復讐は、冷やして食すのが一番美味い
結翔 〇
第1話 キルコス傭兵団
パルティアン王国。
街が寝静まっている深夜。凍てつく空に高く昇った下弦の月は明るかった。
森の外れには、崩れかけた修道院がある。この修道院は、3年前まで国立聖母改革修道会として運営されていた。
修道院が見える丘には、武装したキルコス傭兵団の20人が集まっていた。彼らはしゃがみ込み、修道院を見下ろしている。
修道院は2階建てで、修道女や行く当てのない女や子供たちが共同生活を送っていた。花や作物を育て、内職をして慎ましく過ごしていたはずなのに、3年前に集団強盗事件の被害に遭った。収穫していた果実や野菜だけでなく、飼っていた牛や鶏なども根こそぎ強奪された。しかし、それだけでは、済まなかった。
侵入者は、こともあろうに数日、滞在し、修道女や子供たちを犯し、嬲った。そして、使い物にならなくなったとみるや、全員殺した。
取引があった商会の人々が約束の日に訪れた時には、血の海だったと新聞は報じた。
国は修道院を立て直す人物を募集したが、そのような奇特な人はおらず、修道院はあっという間に廃墟と化した。多くの窓は割れ、雨戸は留め具が外れて傾き、崩れかけている壁一面には枯れたツタが覆っている。
以前は、定期的に国の警備兵が見回りに来ていたようだが、薄気味悪さが災いして、日の明るいうちに遠くで確認するだけになっていた。
だが今は、見捨てられた修道院の周りに男たちが剣を携えて警戒している。入り口には3台の荷馬車が待機していた。
1階の窓には灯りが映り、揺れていた。
「外の警備は5人だな」
丘の稜線に並び、修道院を先頭で見下ろしているマルクスがつぶやいた。
団員は、全身を黒衣で覆い、顔までも隠していた。唯一、目の位置だけが切り抜かれ、沈黙の中でギラついている。手や背中、太ももにはそれぞれが得意な武器を携えていた。
団員の背後から、黒い影がひとつ歩み寄る。気づいた団員は立ち上がり、無言でマルクスへの道を開けた。
「少し遅くなった。申し訳ない」
「問題ありません。団長」
マルクスが答える。
「詳細を」
団長と呼ばれた者が、マルクスに尋ねた。
「警備は5人。内、霊長族が1人。中は、8人。その内、カールネス族が1人」
「獣人が2人か……魔導士は」
「中に1人います」
「捕らわれている者は?」
「成人の男が5人、女が11人、子供が26人、獣人が1人です」
「これから荷馬車に積まれるのだな」
「はい。取引は夜明け。この先の廃坑で行われます」
「では、とっとと終わらせよう。わかっていると思うが、霊長族は力で押してくる。カールネス族は牙に気をつけろ。奴らに独りで向かっていいのは、マスタークラスのみとする」
全員がうなずき、一斉に散る。
彼らは、音もなく、瞬く間に警備をしている賊を倒していった。施設の裏手を回っていた霊長族の賊には、マルクスが背後から一瞬で喉を割いた。賊には声を出す時間さえ与えなかった。
マルクスが合図すると彼らは、裏と表に別れ、一斉に修道院の中に入っていった。
団長とマルクスが中に入ると、多くの賊が血を流して倒れていた。
だが、豹化のカールネス族の賊はすばしっこく、ナイフを使いこなしていて、3人がかりでも苦戦していた。相当興奮しているせいで、始祖の持つ豹の耳が現れている。獣人は始祖返りを始めると力が増強され、更に厄介になる。
団長は、マルクスに行くように目で合図し、自身は2人の団員と共に施設の奥へ向かい、地下室の入口を探した。
「団長、こちらのようです」
探し物が得意の犬化のループス族であるシビルが、手を挙げた。ジャーマン・シェパードが始祖であるシビルは、しなやかな肉体と珍しい黒い瞳と黒髪を持つ。
団長は、シビルと他の団員と共に部屋に入った。
細長い部屋だった。黴臭さが鼻にツンとくる。正面の高い位置に明り取りの窓があった。月明かりが部屋を照らした。
部屋の左右の壁に沿って備えつけられた棚だった木材は腐って崩れている。厨房に近いことから、以前は食糧庫として使用していたのかもしれない。
「ここから、人の臭いがします」
シビルはそう言うと、奥の木扉を指した。
団長がうなずく。シビルは木扉をそっと開けた。
下りの階段があった。壁の足元の位置に点々と蝋燭が揺れている。怒声や悲鳴が行き交っている地上とは違って静かだった。
修道院の中には8人いて、マルクスたちは5人を相手にしていた。
シビルを先頭に団長らが階段を降りると、また扉があった。今度は重厚な青緑色に酸化した銅扉だった。
シビルが銅扉を開けようとしたが、団長がすぐに制した。
団長はシビルたちを下がらせた。
団長は銅扉に手を置き、目を瞑った。扉の記憶を読んでいた。銅扉が持つ残滓だ。
扉の外で魔導士が床に魔法陣を描いている。描き終え、にやりと笑っていた。
「弱体化の魔法か……」
団長がつぶやいた。
「なら、私めが」
シビルの横に立っていたキーラが前に出る。まだ、15歳だが団員からは天才魔導士と言われていた。
「目は見ましたか」
「ジェダイト(翡翠色)だったよ」
キーラのコラリウムアイ(赤珊瑚色)が暗闇で光った。
「ならDランクですね。楽勝です」
キーラの目尻が下がる。
魔導士は、ランクが上がるほど目の色が変わる。キーラの持つコラリウムアイはBランクだった。ジェダイトはDランク。ランクは、魔術や魔法の知識や実績で決まる。
「皆さん、下がってください。私が合図するまで中に入ったら駄目ですよ」
キーラのコラリウムアイが、獲物を見つけた猫のように鋭く光った。
キーラは団長らが下がったのを見届けると、銅扉に向かって手をかざした。銅扉は一瞬で、だが、音もなく後方に倒れた。倒れた先は、ちょうど魔法陣の上だった。
魔法陣は銅扉に反応し、薄い黄色の光を放って銅扉を飲み込むと跡形もなくなった。
銅扉も、そして魔法陣も。
「お見事」
シビルがつぶやいた。
「もう大丈夫ですよ。先に進みましょう」
キーラは得意そうに言いながら、先頭を歩きだした。
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