第25話 込める魂・作られた笑顔の崩壊
翌日、放課後。秘密の作戦会議で入念に準備を整えた菫を連れて、文芸部室へと向かった。
『孤独なプリンセス』を救うため、『強引な騎士』と『献身的な巫女』が、再び城を訪れたという心境。一生懸命、素敵な作品に力を注いでいる部長の、力になりたい。
コンコンとノックをして扉を開けると、苺部長はやはり、あの『悪役令嬢の再起』の原稿に向かい、どこか元気のない静けさを纏っていた。そのクールな美貌は健在だが、纏う空気が疲労を物語っている。
「何? 二人とも」
苺部長は、顔を上げ、少しだけ作られたような薄い笑顔を浮かべた。
俺は、ごくりと息をのみ一歩前に進み出た。
「部長、『悪役令嬢の再起』、そして『コールド・スリープ・プリンセス』、すべて読ませていただきました」
「そう。ありがとう」
俺は静かに、しかし力を込めてそう告げる。
苺部長は、少し驚いた様子で頷いたが、すぐに視線をキーボードに戻そうとする。
「待ってください、部長」
俺は、彼女の作業を遮るように、まっすぐ部長の瞳を見つめた。俺の想いを、伝えよう。
「部長は、わかってないかもしれないですけど、あの『悪役令嬢の再起』は、ただの『ウケ』狙いのコメディじゃない。ものすごい小説ですよ」
苺部長は俺の力強い言葉に、ついに手を止めた。目を大きく見開き、こっちを見る。
「……よかった、というのならそれでいいわ。人気が出ているのは事実だから」
「人気が出ている理由ですよ、部長」
俺は、身を乗り出した。
「あの小説は、令嬢ものに出てくる『公爵』『伯爵』といった貴族用語の使い分けが完璧で、少しも違和感がない。さらに畑の描写や、土壌の毒性に関する知識に至るまで、農業の専門書を読み込んだことがわかる」
俺は畳みかけるように続けた。
「そして、令嬢の孤独。その友人の女の子の令嬢への献身的な心理描写。その全てが、ただのジャンル小説の枠を超えて本物の『文学』になっている。すごいです、部長。あの膨大な知識量と、中世の生活様式を相当勉強しましたよね?」
俺の言葉を聞きながら、苺部長のクールな表情がわずかに揺らぎ始める。
「……書くなら、半端なものは書けないから。その世界で生きる人間の『真実』を描かなければ、読者を裏切ることになる。だから少しだけ資料を」
苺部長は、恥ずかしそうに視線を逸らした。その仕草は、完璧な知識と美しさを誇る苺部長の、知られざる努力の証明だった。そんな部長の、力になりたい。
「そこですよ、部長」
俺は、さらに強く言った。俺の感情を伝えよう。
「え?」
「その『真実を描くための努力』。その一つ一つに、苺部長の『全部』がこもっているんです。だから、令嬢ものというジャンルを超えて、読者は部長の『本気』に惹かれているんだと思います」
俺の言葉を聞いた苺部長の目元が、一気に緩んだ。彼女は静かに、しかし深く感動した様子で、小さく笑った。優しい微笑み。
「あ、ありがとう。そこまで見てくれているなんて、思わなかったわ」
その笑顔は、これまでの『作られた笑顔』ではなく、心の底から湧き出た、本物の喜びを湛えていた。その優しく、美しい笑顔を見ただけで、俺も胸が熱くなった。
ここで満を持して、隣に控えていた『献身的な巫女』である菫が、口を開いた。
菫は、フリル袖のニットを胸元でキュッと握りしめ、愛おしさと真剣さが混じった瞳で、苺部長を見つめた。
「私、知ってますから、部長」
「菫……」
「部長が読者に少しでも喜んでもらえるよう、一人で夜遅くまで悩んでプロットを作ったり、登場人物の名前にも意味があるように、何時間も調べて考えたりしているのを、ずっと知ってました」
菫はそう告げると、そっと苺部長の手元にあるメモ帳を指差した。そこには、びっしりと貴族の名前の語源や、中世の風習に関する走り書きが書かれている。
「部長は、誰よりも真面目で、誰よりも優しい人です。だから、読者を裏切らないために、『素敵な作品』を作ろうと、自分を押し殺していたんですよね」
苺部長は、菫の献身的な証言と純粋な信頼に、ついに目元を潤ませた。
「菫……ありがとう。私、そんな風に見てくれている人がいるなんて、全然気づかなかったわ」
彼女は、優しさに満ちた、本物の笑顔を浮かべた。その笑顔は、クールな美貌が一瞬にして柔らかな魅力に変わる、最高の輝きだった。
「私、自分の書いた作品を、もっと自信を持って愛してあげるべきだったわね」
苺部長は、そう言って深く頷いた。彼女は、自分自身が持っていた『本物の情熱』を、取り戻したのだ。
俺と菫は顔を見合わせ、『騎士の任務』が無事成功したことを確認し合った。しかし、俺の『強引な騎士』としての任務は、まだ終わっていなかった。
「部長。じゃあ、その『知識量』と『情熱』で書かれた、『コールド・スリープ・プリンセス』。次は、これを、最高の形で世に出しましょう」
俺は、クールな知性を取り戻した苺部長に、宣戦布告のような、次なる提案をした。
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