役立たずスキル【感情鑑定】持ちと追放された俺、辺境で出会った聖女様だけはその価値を信じてくれたので、二人で奇跡を起こして国と世界を救います
藤宮かすみ
第01話「役立たずと屑拾い」
「おい、屑拾い! いつまでそこでぼさっとしている! さっさと仕事をしろ!」
怒声が、埃っぽい王立遺物鑑定院の地下倉庫に響き渡った。
声の主は、俺の上司であるバルドル・フォン・ゲルハルト首席鑑定士。その名の通り、鑑定院のトップに立つ男だ。
ぷっくりと突き出た腹を揺らし、俺、アキラ・ミカゲを見下ろしている。その目に宿るのは、汚物でも見るかのような侮蔑の色。まあ、いつものことだが。
「……はい、ただいま」
俺は短く返事をして、目の前のガラクタの山に向き直った。
屑拾い。それが、この鑑定院での俺のあだ名だ。
俺の仕事は、鑑定の結果「価値なし」と判断され、廃棄が決定した遺物の最終仕分け。要するにゴミ捨て場の番人みたいなものである。
なぜ、国家資格を持つ鑑定士である俺がこんな雑用をさせられているのか。
原因は、俺が持つユニークスキル【感情鑑定】にある。
この力は、物や場所に残された人々の「想い」を、色や光として視ることができるというものだ。
例えば、今俺が手に取った錆びついたナイフ。他の鑑定士が見ればただの鉄屑だ。魔力残量ゼロ、素材の希少性も皆無。だが、俺の目には視える。
――淡い水色の光が、ナイフの柄からほのかに立ち上っている。
それは「感謝」の想いだ。おそらく、息子が初めて獲物を仕留めた記念に、父親が贈ったものだろう。息子の成長を喜ぶ父親の温かい気持ちが、時を超えて今もここに残っている。
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
この鑑定院では、遺物の価値はすべて数値で決まる。魔力残量、素材の希少性、作られた年代。そういった客観的なデータこそが絶対であり、俺が視るような曖昧な「想い」なんてものは、存在しないも同然だった。
首席鑑定士のバルドルは特にその傾向が強く、俺の能力を「非科学的な妄想」「役に立たない空想」と断じて、ことあるごとに嘲笑った。結果、俺は鑑定士としての仕事をほとんど与えられず、この地下倉庫に追いやられたわけだ。
「これも、これも廃棄か……」
俺は次々と遺物を仕分け用の木箱に入れていく。
使い古された革の鞄からは、旅立つ息子を案じる母親の「心配」を示す紫色の靄が。ひび割れたティーカップからは、大切な友人と過ごした楽しいひとときを懐かしむ「喜び」の黄色い光が。
どれも、誰かの大切な人生の一部だったものだ。それらが、ただ「数値が低い」というだけでゴミとして捨てられていく。
(もったいない、なんて言葉じゃ足りない)
俺は時々、規則を破ってこっそりと動いていた。
このナイフのように持ち主の家族が分かっているものは匿名で送り届けたり、歴史的に価値がありそうなものは修復して博物館に寄贈したり。
もちろん、バレれば大目玉だ。でも、俺にはどうしても、この温かい光たちを無かったことにはできなかった。それは鑑定士として、いや、一人の人間としてのささやかな抵抗だった。
「ミカゲ、まだ終わらんのか! 今日は何の日か忘れたわけではあるまいな!」
階段の上から、再びバルドルの不機嫌な声が降ってくる。
そうだ、今日は年に一度の最重要任務の日。王国の至宝、「始祖の涙」の年次鑑定が行われる日だった。
鑑定院の誰もが緊張するその日に、俺はもちろん参加させてもらえない。この地下倉庫で、いつも通りガラクタの相手をするだけだ。
「今、終わらせます」
俺は最後の遺物を箱に放り込み、立ち上がった。
鑑定院のメインホールへ向かうと、すでに国王陛下や重臣たちがずらりと並び、厳粛な空気に満ちていた。その中央で、最新鋭の魔力測定器を前に、バルドルが得意げな表情で胸を張っている。
俺は壁際の柱の陰に隠れるようにして、その様子を窺った。
祭壇に安置されているのは、人頭大の美しい宝珠「始祖の涙」。建国の祖が流した一粒の涙が結晶化したものだと伝えられ、この国を魔物の脅威から守る魔法障壁の源となっている。
かつては内側からまばゆい光を放っていたというが、俺が鑑定院に入ってから、その輝きは年々弱くなっているように見えた。
「――では、これより、『始祖の涙』の鑑定を執り行います!」
バルドルが高らかに宣言し、魔力測定器のスイッチを入れる。複雑な機械が唸りを上げ、宝珠に青白い光を照射した。ホールにいる誰もが、固唾をのんで結果を待っている。
俺も、自分の能力を集中させた。
俺の目には、魔力測定器が映し出す数値とは違うものが視える。
(ああ、やっぱり……)
宝珠の輝きは、確かに弱々しい。表面はくすみ、まるで命の火が消えかけているようだ。
だが、その奥。中心の、さらに奥深く。
そこには無数の小さな光の粒が渦巻いていた。金色の、力強い光。それは、歴代の王やこの国に生きた人々が込めた、「この国を守りたい」という純粋な「祈り」の想い。か細くはあるが、決して消えてはいない。むしろ、懸命に輝こうと瞬いている。
ピ、ピ、ピ……ビーッ!
無機質な電子音が鳴り響き、測定器のディスプレイに結果が表示された。
それを見たバルドルは、わざとらしくため息をつくと、芝居がかった仕草で首を横に振った。
「陛下。残念ながら、ご報告せねばなりません」
彼の声が、静まり返ったホールに響く。
「『始祖の涙』の魔力残量、計測不能。もはや、ただのガラス玉ですな」
その言葉に、国王陛下をはじめ、重臣たちから落胆のどよめきが起こる。国の守りが失われる。その絶望が、ホール全体の空気を重くした。
バルドルさんは、そんな人々の反応を見て満足げに口の端を歪めている。まるで、世界の終わりを告げる預言者にでもなった気分なのだろう。
だが、俺は知っている。それは違う、と。
あの光は、まだ生きている。人々の想いは、まだここにある。
それを、このまま「価値なし」と見過ごしていいのか?
地下倉庫のガラクタたちと同じように、捨て去られてしまっていいのか?
(ダメだ。それだけは、絶対にダメだ)
気づいた時には、俺の体は勝手に動いていた。
柱の陰から飛び出し、祭壇へと駆け寄っていた。
「待ってください!」
俺の叫び声に、全員の視線が一斉に突き刺さる。驚き、困惑、そして不快感。
特にバルドルさんの顔は、面白いほどに怒りで歪んでいた。
「な、貴様は……屑拾い! なぜここにいる!」
「この宝珠には、まだ力が残っています! 魔力じゃない、人々の願いが、想いが込められているんです! だから……!」
俺の必死の訴えは、しかし、バルドルさんの冷たい笑い声によって無慈悲にかき消された。
「はっ! 妄想も大概にしろ、屑拾いが! 国王陛下の御前で、根拠もない戯言を申すな!」
彼の権威ある声が、俺の言葉を「戯言」と断定する。重臣たちも、うんざりしたように顔をそむけた。誰も、俺の話を聞こうとはしない。俺が視ているこの温かい光を、信じようとはしてくれない。
「衛兵! こいつをここからつまみ出せ!」
バルドルさんの号令で、屈強な衛兵たちが俺の両腕を掴む。なすすべもなく、俺は引きずられていく。
その時、俺は見てしまった。国王陛下の前で面目を潰されたバルドルの、憎悪に満ちた目を。
その日の夕方。
俺は首席鑑定士室に呼び出され、一枚の紙を突きつけられた。
「解雇通知だ」
バルドルさんは、心の底から愉快そうに言った。
「お前のような役立たずは、王立遺物鑑定院にふさわしくない。いいか、二度と鑑定士を名乗るな。これは命令だ」
その言葉を背に、俺は荷物をまとめることも許されず、鑑定院から放り出された。
長年住み慣れた職員寮の鍵も、鑑定士の身分証も、すべて取り上げられて。
頼れるのは一つのスキルだけ。着の身着のまま、俺はあてもなく王都の雑踏の中へと消えていくしかなかった。
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