彼女の仇はカルヴァドス。吸血鬼でした
煙芸春巡
第1話
古都標準時間23:15分、つまり夜の11時。
私の名前は
今いる場所場所は新帝都東京23区内、正確には歌舞伎町付近の路地裏。
まぁ今はそんな事はどうでも良い。
今重要なのは事は私はクソみたいな満月の夜にクソみたいなネオンライトに囲まれた街のクソみたいな場所でクソみてぇなナンパに絡まれている真っ最中って事。
なんでこんな輩に絡まれないといけないのだろうか。
思わず罵倒とも愚痴とも取れる言葉が口から溢れ落ちる。
「*スラング*」
「お姉さんさぁ、そんな汚い言葉言ってないでオレと飲もうよ〜、もーちょー美人じゃんか、オレも一目惚れっていうかさぁ」
私をナンパしているこのクソみたいな男は、香水の様に繊細で、フルーツの芳香をも思わせる、そんな頭に直接絡みつく様な甘ったるくて情動的な匂いをプンプンさせている。
それこそ多数のヒューマンを魅了するために作られた様な、一種のフェロモンみたいな鼻に残る匂いだ。
さて、ここでとある生き物の判別法を教えよう。
どんな生き物かって?
それは簡単、人の血を吸うクソみたいなバケモノ共、俗にいう
といっても昔の映画からつけられた名前らしいが、まぁどうでも良い。
兎に角、そいつらの見分け方は大まかに2つある。
1つは鏡に映らないって事。
何でかは知らないが鏡の目の前に立ってもそこに姿は映らない。
これは手鏡とか破片でも変わらない。
取り敢えず密室何かで鏡に映らない奴がいたら逃げた方がいい。まぁ、その時は手遅れかもだけど。
2つ目はこれも簡単。
つまり歯型だ、アイツらは何でかしらないがとにかく血を吸う為に牙が伸びるらしい。
何故か人から吸血鬼に成った奴らも牙が伸びる。
遺伝子が作り変わるだとか何だとか、まぁクソ程どうでもいい話だ。
そして3つ目、これは私がしょっちゅう使ってる方法。
まぁ、何だ。ヤツらは頭がくらっとして本能的に受け入れたくなる様な甘ったるくて魅力的なニオイがプンプンとしてくる。
そう、まさしく今ナンパしてきてるコイツみたいなニオイだ。
おっと、2つじゃなくて3つだったな。
まぁ、どうでもいい話だ。
私はいつもの様に胸元に付けたボイスレコーダーを起動する。
「ケースNo.18、記録者私、日にちは古都標準7月14日、同標準時刻夜11時20分、場所歌舞伎町付近、ターゲット、男性型」
「お姉さんなにそれ〜、めっちゃカッコいいじゃん、エリートスパイみたいじゃん、いいねぇ、ヒュー」
そういうと男は下手な口笛を吹いた。
いちいち鬱陶しい輩だ。
思わず私は、皮肉めいた声色で言葉を返す。
「なぁ、吸血鬼さんよぉ、ナンパは結構だが辞世の句は言わなくていいのかぁ?」
「え、なにお姉さん吸血鬼知ってるの〜?」
そう言った男は、いや、バケモノは其れ迄獲物を狩る為に取り繕っていた顔色を変え、獰猛な野獣の様なギラついたそれに成り変わる。
「じゃあさぁ、人間風情が敵わないことも分かってるよねぇ、何、どっかの誰かさんに優しくされて勘違いしちゃったのかな。所詮餌なんだから喰われて終わりだよぉ?」
ニヘラニヘラとした顔からは餌を追い詰めたという余裕が見てとれる。
「なぁ、君まだ吸血鬼になったばっかりだろう?」
「は、それがどうしたっての?」
バケモノはいささか怪訝な顔をしていた。
それも当然だろう、餌が急に、自身の事を言い当てたのだから。
「駄目じゃないかぁ、餌が自分達を見破ったらさぁ、すぐに食べてしまわなきゃあ」
そういうと私は瞬時に倒れ掛かる。
勿論、ナンパをしてきたこの男に、だ。
当然、餌を前に油断していた相手は一瞬のそれに困惑していた。
だから、当然の様に隠し持っていたナイフは相手のハラワタに深々と、それも容易に突き刺さった。
「クぁッ……」
バケモノは、余りの痛みに声にならない声を上げた。
今私たちが居るのは繁華街の辺り、でもメンテナンス様に作られた様な狭い路地裏だ。
奥まった位置にいる私達を見ている人間なんてのは、当然の如く存在していない。
「だからいっただろぅ。直ぐに食べないとってさぁ」
「テメェ、なに、しや、がった」
痛みに顔を歪ませたソレの理解出来ないという声は、苦痛を我慢しながらも私の回答を待っていた。
「吸血鬼はナイフなんかじゃあ痛みを感じないのに何故、だろう?」
だから、望み通りに答えてやる。
「簡単な話だよ。君たち吸血鬼は銀に弱いんだ。だからね、そのナイフはわざわざ特注してるんだよ、銀を混ぜたナイフなんて今時作らないからねぇ」
そう言うと、バケモノはまるで恐怖に染まっていくかのように、顔色が変わっていくのが分かった。
その姿が、まるで人間のフリをしているみたいに思えて心底気持ちが悪くなる。
人の心を知らないバケモノ風情が。
そう、思った。
「さて、私は今から君を殺める。これは山々に住む人間が畑を荒らした鹿や人を食べてしまった熊を処分するのと同じだ」
「私は私の都合で人間様に害をなしたお前らバケモノを駆除する。いいね。勿論同意は求めないよ」
男のフリをした害獣は苦悶に顔を染めながらも、それでも最後の力を振り絞って言葉を発する。
「狂って、やがる。狂、人め。本当の化け物は、どっちだ」
「蝿が喋るなよ」
そういって私はもう一つのナイフで害獣の喉を掻き切った。
事切れた男は地面に伏したかと思うと、周りに散乱した血液と共に細かい灰になり、塵になり、やがてはそれすら霧散していく。
これも吸血鬼特有の物だ。
奴らは死ぬと何一つ残らない。残さない。
だから存在を訴えても受け入れられない。
だからその存在の危険性も、伝わらない。
もっとも、残れば残ったで私がムショにぶち込まれる事になるから一長一短、と言ったところだろう。
「ふぅ」
獲物を始末して緊張が解れた私は、だからこそ思わずため息をもらす。
ふと、ポケットから紙巻きタバコとお気に入りのオイルライターを手に取り、カチ、カチ、と火をつける。
口に咥えたタバコに、その火を当てながら深く息を吸い込んだ。
勢いよく吸い込んだからか吸い口にまでタバコの詰まったソレから、思わずタバコ葉が口に入り込んでくる。
「クソッ、これだから両切りは嫌いなんだ」
タバコを切らしていて、以前試しに買ったこれしかなかったから持ってきたが、
両面にギッチリタバコの詰まったそれは、フィルターも吸い口も無く、
端から端までタバコが詰まっているが故に、葉っぱが口にも入り込むのだ。
「はぁ、本当に最悪な1日だな。今日は」
タバコを切らして、満月で、吸血鬼のナンパに会い、駆除する。その上これと来た。
実際ついてない日ではあった。
「ふぅ、さっさと帰るか」
そう言い残すと、私は家に向けて足取りを向ける。
これは余談だが、道中でタバコを買い足してから帰路についた。
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