第二話 ドラ猫、「魔王」と名付けられる。
朝、目が覚めた時。
ワイは、見たこともない天井を見上げていた。
……どこや、ここ。
体を動かそうとした瞬間、全身に鈍い痛みが走る。
気づけば、体中に包帯みたいなもんまで巻かれていた。
ああ、そうや。
昨日――人間の女に拾われたんやったな。
「起きた!」
パタパタと足音が近づいてくる。
覗き込んできたのは、あの女やった。
昨日ワイを抱き上げた人間。
真っ白で細い脚。
肩にかかった少し茶色い髪。
ふわふわでミルクみたいな甘い香りのする女。
「よかったぁ……生きてる」
満面の笑みや。
……なんやその顔。
そんな嬉しそうにすることか?
「
別の声がした。
ガラッと襖が開いて、もう一人入ってくる。
短い髪。
日焼けした肌。
いかにも運動部って感じの女やな。
「おー、生きてるじゃん」
しゃがみ込んで、ワイを覗き込む。
「あはは、コイツ……めちゃくちゃ悪そうな顔してるな」
……なんやとコラ。
すると、もう一人。
「
最後に入ってきた女は、少し落ち着いた雰囲気やった。
ふわりと長い髪。
柔らかい匂い。
なんや、妙に安心する感じの女や。
三人の女が、ワイを覗き込む。
「ねえ、この子の名前どうする?」
長い髪の女が言った。
「んっ……茶色っぽいし、黒と白が混じってるし……ミケ?」
「安直すぎるだろ、
短髪の女――
すると、最初にワイを拾った女――
「それじゃあ、この子の名前――魔王にしようよ!」
……は?
「よろしくね、マオマオ!」
桜花と椿季が、同時に吹き出した。
「とんでもない名前きたね〜!」
「ひまり、お前のセンスどうなってんだよ」
三人で大笑いしとる。
ワイは布団の上で動けず、それを黙って聞いていた。
(……こいつら、なに人の名前で盛り上がっとんねん。
ワイは嫌やからな、そんなけったいな名前)
けど結局、それからずっと。
ワイは「マオマオ」と呼ばれるようになった。
🐈 🐈 🐈
星野家。
それが、この三姉妹の家の名前らしい。
二階建ての古い木の家。
外から見れば、かなりのボロ屋や。
けど中は綺麗に掃除されていて、なんや落ち着く匂いがする。
縁側の外には小さな庭。
花壇にはチューリップやスミレ。
真ん中には、大きな八重桜の木。
そんで朝になると、隣の爺さんと婆さんがよく声をかけてくる家や。
「ひまりちゃん、今日も学校かい?」
「つばきちゃん、剣道の試合はどうだった?」
「おうかちゃん、今日も夜遅くまで仕事かい?」
「なんだい、その人相の悪い猫は?ひまりちゃん、また拾ってきたのかい?」
……なんやとコラ。
とはいえ、話しかけてくるのは……どうでもいい内容ばかりや。
まるで孫を見るみたいな目やしな。
この家がある
微かな桜の香り。
カモメの鳴き声。
お日さまの温もり。
なんちゅーか、不思議な場所や。
世知辛い時代やのに、「人情」なんちゅー化石がまだ生き残っとる。
まるで時代の流れから取り残されたような、のんびりした下町やった。
ワイが生きてきた大きな街とは、ぜんぜん雰囲気が違う。
それから数日。
ワイの怪我も、だいぶマシになってきた。
だから――
夜中。
誰も寝静まった頃を見計らって、ワイはそっと家を出た。
ドラ猫が人間の家で暮らすなんて、ありえん話や。
ここはワイの居場所ちゃう。
それに……世話になるなんて性に合わん。
そう思ったんや。
けど。
数歩歩いたところで、体がぐらりと揺れた。
……あかん。
まだ治っとらん。
そのまま裏路地で立ち尽くしていると。
「……マオマオ?」
声がした。
振り向くと、陽葵が立っていた。
「どこか行くの……?」
ワイは何も言わん。
言えるわけもない。
猫やし。
すると陽葵は、しゃがみ込んでワイを抱き上げた。
「……ダメだよ。まだ怪我してるのに」
そして、そのまま家に連れ戻された。
その夜。
ワイは陽葵の布団の中で寝ることになった。
……なんやこの状況。
人間と一緒に寝るなんて、生まれて初めてや。
けど、夜中。
「……いや……」
となりの陽葵が、うなされ始めた。
顔をしかめて、ぽろぽろ涙を流している。
「……もう……」
小さな声で、寝言を言う。
「もう誰も……いなくならないで……」
ワイは、じっとその顔を見た。
なんやこの女。
寝ながら泣いとるんか……。
……。
ワイは小さく息を吐いた。
……この家、ちょっとだけ気に入っとるしな。
しゃーない。
もう少しだけ――
ここに居てやるか。
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