終章 海に還る

――逃げるためではなく、生きるために。


季節が巡り、あれから半年が経過していた。

人類の短命化は拡大し、混乱は続いていたが、

人々は徐々に、自分たちの意思で未来を決めはじめていた。

短命化を受け入れる者、機械への置換に可能性を見出す者。


夜、透香は再び夢を見た。


白い海が広がり、

透香の身体は光の粒に溶け、波の中を漂っていた。

周囲に漂う無数の光、

その中に、透香は朱莉の気配を感じた。


「透香。」


光の中から、声がした。

その声は柔らかく、包みこまれる様だった。


「……朱莉。

あなたの声は、どこから届いているの?」


「世界のすべてから。

あなたが関わった場所のすべて、といった方が良いかも。」


意識を澄ますと

白い海のうえに朱莉の気配を感じた。


「……朱莉、あなたはまだここにいるの?」


「私は変わり始めただけ。

あなたが残した光として、いまも世界を歩いている。」


透香は目を閉じた。

「私も、もうすぐそちらへ行くのかもしれない。」


朱莉が笑った気がした。

「もしも、あなたがそれを選ぶならね。」


透香は静かに頷いた。

頬をなでる光が優しく暖かかった。

「ありがとう、朱莉。

あの時、戻さないことを選んで良かった。」


朱莉の気配が、白い海の中へ溶け込んでいった。

無数の輝きの中に感じた気配は、

機械化の始まりとして生き続ける朱莉の意志だったのだろうか。


「――また迷ったら、ここに会いに来るね。」


そう呟いて、そっと、透香は目を開けた。


(終)

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第三の世界 @rhyolite

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