マッチングアプリに咲く

アプリを消した。

もう恋など、スマホ経由では絶対しないと誓った。

――昨日までは。

「タカシさん、アプリ辞めたんですか?もったいないですよ」

市役所の後輩・ミナミが言う。

「新しいアプリ、すごいですよ。“リアル連動型マッチ”っていって、GPSで近くにいる人と即マッチング!」

……それ、もうナンパじゃないのか?

だがミナミの勧めで、俺はまたダウンロードしてしまった。

アプリ名は「LoveLink+」。

起動画面には“あなたの半径500メートルに運命がいる”と輝いている。

うさんくさいにも程がある。

登録して5分。

ピコン、と通知が鳴った。

【あなたの運命の相手が、すぐ近くにいます】

画面に表示された距離――“12メートル”。

……近い。

職場か?それとも市役所前のカフェか?

おそるおそる顔を上げると、

向かいの席にミナミがスマホを見ながら笑っていた。

「タカシさん、もしかして……マッチしました?」

「……お前か!」

まさかの職場マッチ。

昼休みが急に気まずくなる魔法だ。

しかし、話してみると意外に盛り上がる。

「理想のタイプは?」

「家にWi-Fiがある人です」

「……現実的だな」

笑いながら、俺は少しだけドキッとした。

今度こそ“運命”なのかもしれない――そう思い始めたその瞬間。

【新しいマッチがあります(2件)】

……は? まだ会話中なんだが。

通知を開くと、1人目は「近くのパン屋で働く・ゆか」。

そしてもう1人は――「職場の上司・田中(47)」。

田中課長!?

しかもプロフィール文にこうある。

「仕事も恋も、真面目に向き合いたい」

いや、向き合われたくない!

翌日。

田中課長からメールが届いた。

件名:【業務連絡】

本文:

「昨日はアプリでお世話になりました。職場でもよろしくお願いします。」

なんの業務連絡だ。

ミナミは爆笑。

「タカシさん、人気ですね〜!近距離恋愛どころか職場内ラブネット!」

俺は頭を抱えた。

AIはまたしても、恋ではなく混乱をもたらしたのだ。

だが、その日の帰り。

スマホが再び震えた。

【“ミナミ”からメッセージが届きました】

「課長は忘れてください。私は、近くにいてくれる人がいいです。」

……。

アプリ越しでも、心臓が少し跳ねた。

俺は返信した。

「じゃあ、今度リアルでカフェでも行く?」

【マッチング成立♡】

――ついに、アプリで“咲いた”瞬間だった。

(しかし、そのカフェの席には、またしてもAI広告の“運命診断”が待ち構えていることを、このときの俺はまだ知らない。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マッチングアプリに散る 森の ゆう @yamato5392

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画