【創作BL】シカバネカレシ※全年齢向寄り
漫ろゾロゾロ
第0話 殺したはずの恋人
ぶるぶると不規則に震える手を必死で抑えながら淹れたコーヒーは、口に含んでもツンと鼻にくる苦みさえ感じない。艶のある黒い前髪が額にべっとりと張り付く程に汗をにじませているのにも関わらず、首筋に長時間氷をくっつけていたようなヒリヒリとした悪寒が全身を掛ける抜ける。
高梨 理一はキッチンの調理台に腰掛け、平然を装うようにして前髪をかきあげると、半開きの扉の向こうにちらりと見え隠れするそれと目が合った。瞳孔がカッと開き血走った眼球に、救急搬送すべきと思わせるような真っ青な顔色、そして右横の歯茎が見えるほど裂けた口元から飛び出る舌はおよそ人間のものとは思えない黒々とした色をして、だらんと粘り気のある唾液とともに下へ垂れている。現代社会で暮らす人間ならば、一生のうちで聞くことはないと思える野生動物のような唸り声がそれの喉奥から地鳴りのように響いた。
高梨はキッチンの棚からワインを一本取り出すと、真夏の密閉空間に保管され、不快なほどにぬるいアルコールを喉に流し込んだ。今日の全てが夢であって欲しいと心の底から願うにも、それから発せられる血なまぐさいような甘ったるいような独特の体臭や頭にくぎを打たれるような激しい痛みが根拠となってとても寝ている状態で感じられる体験ではなかった。高梨は酒の入ったくでんと鈍い思考を巡らせ、必死にこの馬鹿馬鹿しくも恐怖で身をこわばらせるような現象の理由を考える。
なぜ自分が殺した恋人が、今、ここに、目の前に、存在しているのだろうか、と。
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