AI調停官 飛騨亞鈴

坂崎文明

第1話 AI小説ランキング1位事件

「AI調停官  飛騨亞鈴ひだあれい ? 飛騨君の姪っ子? 同姓同名? でも、性が違うのか? 科学技術省所属? 科学技術庁って、文部科学省に統合されたたはずなのに独立したの? 人工知能A I小説ランキング1位事件? ヨムカク? しかし、情報量が多いわね」


 神楽舞かぐらまい飛騨亞鈴ひだあれいという二十代前半の栗毛のちょっとしたメガネ美少女が差し出した名刺をみて、そういう感想を吐いた。

 神楽舞かぐらまいはショートカットのピンク色の髪で、ブラウンのスーツにパンツルックというなかなか派手な見た目をしていた。

 とても四十代に見えない溌溂はつらつとした容姿をしている。


飛騨亜礼ひだあれい叔父さんから、神楽舞かぐらまいさんのことは色々と伺っておりますが、今回、ネット小説サイト<ヨムカク>で起こった『AI小説ランキング1位事件』の調査で色々と聞かせてもらいたい事がありまして」


 飛騨亞鈴ひだあれいは紺のスーツとスカートの上下というビジネス風の服装だが、科学技術省から派遣された『AI調停官』というのが正式な役職である。

 音楽や動画などの生成AIが社会に浸透していく現代社会において、様々な未知のトラブルが発生していた。

 それに対応するために、文部科学省から科学技術部門を分離し、科学技術省に格上げし予算なども大幅に増額した。

 科学技術省にはAIに関する大幅な調査捜査権限を与え、AI社会へのスムーズな移行を促進するというのが『AI調停官』の役目である。

 

「……あのさあ、 飛騨亞鈴ひだあれいさん、何となく状況は分かるんだけど、『AI小説ランキング1位事件』が発生したのはネット小説投稿サイト<ヨムカク>でしょう? 何でそのライバルの小説投稿サイト<作家でたまごご飯>の運営の私の所に来るのよ?」


 ここはネット小説投稿サイト<作家でたまごご飯>の京都の運営事務所兼本社ビルだった。

 当然の疑問である。

 もちろん、答えは用意してある。

 というか、こういう性格の人には素直に正直に気持ちを伝えた方が協力してくれるはずだ。


「それは、亜礼あれい叔父さんが神楽舞さんに頼めば、小説投稿サイト業界のアレコレを全て教えてくれる。最も頼りになる人だと絶賛してたんです! 私、まだ新米だし、自信がなくて、舞さんだけが頼りなんです!」


 と、目を少しうるうるさせながら、泣き落としで懇願こんがんしてみた。

 

「そうなの! 飛騨君がそんな事を言ってたの? それは仕方ないわね。私に任せなさい。何でも訊いてOKよ」


 単純だが、本当に頼もしい女性である。

 少し好きになった。


「どうぞ、ミルクコーヒーですが、ゆっくりしていって下さいね」


 亞鈴あれいのテーブルに温かいミルクコーヒーが置かれた。

 お茶菓子の抹茶の葛餅くずもちも添えられている。

 彼女は織田めぐみ。

 黒髪のショートカットで京都美人という雰囲気で、青色のスーツとスカート姿である。

 この小説投稿サイト<作家でたまごご飯>の運営統括兼『たまご出版』の編集長である。

 <作家でたまごご飯>は元々、ネットで大人気になった異世界転生小説の驚異的なPVの広告収入で運営されていた。

 本の出版自体はネット兼リアル出版社の<メガロポリス>、大手出版社『KAWAKAMI』などが母体の小説投稿サイト<ヨムカク>などの大小の出版社が担っていたが、業界のPV数に応じた広告収益を作者に還元する流れから、<作家でたまごご飯>としても新たな収入源を確保する必要が出て来た。

 そこで大手出版社などから元編集経験者を募集して、『たまご出版』という出版部門を立ち上げた。 

 実は神楽舞は<作家でたまごご飯>では総監督という謎の役職なのだが、元伝説的な運営統括であり、つまりは名誉職みたいなものだった。

 運営統括でありながら、趣味で投稿していたネット小説の『お嬢様は悪役令嬢』シリーズが大ヒットし、小説家として大成功してしまい、今では左団扇ひだりうちわである。

 が、業界の人脈などが豊富で何かと営業などで活躍している。

 『たまご出版』の元編集経験者のほんとんどが神楽舞人脈だという。


「やっぱり、このミルクコーヒー美味しいですね」


 亞鈴あれいはほっと一息ついた。

 お茶菓子の抹茶葛餅くずもちも添えられていた。

 思わず笑顔になってしまう。

 これがインスタトコーヒーとミルクの黄金比率でれられた、亜礼叔父さんが言っていた『伝説のミルクコーヒー』かと納得した。

 織田めぐみがアルバイトしていた某名古屋の有名喫茶店で教えてもらったレシピらしいが、噂どおり、本当に美味しいミルクコーヒーだ。

 織田めぐみの実家が茶道の家元であるのも関係してるかもしれないが。


「ありがとうございます。喜んでくれて、なによりです」


 織田めぐみはそのまま神楽舞の横の応接ソファーに座った。


「ところで、 飛騨亞鈴ひだあれいさんは今回の事件をどう見ていますか? <作家でたまごご飯>では文章生成AIでポン出しした小説の投稿を、基本、禁止させてもらっています。ちゃんと人間が手を入れて改稿された小説には掲載許可を出す場合もあります。ただ、今回のような、1日に39作品、117話、約29万字分を更新するような作者はアカウントBAN処分が妥当です。この行為はAIを適切に使用した創作ではなく、ただの大量投稿によるPVによる収益狙いの悪質な行為でしかありません。私は創作にAIを使用する事を否定はしませんが、小説ランキングにAI小説を大量に投稿するような作者を真っ当な人間とは思えません。そんなことは、それこそAIに選別させればいい事でただの迷惑行為です。事実、小説投稿サイト<メガロポリス>の月間新人賞ランキングではそういう作者は追放処分になっています。この<作家でたまごご飯>ではAI小説の投稿をかなり制限しています。ランキングもAI作品を別にしていて、投稿時にAIの使用の程度の入力欄を設けて選別しています。正直、今回のような事をやる作者は決して賢いとは言えません。だって、AIで作品を更新してる作者は好感度や信頼度が下がるし、例え、自分で書いてると主張しても、どうせAIに書かせてると一生言われるし、その末路は小説家としての破滅、業界からの永久追放しかありません。ただ、AI小説の可能性については否定しません。だから、読者が望むなら、AI小説の掲載を一部、認めてますし、今回の事件の本質はAI小説の大量投稿によるランキング荒しの迷惑行為です。AIとは何の関係もない話です」


「結論、ほぼ、出ちゃいましたね」


 亞鈴あれいは思わず笑う。

 それにしても熱い人だ、織田めぐみ。

 織田信長の子孫だとか聞いたけど。


「それで、亞鈴あれいちゃん的にはどうなの?」


 今度は神楽舞が興味深々で訊いてきた。


「私の役割は今回のような事件が起きた時に、事態を把握しつつ、穏便に予想されるトラブルを未然に防止する事です。例えば、今回の投稿者が未来を嘆いて自殺するとか。実は事前に『ヨムカク』にも連絡して、アカウントBANなどのきつい処分は控えて貰ってます」


「え!?」


 神楽舞と織田めぐみが目を丸くして驚いている。


「すでに、捜査員が動いて彼女の住所を特定、監視しています。今回の投稿者は女子高生らしいので、どこかのビルの屋上から飛び降り自殺でもされたら困ります。そうなったら、AI行政全般を統括してる科学技術省はどうなると思いますか? 女子高生の両親が涙を流す姿をテレビで流され、世間とマスコミから総攻撃されて、文部省からはやっぱり文部科学省に戻すべきだと言われるだろうし、石田三成科学技術大臣は辞任という、ろくでもない未来しか見えません。私も職を失うでしょうし」


「……はあ、大変ねえ、亞鈴あれいちゃんも」 


 神楽舞が同情してくれた。

 ちょっと嬉しい。


「AI調停官と言っても、確かにAI犯罪に限定しての捜査権限は付与されていて、捜査員もいます。『マトリ』、麻薬捜査官と少し似ています。ただ、あくまで『穏便に予想されるトラブルを未然に防止する』のが役目です」


 亞鈴あれいも入省して日が浅いのに、こんな厄介な部署に配属されるのは運が悪いと思っている。


「でも、あなたしか出来ない仕事でしょう。亞鈴あれいちゃん、未来が見えたりするの?」


「たまに、少しだけ見えます。亜礼あれい叔父さんほどではないです」


 飛騨家の故郷の岐阜県高山市丹生川村にある大丹生池は、大蛇が棲んでいたという伝説も残る。

 かつてはそこで雨乞いの儀式も行われていたというが、亞鈴あれいも両親や村の住人と一緒に池に映った太陽を眺めるという『日抱ひだきの御魂鎮みたましずめ』という行事を記憶している。

 湖面に映る太陽の光をみつめて、しばらくしてから目を閉じるとまぶたの裏に様々な映像が浮かんだ。

 それは遠い過去のものだったり、未来の映像だったりした。

 飛騨家の分家は多数あるが、その当主は先祖から継いだ『あれい』という名前を引き継ぐ習わしになっている。

 当主は未来視の能力が強い者がなるという。


 その時、亞鈴あれいのスマホの着信音が鳴った。 


「どうしたの?」


 神楽舞が心配そうに尋ねてきた。


「……11月2日、一日で120作品更新。18万文字の投稿が<ヨムカク>で確認されたようです」


 亞鈴あれいは力なく言った。

 肩を落とす。

 

「それ、<メガロポリス>の月間新人賞で暴れた男かも。<ヨムカク>に引っ越しすると言ってた」


 織田めぐみが指摘する。


 AIの力を自分の才能への絶望や無力を補うために使用する人々は、これからどんどん出て来るだろう。

 さて、どうしたものか。

 事態は臨界点を超えつつある。

 そろそろ何らかの手を打つ必要がある。







(あとがき)


複垢調査官 飛騨亜礼 - カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/4852201425154917720


縄文夢通信と『日抱き』の御魂鎮め、レイラインと古代人の超能力開発法

https://ncode.syosetu.com/n8874cg/14/


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