落ちこぼれ祓魔師、祓った悪霊を食らってステータス無限上昇〜過去に回帰した俺は死にたくないので最速で最強を目指します〜

きのこすーぷ🍄🥣

第1話 祓魔一族の落ちこぼれ


 この国には、夜を恐れぬ者たちがいる。

 人の世に潜み、時に牙を剥く【妖】を討つ者──『祓魔師』。

 国家公認の特務組織にして、霊災と呼ばれる妖の暴走を鎮める最前線。


 炎を纏い、刃を振るい、闇を裂く。

 子供たちは憧れ、大人たちは敬意を抱く。


 それは、現代に生きるヒーローの形だ。

 だが、その力を得られるのは限られた者だけ。

 人の身にして『霊力』を宿す、稀なる才覚。

 その資質を持たぬ者は、いくら願っても祓魔師にはなれない。


 そして──。

 そんな祓魔師の中でも名門である十六夜いざよい家に生まれた俺──十六夜 透夜とうやは、その名を汚す存在だった。


 霊術の基本である符術も扱えなければ、式神も呼べない。

 要するに、霊術の才能がない。それも絶望的に。


 それは霊力の扱いが下手だとか、極端に霊力が少ないだとか、そういった次元の話ではない。

 霊力が──俺には宿っていないのだ。


 基本的に霊力は血統で遺伝する。それが強力な祓魔師の血ならば尚更のこと。

 だから、名門である十六夜家に産まれたならば、必ず宿しているはずなのだ。


「……俺だって、好きでこうなった訳じゃない」


 影で『名だけの祓魔師』『良血の凡夫』と嗤われていることも、もちろん知っている。表向きは丁寧な言葉を使っていても、裏でどんな噂を立てられているかなんて、耳に入らないわけがない。


『本家の坊ちゃんは、祓うより守られる側だな』


 そんな嘲りを、何度聞いたことか。

 けれど、両親は一度だって俺を責めなかった。

 母はいつも優しく微笑み、父は口数少ないながらも黙って背中を見せてくれた。

 どれだけ失敗しても、失望の色を浮かべることはなかった。


 ……それが、余計に苦しかった。


『お前にはお前の道がある』


 父のその言葉を信じたいのに……現実は残酷だ。


 夜、誰もいない公園で一人、 ベンチに座って古びた呪符を広げ練習してみる。

 けれど、符に力を込めたところで反応は一切ない。ただの古い紙切れのまま。


「はは」


 乾いた笑いがこぼれた。

 どうせ俺には才能なんてない。

 努力で才能の差が埋まるなら、とっくの昔に埋めている。

 それでも手を動かすのは、こんなにも自分は努力しているんだと、そう思い込んで現実から目を逸らしたいだけだ。


 気が付くと符を握る指先が震えていた。力を込めすぎて、紙が破れている。


「……何やってんだ、俺」


 そう呟いて、クシャクシャになった符をポケットに突っ込んで立ち上がる。

 そして帰路に着こうとした──その時だった。


 街の方から、けたたましい爆発音が響いた。

 建物が震え、夜空が赤く染まる。続いて鳴り響いたのは、霊災発生を知らせる警報。


 遠くで誰かの悲鳴が聞こえた。

 気づけば、手が勝手に腰の刀へ伸びていた。

 逃げろと理性が叫ぶのに、足が動かない。


 暗がりの向こうから、重い足音が響く。

 月明かりに照らされたのは、獣と人のあいの子のような妖だった。

 濁った目が俺を見据え、涎を垂らして牙を剥く。


「嘘だろ……なんで、こんな突然……っ!」


 呼吸が浅くなる。

 それでも、鞘に収めていた刀を抜いた。

 護りたいとか、倒したいとかじゃない。

 ただ、この瞬間だけは背を向けたら死ぬと、本能で悟ったのだ。


 妖が咆哮し、地を割る勢いで飛びかかってくる。

 反射的に刀を構えた。衝撃が腕を通じて肩まで走る。火花が散り、重みが腕を押し潰す。


「うっ……!」


 一撃は受けた。だが、あまりの衝撃にボールのように弾き飛ばされてしまう。

 視界が回転し、背中がアスファルトを滑る。

 手の中で、刀が鈍い音を立てて折れた。

 派手に背を打ち付けて、息ができない。体が言うことを聞かない。


 ──死ぬ。

 その言葉が、初めて現実味を帯びた。

 妖が爪を振り上げる。


 刹那。


 風が、止まった。

 次の瞬間、視界を覆ったのは一面の白。

 凍てつく風が吹き荒れ、妖の動きが一瞬で凍りつく。

 粉雪のような氷片が舞い、夜気が透き通っていく。


 そこに立っていたのは、一人の少女。

 白銀の髪が揺れ、月光に照らされて淡く光る。

 青い瞳は、冷たくも澄んでいた。

 その姿に、一瞬息を呑む。


 彼女の髪と瞳の色、そしてこの規格外の氷結の霊術を知らない祓魔師はいない。


『氷姫』──白刃 凛しらは りん

 最強の祓魔師と名高い、一級祓魔師の一人。


 彼女は淡々と刀を振るい、凍りついた妖を粉々に砕いた。

 それだけで、空気が一変する。


「怪我は?」


 氷姫が尻もちをついた俺に視線を向けてくる。

 その声は冷たく、しかし不思議と落ち着く響きをしていた。


「ない、です」


「そう。この辺りの妖は一掃したけれど、念のため、街から離れるように逃げて」


 短くそう告げると、氷姫はすぐに視線を巡らせた。

 凍りついた街路樹、崩れた建物、その先にまだ戦場があるのだろう。

 使命を果たす者の目だった。俺の存在なんて、ただの通行人と同じ。


 それでも、喉の奥から勝手に言葉が漏れた。


「……あの、俺に……何かできることは……?」


 声が震えていた。情けないほどに。

 彼女はわずかに足を止め、振り返る。氷の瞳が、まっすぐ俺を射抜いた。


「今のあなたにできるのは、ここから逃げることだけよ」


 それだけを言い残し、再び背を向ける。氷の靴音が、夜の静寂に溶けていった。

 残されたのは、凍った大地と、俺だけ。風が戻り、粉雪が散る。

 折れた刀を握りしめ、唇を噛んだ。


「……そうだよな」


 俺が居たところで何も出来ない。足でまといになるだけだ。

 悔しいけど、俺には逃げることしか出来ない。


「くそっ」


 俺は夜の街を駆け抜けた。

 氷姫の通った跡は、所々が凍りつき、建物の外壁には霜の花が咲いている。


 街の方へ振り返れば氷の柱が次々と街を貫き、瓦礫が空を舞っていた。遠くでは咆哮と爆音が交錯し、氷姫の戦いはなおも続いているのだろう。

 その余波だけで建物の壁が砕け、夜の街はまるで戦場のようだった。

 俺は息を荒げながら、崩れた路地を縫うように走る。


 ──逃げろ。今の自分にできるのは、それだけだ。


 氷姫に言われた言葉を、何度も頭の中で繰り返す。


 だが、その時だった。


 倒壊した家屋の陰に、黒い影が沈んでいた。

 それが人の形をしていると気づいたのは、血の匂いが鼻を刺した瞬間だった。

 地面に倒れた少女──銀に近い髪が黒い短刀の上に垂れ、血が刃を濡らしている。


「おい、大丈夫か……!」


 駆け寄ると、少女の瞼が微かに開く。

 その瞳は金色に輝き、獣のような光を宿していた。

 瞬間、黒い靄が立ちのぼり、俺の喉元に短刀が突きつけられる。


「……触るでない、人の子」


 少女の口調は幼く、しかしどこか老成した響きを帯びていた。

 そして、銀の髪を掻き分けて、三角の狐の耳が姿を見せる。


「妖……なのか」


「そうじゃ。……お主、祓魔師であろう。殺るならばはようせい」


 彼女の体は、既に限界だった。胸元の裂傷から血が流れ、黒い靄が漏れている。

 俺が何かしなくても、この妖は勝手に消えるだろう。


「俺は……祓魔師じゃない。霊力がないからな」


「ふん、人の言うことなど信じぬ」


 少女の金の瞳がわずかに揺れた。

 血を吐くようにして笑いが漏れる。


「……愚か者じゃな。儂を構っておったせいで──お主も死ぬぞ?」


 少女の睫毛がわずかに震えた。遠くから地鳴りが響く。

 闇の奥に、異形の群れ。黒い爪と牙を光らせながら、妖たちが迫ってきていた。


 だめだ。俺の足じゃ逃げきれない。


「……儂も、お主も、ここで終いか」


 小さく呟いた声には、疲れと悔しさが滲んでいた。


 俺は折れた刀を構えた。

 無謀だと分かっている。

 それでも、何もせずに終わるのだけは嫌だった。


「……馬鹿者め」


 少女の瞳が細められた。


「……人の子よ。この現状に、なお抗いたいと思うか?」


 黒い血を滴らせながら、少女が聞いてくる。


「……当たり前だろ。俺だって、出来れば死にたくはない」


 だってこのまま消えたら、俺は何のために生まれたのかさえ分からないままだから。


 少女は短く息を吐き、わずかに目を細める。


「本来なら、人間など救う価値もないが……」


 微かな呟きが、夜に溶けた。

 そして、金の瞳が静かに光を帯びる。


「仕方あるまい。癪だが、手段を選んでおる場合ではないしの」


 その瞬間、短刀が脈動した。

 黒い靄が立ち昇り、地面を這うように紋を描く。

 闇の文様が円を成し、空気がひずむ。


「聞け、人の子。儂は『黒刃の王』──夜を統べ、魂を喰らう者」


 名乗りとともに、世界が震えたようだった。

 咆哮が掻き消え、月光さえ黒に呑まれていく。


「その命と未来、儂が預かろう」


「な、にを──」


 言葉より早く、少女は短刀を胸に突き立てた。

 黒い血が弾け、刃紋が脈動する。

 同時に胸を焼く痛みが走り、視界が白く滲む。


「契約は、ここに刻まれた」


 足元の陣が光を放ち、闇が爆ぜる。


「──儂と共に在れ、人の子。代償は、お主の未来」


 光と闇が溶け合い、世界が崩れていく。

 最後に残ったのは、金色の瞳だけだった。


「抗うと決めたのはお主じゃ。……忘れるでない」


 音が消え、世界が反転する。

 白が夜を呑み、俺の意識は光に呑まれて消えていった。



 ◆ ◇ ◆ ◇



 目を開けると、天井の木目がいつもより高く感じた。

 手を伸ばして顔に触れる。柔らかい頬、まだあどけなさの残る小さな手。


 ──身体が、子供の頃に戻っている?


 夢か幻か。確かめるために、ベッド脇の机に目をやった。

 そこには、まだ破れていない新しい符と、幼い自分の文字で書かれた日記が置かれている。

 次に目を落としたのは、カレンダー。壁に貼られた紙には、十三年前の五月が示されている。


「ふむ。やっと起きたか」


 聞き覚えのある声に、胸の奥が跳ねた。

 俺はゆっくりと振り向く。


 黒い和服、銀の髪、金の瞳。昨夜、あの闇の中で見た少女が、そこにいた。

 瞳は無表情のまま、口元だけがわずかに笑う。


「混乱しておるのう。なぁに、簡単なことじゃ」


 少女は指先で髪を弄びながら、静かに告げた。


「お主は──あの夜から十三年前へと、回帰したのじゃ」

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