特撮ヲタクの日常7

 名前の知らない映士と同じ大学に通う女の子。

 その子は不思議に思えた。自分が前期の時に同じゼミナールだった事も知らず、ぎこちなくて誰にも言えない秘密の趣味を持ち、異性に対しての接し方も慣れてないこんな男に、何故積極的に話しかけて来る?他にいい男がいる筈なのに。

 不思議な感じだった。何もかもが。しかも同じバス通いだったとは。そして話を聞くと、同じ学生用アパートらしい。しかし、部屋番号までは聞かなかった。キモいかもしれないと思ったからである。

そして今、何故か映士と同じ席の横に座っている。

 彼女は何も嫌な顔せず座っていた。

 横目でチラッと彼女を見る。ただシートにもたれかかりながら、リュックサックの中に入っていたソーダ味のお菓子を食べている。

 映士は、変な気遣いでやや距離を空けてシートにもたれかかる。


 『映士君も食べる?』


『…え?あ、あぁ。ありがとう』


『また欲しかったら言って』


『あ、うん。わかった』


映士はソーダ味のグミを一つ手のひらで受け取り、彼女が目線を晒した後にこっそり食べた。

平然を装いながらただシートにもたれかかり、天井を見上げる。

 いただいたソーダ味のグミは意外にも美味しかった。しゃりしゃりとした食感と、噛めば噛むほど炭酸のような弾けるシュワシュワを楽しめて、しつこくない甘さだった。ただちょっと固い。

 一旦グミを音を鳴らさないように飲み込んだ後、隣の彼女に変な意識感を忘れる為に目を瞑ってみた。

 すると、映士のスマートフォンから一件の通知が来た。

 スマートフォンの画面を開いて、通知を確認しようと一旦上半身を起こす。

 通知を確認しようとした時だった。

 自分のロック画面、最初に映るその画面には隙間なく兆宇宙戦隊 プラネットファイブが並んでいるホーム画面だった事に気づく。

 しかもその画面を自分の前の座席シートを壁にして見てしまった。

 そして悪寒が一瞬走る。

 見られた!自分が特撮ヒーロー好きである事が!

 慌てて画面を消す映士。そして前の座席シートをじっと目を見開いた状態で凝視した。

 完全に見られたかも…

 名前も知らないのに、相手に見たかどうか確認すら難しいのに…


(終わった…やってしまった…この画面を見られたら、うわ…こんな子なのか…って思われてもう俺の本性がバレて終わり。しかも名前も知らない同級生の子…詰んだかも)


一気に落ち込む映士。前のシートにおでこをもたれかかせて身体中の力を抜けていく感覚が伝わる。そして軽くため息。


 『映士君?』


隣からその相手の子の声で自分の名前を呼ばれた気がした。その声に反応し、肩がピクッと反応する。

 終わったかも…と思った。


 『…うん?何?』


映士を見つめる彼女の目は、何か不思議な生き物を見つけたような表情だった。


 『いや、急に起き上がって顔をそんな所にぶつけるからどうしたのかな?って』


『え?あぁ、いや、ちょっと明日の事思い出してさ。何も気にしないで。ハハハッ』


誤魔化せてないだろうと思っている。でもこんな事言うしかなかった。


 『そう?いやちょっと不審な動きに見えたから。映士君ってそんな風に見えない人だから』


『え?あ、あぁ。ごめんごめん。思い出したらなんか、身体も勝手に動いたって言うか…ほんと気にしないでいいよ』


不審者扱いされた事に更に内心落ち込んだ。


 『そうなんだ。その明日の事って、さっきの誰かの通知?なんかそれに関係ある事?』


『……え?』


(ちょっと待って…って事はさ…さっきの見られた!?)


またも悪寒が全身を走り出す。映士は彼女から目線を一旦逸らす。


 『あ、あぁ…違う!別の要件だよ』


『そうなんだ。色々と何か忙しいとか?』


『まぁ、そんな所かな?アハハ。アルバイトとかもここ最近シフトの関係で忙しいから』


『へぇー。アルバイト忙しいんだ。アルバイトって何やってるの?』


 『え?ま、まぁゲームセンターのアルバイトだけど…』


『え!ゲームセンターでアルバイトしてるの!?どんな事やってるの?』


『ま、まぁゲーム内の景品を入れたり、後はお金の回収とか、後はトイレ掃除だけど』


『じゃあさ、映士君もゲームセンターの中で遊んだら出来るの?』


『いや、それは出来ないけど。バイト終わりになら出来るけど…』


『じゃあ映士君、クレーンゲームとか得意なの?』


この質問攻めはきつい!もう大人しくしていて欲しい。

 今スマートフォンの画面について触れられてはいないが、それでも見られた可能性は高いし、何より今この状況がしんどかった。見たのか見なかったのか。映士はそれだけが知りたい。

 一通り質問が終わった後、映士はもうすぐ自分達が降りるバス停に着く事に気づく。

 まだ気を抜けない状態だ。降りるまで一緒だから。いや、アパートまで一緒なら自分の部屋に戻るまでこの張り詰めた焦りを耐えなきゃいけない。

 早く降りて別れたい。でも自分と同じアパートなら今後も同じ屋根の下で出会う事にもなるか…

映士はまた、心の中で詰んだ…と察した。


 『映士君は物知りな人だと思ってたけどさ、器用な人なんだね。前期のゼミナールの時会話すらしなかったからさ。でも興味のある事について物知りだったから色々知りたかったんだよねぇ』


『え?あ、そりゃどうも』


これ以上知られる?

 今後の付き合いでも、もしかしたら根掘り葉掘り聞いてきそうだ。という事はいずれ自分が特撮ヒーロー好きである事実も知られるのか…

 勝手に頭の中で絶望し、バス停に到着した映士は自分のリュックサックを持って、駆け足でその場バスから降りる。

 続いて名前の知らないその子も降りた。

 

 『映士君もここだったんだ。知らなかった』


『う、うん。もうこれ以上知らなくていいけど…』


『え?』


『あ、いや、ここしか見つからなかったんだよね。大学行くのに丁度住みやすい場所』


適当に話を済ませてさっさと自分の部屋に戻ろうと階段を登る映士。そして着いてきた名前の知らないその子。

 一緒の階なのかよ…とどんどんと心がすり減っていく映士。

 映士の住む学生用アパートは2階建てのそれぞれ横長に6部屋存在する。下の階も空いていたらしいが、映士は上に決めた。しかも一番右端の部屋。

 そしてこの名前の知らない子はどこの部屋なんだろう?

 ふと疑問に思いつつ部屋に行こうとすると、映士が階段を登りきった時だった。


 『映士君二階?』


名前の知らない彼女は、映士に質問した。

 ゆっくり振り返り、彼女を背中を向けて答える。早く部屋に行きたかったからだ。


 『そうだよ』


 『2-1だね。わかった』


『……え?』


『私一階なの。映士君の階を見たかっただけ。なんかあったらここに来るね!』


にこやかな笑顔でそう言った。


 『え!?あ、いや、それは…』


『え?なんかマズい?』


そうだな。色々とマズい。

 だが映士は、その理由は言わなかった。

 なんと誤魔化せばいいか考えた。


 『あー、俺の部屋あんまり綺麗じゃないんだ。掃除してなくて。しかも荷物多いから整理全然出来てない状態だからさ。だからあんまりおすすめしない。君も入れる程じゃないから』


 すると急に怪しく推理するようにふーんと見つめながら、彼女は映士の様子を伺う。


 『……え?何?』


『ねぇ映士君。一つ聞いてもいい?』


階段の手すり両腕を添えて、その上に顎を乗っける彼女。そして、ニヤニヤしながら映士を観察し始める。

そして映士は震え声で答える。


 『な、なんでしょう?』


なんか秘密を握られている状態だった。ここで暴露されてしまうのか?俺が特撮ヒーロー好きなのを!

 映士はそう思った。

 そして質問をしてきた。


 『映士君、私の名前覚えてる?』


『……はい?』


『もしかしてさ、映士君私の事全然覚えてないでしょ』


『……はい…』


正直に答えた。質問が思わぬ内容だったから映士は一気に肩の力が抜けた。だが、同時に今度は違う方向で詰んだ…と思った。

 そう。この子の事を全然知らないのだ。向こうは覚えてくれていた何も関わらず、自分は無関心だった為、全然知らなかった。何もかもだ。

 名前も、趣味も、そして住んでいた所が同じだった事も。グミまでくれたのに。自分に興味を持ってくれたのに。いや、持ってくれなくてもいいが…

何せ特撮ヒーロー好きなのは知られて欲しくなかった。


『やっぱ知らない感じまたいだねぇ。君って言ったの違和感あったし。多分気を遣ってそう言ってくれたんだろうなとは思ったよ』


階段を登ってこちらにゆっくり近づきながら映士にそう言った。

 そして自分の部屋のドアの前まで来だ彼女は、映士の顔を見つめ、微笑む表情と温かさを感じる優しい目で言った。


 『藤和茜(とうわあかね)だよ。好きに呼んでね。私は一階に。映士君は二階に。お互い!』


映士の手を急にぎゅっと掴み、茜の顔の前にまで持っていった。


 『よろしく!』


その後彼女は、背を向けて階段を降りて行った。その様子をずっと見つめながらただ茫然と立ち尽くす映士だった。


 

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