第12話ドラゴン化
レノヴァ王女がすっと立ち上がり、こちらに向き直った。
その仕草はどこか儀式めいていて、自然と背筋が伸びる。
王女は胸に手を当て、ゆっくりと口を開いた。
「ここに来たのは、あなたに結婚を申し込むため――それと、もう一つ。
私の体に起きた“変化”を見てもらいたくて」
「変化……?」
俺が眉をひそめると、レノヴァは右手を持ち上げ、手のひらをこちらに向けた。
次の瞬間、その白い肌がみるみる黒い鱗に覆われていく。
まるで――ドラゴンの手のように。
「なっ……! それは――」
「力も、以前とは比べものになりません。十倍、いえ、百倍ほど強くなったような感覚があります」
王女は涼しい顔でそう言いながら、ゆっくりと手を戻した。
鱗は溶けるように消え、元の人間の手に戻る。
「これが、ほんの一部です。本気を出せば、全身をドラゴンに変えることもできます。
ですが、これが呪いの影響なのか、それともあなたの魔法の結果なのか……確かめたくて」
俺は思わず息を呑んだ。
レノヴァの体を覆っていた黒龍の呪い――それを解くために使った、俺の【完全回帰】の魔法。
まさか、こんな副作用が出ていたとは。
「……わかった。とりあえず、俺の能力で再診してみよう」
手をかざし、魔力を流す。
だが――反応がない。
いつも聞こえる“ノイズ”が、まるで存在しなかった。
「……おかしい。ノイズがない。
明らかに体が変化してるのに、俺の能力が何も検出できない」
俺の能力は、肉体や魔力構造を“最適化”するもの。
欠損や歪みを修正し、存在として最も望ましい状態に整える――はずだ。
「……いや、まさか……」
「なんでしょうか?」
「これは仮説だけど……もしかして、俺の能力が“呪いに侵食された”君の肉体を最適化した結果、
“ドラゴン化”が最適解だと判断したのかもしれない」
「……つまり、今の私の体は――あなたの魔法が導き出した“最適”?」
「たぶん、そうだ。体に悪影響は出てないし、力も増している。
だからこそ、ノイズが拾えない。すでに――完全な状態なんだ」
胸の奥が痛んだ。
彼女を普通の人間に戻したかった。
それなのに――結果は、半分ドラゴンの存在だ。
「……呪いに縛られていない今、俺の魔法はもう無力だ。
“治す”必要がないんだ。すまない、レノヴァ王女。
普通の体に戻したつもりが、結果的に――とんでもない体にしてしまった」
俺が自責の念に駆られながら言うと、レノヴァは一瞬ぽかんとした顔をして言った。
「そうですか」
「……え? 怒ってないのか?」
「怒っているなんてとんでもないです!」
王女は慌てて両手を振り、そして真剣な眼差しで言った。
「私は感謝しているんです。この命を救ってくれたこと、国を救ってくれたこと。
それにこの体、何かと便利なんですよ」
「便利……?」
「はい! たとえばここに来るときも、翼を生やして飛んできたんです」
「……飛んできた!?」
「ええ、最初は風に流されましたけど、慣れれば快適ですよ」
にこやかに笑うレノヴァ。
まるでドラゴンの力を“新しい交通手段”か何かのように言う。
隣でリゼットが冷ややかに呟いた。
「……あの人、本当に王女なんですか?」
「……さあな」
⸻
翌朝。
診療所の隣に――巨大な屋敷が建っていた。
「……は?」
昨日まで更地だった場所に、白亜の屋敷。
門には豪華な紋章、庭には噴水。
悪い予感しかしない。
いや、もう予感じゃない。確信だ。
恐る恐る玄関を叩くと、すぐに扉が開いた。
そこにいたのは――やっぱり。
「おはようございます、勇者様♡」
レノヴァ王女が微笑んでいた。
「……なんでいるんだよ。」
「あら? 通院に便利じゃないかと思って立てたんです。
まさか、治した後は放置するおつもりでした? 勇者様はそんな薄情な方なんですか?」
「ぐっ……!」
「翼を使えば、資材の運搬も一瞬ですから♪」
「ドヤ顔で言うな!」
「……ずっと一緒にいましょうね、カイル様」
その笑顔が怖い。純粋に怖い。
⸻
次の日の朝の診療所の食卓。
地獄の開幕だった。
「ねぇ、なんでレノヴァ王女が朝食を作ってるんですか?」
リゼットがじと目で言う。
「あら奥様、おはようございます」
「奥様って誰のこと!?」
「そんなの決まってるじゃないですか。カイル様の一番近くにいるあなたですよ」
「え、いや……そ、そんな……へへ……そんなに見えるかな、私……?」
「見えます見えます。最初に見たとき、“なんてお似合いの夫婦なんだろう”って思いましたもん」
「え!? そ、そんな、まずいっすよぉぉ……!」
スライムのように柔らかくなり照れて湯気を出すリゼット。
俺は額を押さえる。
「なんか……扱い方が手慣れてきてないか?」
⸻
レノヴァが隣に越してから3日が過ぎた、
朝
診療所の玄関先に一通の封書が届いた。
封蝋には、レノヴァ王家の紋章。
「……王女様からだ」
リゼットが冷ややかに言う
「何の用だろうな」
「お茶会のお誘いだそうです」
「お茶会? ……高い茶菓子が出るなら喜んで行くけど」
カイルは軽口を叩きながら薬草を調合している。
リゼットにギロリと睨まれる
「行くのですね」
「うん、まぁ……貴族の菓子なんて滅多に食えないしな」
「……そうですか。お気をつけて」
興味なさそうにしかしわずかに冷たい声。
そして午後。
隣の屋敷の庭園は、薔薇と香水の香りで満ちていた。
白いテーブルクロスの上には銀食器と色とりどりの菓子。
まるで絵画のような光景――ただし、待っていたのは華やかな令嬢たちではなく。
「ようこそ、カイル様、お茶の準備ができていますよ」
微笑むレノヴァ王女と、その隣で不機嫌そうに腕を組むリゼット。
「……あれ、リゼット? なんでここに?」
「あなたが何をされるのか、監視のために来ました」
「監視って言い方やめよう?」
レノヴァは上機嫌に紅茶を注ぎながら、二人の間に不穏な空気を漂わせた。
――高い茶菓子の代償は、どうやら胃が痛くなる午後らしい。
「ところで、リゼットさん。お二人はどこまで進んだんですか?」
「……へ?」
「どこまで済んだって……何の話ですか?」
「そんなの、決まってるじゃないですか。恋人がすることですよ?」
「ぶはっ!? おまっ、王女殿下っっ!?」
紅茶を噴く俺をよそに、リゼットの顔が真っ赤になる。
「こ、恋人が……すること……? な、な、なにを……?」
レノヴァはふわりと身を寄せ、耳元で囁いた。
「――こういうこと、です♡」
ぽそり。
その瞬間――
「~~~~っっっ!?!?!?」
リゼットの顔がボッと赤くなり、頭の上からシューッと湯気が噴き出した。
完全にオーバーヒートだ。
「ちょ、ちょっと! 一体何を教えたんですかレノヴァ王女!!
「え? ただ“恋人がどう愛を確かめ合うか”を教えただけですけど」
俺は胃がキリキリなるのを感じながら静かに紅茶をすすっていた
この度は『ただ回』をご愛読いただき、心より感謝申し上げます!
【自撮り少女と風景写真】も公開中です!高校生のカメラについてのお話で楽しめる、美しいと醜いをテーマにした物語です。ぜひ私のユーザーページから、次の物語も覗いていただけると嬉しいです!
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