憧れ5

四限がない映士はこの後の予定はなかった。アルバイトも入れていない。フリーだった。

 時刻は十五時丁度。暇だ。

 サークルも何も入っていない映士はこの時間を有意義に使いたいと思い、スマートフォンを右ポケットから取り出した。学生用アパートのバスの時刻をスマートフォンで確認出来る為、確認してみる事に。

 十五時二十分に大学前バス停に到着の便がある。それに乗ろう。

 適当に図書館に行って時間を潰して行こうかと考えた。しかし中途半端な時間である。だから適当にコンビニで時間を費やす事にしようと決めた。

 コンビニ内にはイートインコーナーが設けられている為、そこで時間を潰すのもありだと思った。コンビニに向かいながら、音楽でも聞こうと無線小型ワイヤレスイヤホンを装着する。

 コンビニに着いた時には客が殆ど居なかった。四人程しかいない。店内には学生がラジオをしている為、その音声が流れていた。


 『らっしゃーせー』

 

 低いトーンの男の店員が品出しをしながら映士を出迎えてくれた。声もさる事ながらダンディな顔の男だった。艶のあるセンターパートの髪に両耳ピアス。そして透き通る程の輝きのある肌に、なんとも澄み切った綺麗な瞳。モテるだろうなと感じた。少なくとも自分とは関わりなんて持たないだろうなと…

 目線を合わせて軽くお辞儀は返してみた。

 炭酸飲料を手に取りレジへ向かった。イートインコーナーを確認してみると、全然人がいない。ここなら自由だ!

 会計を済ませた後、そそくさにイートインコーナーに向かうと、リュックサックを隣の席…に置くのはやめて、足元に置いた。

 

『なんか見るかぁ』


映士はスマートフォンを取り出し、机に置いて無線小型ワイヤレスイヤホンの電源を入れる。スマートフォンでAirPodsと連動したのを確認した後、YouTubeを開いた。

 流れて来た動画は全て特撮関連の動画だ。何を見ようかスクロールをする。

 

 『お!エクストラマンの映画やんの!』


今テレビ放送中の『エクストラマンミラクラー』が遂に映画化!とサムネイルに大きく載っている動画をタップする。バイトの広告が流れて来た。しかもスキップ不可の広告だ。スキップが無理なら待つ事しか出来ない。

 そういえばもうすぐ公開だって言ってたな。十月公開の『劇場版エクストラマンミラクラー』の予告動画が前から流れていた事を思い出し、今から視聴するのはロングバージョンの予告だ。

 楽しみだ。予定が空いている日に観に行きたい!

 

 『予定空けとこ!』


スマホカレンダーアプリを開き、当日に何も予定が入っていない事を確認し、カレンダーに『エクストラマンミラクラー映画』と記入し保存した。ついでにバスの時間も確認。十五時八分全然間に合う。

 アルバイトも入っていない。大学の講義も昼からなら空いている丁度良い日だった。

 近年はSNSで特撮ヒーロー映画やドラマのネタバレが拡散される事があり、ネタバレが嫌な人達からしたら良い迷惑だ。映士もその一人。

 だから初日に行ける事を楽しみで仕方なかった。ワクワクしながら予告動画を視聴しようと広告が終わるのを待っていた。その時だった。


 『休憩しているの?映士君』


たまたまボリュームが小さめだったので、背後から誰か自分の名前を呼んだのが聞こえた。

 この声は!

 咄嗟に背後を振り返るとそこには見覚えのある彼女がいた。

 

 『うわー!茜ちゃん!』


急いで動画を消す。そしてスマートフォンの画面を伏せる。自分が特撮ヒーローの動画を視聴していた事がバレたか!焦りと不安で冷や汗が急に溢れ出てきた。


 『どうしたの?』


『あーいや!なんでも!あ、茜ちゃんこそどうしたの?』


『私今日の講義終わってバスの時間待つの暇だからコンビニ寄っただけだよ。何か買おうかなって思ったら映士君を見つけたの。ねぇ、さっき何見てたの?』


『え?いや、これは…その』


せっかく一人で自由にエクストラマンミラクラーの映画予告を視聴出来ると思ったのに…何故か良い所でいつも横から邪魔が入る。

 見られてはない様子だ。自分が特撮ヒーロー好きだって事はあまり公に話したくない。馬鹿にされるか、もしくは受け入れてくれなくて距離を置かれる可能性があるからだ。

 しかも相手は同級生でしかも同じ学生用アパートに住む者。自分の趣味はなかなか受け入れて貰えなかった過去がある。それをずっと悩んでいたから、ここでバレたら次出会う際気まずいったらありゃしない。


 『え!なになに!』


興味深々である茜は映士のスマートフォンの方に顔を近づける。スッと距離を離して行くとそれを茜は目で追う。


 『女の子には…あんまり興味ない事だよ』


『なーにーそれ。でも映士君の好きなもの、ちょっと興味ある!』


『いや、大したものじゃないから!』


多分この言い方だと、益々彼女の好奇心が湧いてしまうんだろうな。だが言い訳が思いつかない。

 映士はスマートフォンをポケットに入れて、先程まで装着していたイヤホンも外した。


 『ふーーーん』


細めで映士を見つめると、横の席に腰掛けた茜は映士に向き合うように座った。

 怪しい行動をしないように平然を装ってみるも、多分彼女は何か隠していると睨んでいる。でも自分の趣味はあんまり公表はしたくはなかった。

 幾ら最近でも、特撮好きな女性芸能人が沢山出て来ていると言っても、彼女にはそれは該当しないと思っている。そんな風には見えない。

 今まで自分の好きなものを受け入れてくれる環境がずっと周りになかった為、周りから物凄く変人扱いを受け続けた。それが辛かった。

 それは大学でも同じだ。周りが好きな事をしながら生活をしているとわかっていても、特撮ヒーロー好きは公に出来なかった。

 真正面で映士をニコニコしながら見つめる茜に、視線を逸らし身体をテーブルの方に向けた映士は、まるで犯行を隠している犯人が追い詰められているような感覚だった。ここで美味しい牛丼を出されても自分の趣味は吐き出したくなかった。


 『映士君?』


『う、うん?何?』


『えーいーじー君』


 小声で名前を呼ばれていた。

揶揄っているのか?何がえーいーじー君だよ。俺は意地でも見せないぞ!俺の素の自分を。


 『……』


『……』


お互いに沈黙が数秒間続く中、茜からある問いかけをしてきた。


 『映士君ってさ、みんなからどう思われているの?』


『え?俺が?』


不思議な質問をされた。思わず目を合わせて自分に指を刺して聞き返した。

 どう思われてる?どうと言われても…


(どうって…普通の大学生だろ。友達って言っても両手で数え切れる程の友達しかいないし、女の子の友達なんて昔からいないからどう思われてるかなんて考えた事もないし。仲の良い教授がいる訳でもないし…)


自分がどう思われているかなんて考えた事もなかった。というか、どう思われても知った事ではなかった。だが、特撮ヒーロー好きである事は間違いない。それを公にしたくないから黙っているだけだ。

 茜はずっと不思議そうに映士の瞳を見つめ返していた。


 『映士君って、なんだかミステリアスなんだよねぇ。私だけなのかな?そう思っているの』


『ミステリアス?そんな男に見える?』


『うん。この前もゲームセンターで出会った時何か隠していたでしょ?それが友達がとか言ってたからさ』


『あー、あれはまぁ、こっちの話だよ。ほんと大した事ない事』


『でもさ、なんか隠しているように見えてさ。普段忙しいのかなって思って。どこにでもいるように見えて、実は急いでる感じだったりするの。映士君ってなんか怪しいバイトとかしてない?』


『え?怪しいバイト?闇バイトとかって事?』


『うん。ほらさっきも私にスマホの画面隠した。あれも見ちゃまずい事なのかなってさ』


確かに個人的には見られたくないものだ。しかし闇バイトなんかではなくどちらかといえば俺にとっては唯一の希望の光だ。エクストラマンは昔から好きで、その魅力を周りに共有出来なくても自分の中では見る事が心の支えとなっていた。だから決してそんな怪しいものではない。


 『あー、俺そんな馬鹿じゃないからさ。そんな怪しい仕事に手を付けたりしないよ』


『じゃあさ、さっきのやつなんなの?何を見ていたの?』


『あー…いやこれは…』


あんまり掘り下げないでほしい。彼女は何故こんなに自分の事に関して深く知ろうとするんだ。

 絶対に言えない。言ってはダメだ。

 ヒーローに変身する中身の人間が、自分はヒーローだと招待を明かしたりしないのと同じ。

 例え身近な人でも言わないと決めている。


 『……俺だけの生きがいみたいなもの。でも、隠しているとかしてるんじゃない。俺だけの安らぎなんだよ。それに、もうすぐバスが来るし。暇で見ていただけだ』


『ふーーん。まぁ、人それぞれ好きな事とかあるもんね。あんまり深く聞かない方が映士君の為なんだね。ごめんなさい』


『いや、気にしないで。俺こそ怪しいと思わせちゃってごめんね。バスが来るよ。帰るよ、俺。茜ちゃんはこの後予定とかあるの?』


すると口角を上げて嬉しそうになる茜。


 『ないよ。一緒に帰ろ!』


そして二人はコンビニを出て行った。

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