普通じゃない生き方9
午後の講義は四限からである。それまで映士は暇だ。どう時間を潰すか悩んでいた。
とりあえず…静かに図書室に向かうか。と、言ってもやる事は限られているが。
映士は今三限が始まっているこの時間の間なら生徒も少ないし、先程まで側にいた凌も講義を受けている為、一人で好きな本を読める。有意義に使えると思い感情が高まるばかりだった。
勿論読む本は決まっている。
『…特撮科学図鑑…あれを読める!』
拳を握りしめて、よし!と喜ぶ。早速図書室に向かう事にする。
図書室は隣のB棟にある。隣の棟である為、今A棟にいる映士は移動しなければならない。階段を駆け足で降りて、ワクワクな感情に浸りながらB棟へと向かった。図書室は一階であった筈。同じように階段を登って入ればすぐに見つかる場所だ。時間を長く利用する為にも階段を降りてすぐ走ってB棟に向かう。
映士はB棟の階段を登って玄関に辿り着く寸前だった時だった。
『……あれ?…茜ちゃん?』
B棟の広い玄関が見えた時、階段を降りてこようと近づいて来る茜を見つけた。
茜は何やらいつもの明るい表情ではなかった。暗く、表情を他人に見せたくないかのように沈んだ雰囲気だった。
『………あ』
『やぁ。茜ちゃんも三限入れていないんだ』
『うん…』
『…茜ちゃん?』
そのまま映士に目を合わせない。珍しい。ここまで重く沈んだ茜を見たのは初めてだった。
映士は、挨拶した時に交わした笑顔から茜の雰囲気を読み取ってだんだんと素の表情に戻る。
『何かあったの?』
『……ううん』
あの明るい声ではなかった。明らかに何か辛そうだった。
『あー、その、俺でよければ聞こうか?話…』
『……ありがとう。でも…』
『なんかいつも元気な茜ちゃんじゃないからさ。そんな風にされちゃ、気になっちゃうじゃん?相談とかなら、俺でもよければ…と、思った…んだけど…』
映士もなんだか目を合わせられなくなった。
映士はだんだんと不安になっていく。聞くのはまずかったかな?と徐々に自信をなくしていった。
すると茜は映士に少しだけ明るく表情を見せた。けど、声はいつもの元気な茜じゃなかった。
『じゃあ、聞いて貰おうっかな。いつも映士君に助けられてる。映士君だけじゃないけど…』
『……お、おう。まぁ、色々大変なのはお互い様だし、少しでも吐き出して気分良くなってくれるなら、俺は全然構わないよ』
『…映士君…』
映士は茜に向かって頬をあげてみ茜を見つめた。しばらく茜は映士をじっと見つめると急に声色が震えだしていく。
『映士君も真白も、ほんといつも私を助けてくれて…』
突然茜が話している最中に泣き出してしまう。
『茜ちゃん…?』
映士はとにかく茜に駆け寄って、大丈夫だよ、と声をかけてみた。
その声を聞いたのか、茜の涙がだんだん収まっていった。そして茜は涙を拭いながら、こくりと頷く。
映士は一先ずここで話すより、どこか場所を移動しようと提案する。丁度図書室へ向かう途中だった為、映士は茜を連れて図書室へと向かった。
本棚に囲まれた壮大な空間に、静かなハープのBGMが流れる。学生は数人いる中で、教授やこの部屋を掃除する清掃員もいた。みんな、横長の椅子や木製丸テーブルで本を読む人もいれば、おそらく資格の勉強をしている学生が静かに図書室で自分の好きな時間を過ごしていた。
映士が良く座る入り口を入ってすぐ側にある横長椅子に茜を一旦座らせた。涙は既に止まっているようだ。
先程まで泣いていた姿から、頬が赤く曇った表情はまだ消えていなかった。
『ここで静かに話せる?』
こくりと頷く茜に安心した。
映士はリュックサックを先にその場に置いて茜の隣に座る。
茜は図書室の景色を静かに見つめていた。そしてゆっくり深呼吸をしている。だんだんと落ち着いてきたようだ。良かった。
『図書室に来た事は?』
映士の質問に首を横に軽く振った茜。そして映士との間に隙間があったのか、映士の方に茜の身体を寄せてきた。
『……映士君、ここによく来るの?』
映士に目を合わせずにそう語りかける茜。だんだんと声が先程までの沈んだ声ではなく、明るくなってきている気がしていた。
『足は運んだ事あるね。数回だけど。言ってもなーんもする事ないけどね』
『映士君が図書室に来るのって、なんとなく好きそうだなって思っちゃうな』
『え?そうか?』
『私、映士君ってミステリアスな人だって思ってたって、前に言ってたよね?こういう所が好きそうな人ってミステリアスな雰囲気があると思ったの。だから映士君はこういう所に来るんだってなんだか想像すると、そんな風に見えるな』
『フッ。俺はまぁ、暇つぶし程度だけど…』
ここでも映士は自分が特撮科学の本を読みに来ているとは言えなかった。この図書室は映士の好きそうな本はない。みんな難しい本ばかりで、その中でもサイエンスコーナーにある特撮科学図鑑があった時に偶然見つけたからそれを読む程度だ。だが、ゼミナールの講義の際、レジュメ作成にこの図書室で仕上げた事はあった。前期のゼミナールの時に図書室は勉強するのに一番いい空間だった事から、何か勉強場を借りたい時はここに来ている。
茜には何読んでいるの?と聞かれた際どう答えようか考えていた。もし聞かれた場合、ある意味連れて来る所を間違えたかもしれない。だが映士は、茜の機嫌が良くなるまでここで一緒に時間を費やす事にした。
『私、さっきゼミがあったの。終わってさ、友達がこの後アルバイトだからもう帰ったんだけど、私はこの後四限があるから、この後どうしようって思ってずっと考えてたの。それでさっきまでここの屋上の階で休憩してたんだ。でもなんかさ、休憩してもご飯も食べたくない気分だし、なんか気分も落ちていたの。だから四限もこの前みたいにサボっちゃおうかなってなってさ…』
まただんだんと落ち込んでいく茜を見て映士はよっぽどしんどい状況なんだと察した。
ゼミナールはみんなB棟で行われる。映士も同じだ。その時に何かあったのだろうと予想した。だから終わった後に屋上に行ったのかと。
『うん…もしさ、差し支えない程度であれば、何か嫌な事でもあったの?それならさ、全部吐き出せるならここで吐き出せればいいかなって思ってさ』
『……うん。映士君にはこの前にも言ったし、話せる人が少ないから。私、仲良くない人がいるってこの前言ったの覚えてる?』
『仲良くない人…』
映士は思い出した。この前の二人でパスタを食べていた時になんとなく聞いていた話で、そんな事言っていたなと思い出した。しかし、その時に誰だとは言わなかったな。
『あぁ、そういえば言ってたね。もしかして、同級生?』
頷く茜。一体誰なのか気になってきた。
茜の交友関係はどうなっているのかわからない。映士が知っている人も茜と友達なのかどうかも聞いた事がない。
『私、その人とは今のゼミナール一緒なんだ。私、後半月もその人と一緒にいられるかなって…なんだか楽しくないんだ。その人と一緒の部屋にいると』
『誰だ?その人って』
『言えない…。言ったらその人に申し訳ないし、私よりその人の方が味方が多いから。私なんかより全然素敵な人。私…なんかしたのかな…』
『身に覚えとかは?』
『わからない…全然なにをその人にしたのかわかんない』
茜は立ち上がって二、三歩前進した。図書室を見渡しながらまた深呼吸をした。
『なんか私このままだと、もう大学生活無理かも…でも真白は優しく接してくれるから楽しんでいれるけど、真白にも迷惑かけてるし…私』
『茜ちゃんの友達?』
『うん。如月真白。私と普段から仲良くしてくれている人。とても頼りにしている同級生だよ。でも私のせいでさ、真白にも迷惑かかっちゃっててさ。その人も私達になんで態度が違うのか言って欲しいの。でも聞けない。怖くて、みんなが見た方するからこっちも聞けなくて…』
『……そうか』
映士も立ち上がり茜にゆっくりと歩み寄る。茜が映士の方に顔を向けて、フッ頬をあげた。
『映士君もだよ』
『え?』
『私が大学を楽しめているのも、映士君が居てくれているから』
それを聞いて、映士の内側から何か急に温かく背中を包み込むような安心感が溢れ出てきた。今までになかったこの感情。なんだろう?頼られている?
今まで異性にそんな風に思われた事などない映士には初めての体験だった。そしてじわじわと喜びが増してくる。
自分が…誰かの力に…
『あ、ありが…とう』
すると映士の身体がウズウズと落ち着きがなくなってくる。頼られているのかわからないが、自分という存在で喜んでくれる異性などいなかった。寧ろ今までの人生で、異性から頼りになる存在として認められた事など一度もない。よく言われたのが、茜が先程言った『ミステリアス』な人としか思われなかった。
自分の趣味や価値観を理解してくれる人など、この十八年生きてきてどれ程いただろう。もう片手で数えられる程しかいないのではないだろうか?そして、新たに茜もその一人として認識している。
ありがとうとぎこちなく言ってしまったが、映士にとってそれは嬉しいのだ。
茜は映士の方に歩み寄って来ると、目の前で立ち止まった。腕を後ろで交差しながら茜は映士な表情を見上げる。
『今日も映士君と一緒に居たら、なんだか悩まなくなっちゃった』
『…そ、そうか。良かった。アハハハ』
フッと笑みを浮かべた茜は、映士に更に心の距離感が近くなったようだった。そしてなにより近い。これまでよりも更に映士との距離感を詰めて来ている。もう身体が触れ合いそうだった。
あまりの近さに鼻息が止まる。そして変に顔が熱くなっていった。そんな中、茜はじーっと映士の顔を見つめる。
『この前さ、連絡先交換したよね?』
『え?あぁ。そうだね』
『もしさ、なんか私がまた悩みとかあったらさ、連絡していい?』
『連絡?ま、まぁ…いいけど』
そしてさっきまでの暗かった表情なんて既に消えていた茜を見て、軽く安堵した。
『ありがとう。じゃあ、連絡しちゃおうかな。またなんかあったら』
そして茜の機嫌はすっかり良くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます