぐ近くまで戻ってきていた彼は、拘束服の襟首えりくびを持ち上げ、レイミアを強引に立ち上がらせた。

 絵面としては、立ち上がらせたというよりは、猫の首根っこを掴んで持ち上げているような状況に近いのだが。


「どこと言われると……EGOコーラル、第七十九地区ですが……」

「コーラル……!」


 恐怖で思考力が低下していたレイミアのバカ真面目な答えを聞き、眼帯の少年はその隻眼を見開いた。

 それからすぐに、少年の表情は苦悩するように眉根を寄せた険しいものに変わり、最終的には勘弁してくれと言わんばかりの諦めの表情で固定された。

 そして、少年は大きなため息をつくと、そのままレイミアを肩に担ぎあげた。


「え? あの、なんですかこれ!」

「暴れんな。どうせ腰が抜けて動けないんだろ」

「あうぅ……」


 レイミアは突然腰に腕を回された気恥ずかしさから、両腕をばたばたと振って抵抗しようとする。だが、彼に指摘されたように下半身が全く動かないことに気づくと、あきらめて全身の力を抜いた。


 皮肉にも、肉体が脱力したことで、気持ちの方も少しばかり落ち着きを取り戻したらしい。レイミアは現状把握のため、自身を担いで歩く少年を観察することにした。

 少年の左肩には動けなくなったレイミア、右手には二メートル級の巨大な剣。

 レイミアは、自分とさして変わらないこの小さな体躯たいくのどこにこんな力があるのか、と不思議でしかたなかった。

 死体を見ても顔色一つ変えなかったり、『企業』の兵器を躊躇ためらいなく破壊してのけたり、彼はいったい何者なのだろうか。それとも、地上人は皆この少年くらいのことは軽々とやってのけるのだろうか。


 レイミアがそんな想像を脳内で繰り広げていると、突然少年の歩みがぴたりと止まった。

 辛うじて動く上半身をひねって周りを見回してみると、少年の目の前には一台の大型トレーラーが停車していた。この車が目的地だったのだろうか。そのコンテナ部には、コウノトリの意匠がペイントされており、非常に目立っていた。


「ストーク! 悪いけど俺には目利きはムリだから、売れるかどうかの鑑定を頼む!」


 少年はインカムを通さず、トレーラーに向かって直接叫ぶ。

 その声に反応したのか、運転席の扉が開き、そこから浅黒く肌の焼けた恰幅のいい初老の男性が出てきた。

 彼は、荷物の如く担がれているレイミアの存在を見とめると、自身のあごでながら少年に目線を向ける。


「……おいサクラ。いくら金が欲しいからって、戦場で拾ったお嬢ちゃんを売り払おうってのはどうかと思うぞ」

「え? 私、売られちゃうんですか!? やっぱり離してください!」

「ちげぇよ! テメェも大人しくしろ!」


 サクラと呼ばれた眼帯の少年は、肩の上で暴れるレイミアをいさめたのち、初老の男性、ストークに対して面倒くさそうに説明する。


「こいつ、コーラルの人間なんだとよ」

「…………ああ、なるほど」


 彼はそれだけで何かに納得したようにうなずくと、トレーラーの助手席の扉を開けた。


「乗りな嬢ちゃん。運賃はサクラから徴収ちょうしゅうするから気にすんな」

「え? あの……きゃ!」


 レイミアが返答するよりも早く、眼帯の少年――サクラはトレーラーの助手席に彼女を雑に放り込んだ。

 そして、硬い座席で後頭部を打ったレイミアが頭を押さえているうちに、助手席の扉は閉められてしまう。


「仕事が終わるまで、そこでじっとしてろ」

「いたた……あ、あの!」

「別にとって食いやしねぇよ。そこなら野党やギャングに絡まれる心配もないから、大人しく待ってろ」


 サクラの言葉がどれほど信用できるのかはわからない。だが、他に頼れる相手がいないのも事実。

 そもそも自分に選択の余地などないことに気づかされたレイミアは、まだかすかに震え続けている膝を両腕で抱いて座る。

 フロントガラスの向こうに見える彼らは何かを話し合った後、二人揃って無人機の残骸や死体が残る砂浜へと向かっていった。


「あれ、全部あの子がやったのかな」


 レイミアの脳裏に浮かんだのは、巨大な無人兵器を剣で一刀両断したサクラの姿。

 『企業』の兵器を壊しているということは、少なくとも彼は『企業』や企業連合軍の人間ではないのだろうが、それ以上のことは何もわからない。


「地上って、軍人さんみたいに優しい人ばっかりじゃないんだな」


 レイミアは拘束服の内側から取り出した小型情報端末を握りしめ、そんな言葉を漏らすのだった。





――――――――――――――――――――――

TIPS:

【『企業』】


国家の枠組みが崩壊している世界において、人類を束ね先導者となったとされる技術者集団の流れを汲む組織群、およびその総称。

”文明の再開発”の名のもとに様々な製品や技術を研究、開発し、流通させている。



『企業』とは単一の組織ではなく、コーラルを直接管理している【七大企業】と呼ばれる七つの大きな組織を中核に、その子会社とされる小規模の企業が複数存在している。

しかし、特別な事情が無い限り、それらをひとまとめにして『企業』と呼称されることがほとんどである。



「EGO」は七大企業の一つであり、情報媒体、ネットワーク開発運営を主として行っている企業である。

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