第16話 黎明の誓い

――夜明け前、王都ルミナリア。


長く続いた闇は、ようやく溶け始めていた。

黒氷の塔が崩れ、凍てついた街並みのあちこちに、

わずかながら“雫の音”が響いている。


氷が、溶けている。


その音はまるで、この国が息を吹き返す鼓動のようだった。


王城の最上階、

“氷鏡の間”はもう存在しない。

代わりに、朝日が差し込む広い大広間ができていた。


中央には、一人の青年が立っていた。


――白銀と漆黒の髪を併せ持つ王、

エルマー・ルミナス=リュゼ。


その姿は光と影の均衡そのもの。

彼の隣に立つのは、白き鎧を纏ったセリーヌ・ファルナ。


彼女は微笑みながら膝をついた。

「陛下……どうか、これからの道をお聞かせください。」


エルマーはゆっくりと朝の空を見上げた。

「……この国は、再び春を迎えるだろう。

 だがその春は、痛みを忘れた“ぬるい安寧”ではなく、

 影を抱きながら進む“真の光”でなければならない。」


「影を、抱く……」

セリーヌが小さく呟く。


エルマーは頷いた。

「僕の中には今も“リュゼ”がいる。

 彼の望んだ静寂も、僕の望む希望も、

 どちらもこの国に必要なんだ。」


彼は手を掲げた。

掌の中で、白銀と黒がゆっくりと溶け合い、

ひとつの光輪を形づくる。


「この力を、支配のためではなく――

 未来のために使おう。」



王城の外。


人々はまだ恐る恐る家を出て、

溶けかけた氷の街を見渡していた。


子どもが氷柱を触り、

「……あったかい」と呟く。


それを見た老婆が泣き笑いした。

「生きてる……この国、まだ生きてるんだねぇ……」


兵士たちは互いに剣を下ろし、

敵だったはずの者と手を取り合った。

その様子を見て、セリーヌは微笑む。


「陛下……これが、あなたの言う“春”なのですね。」


エルマーは静かに頷く。

「ええ。

 この国は今、“罪を赦す”という試練を受けている。

 それができた時、真の黎明が来る。」


風が吹いた。

雪の粒が舞い上がり、陽光を反射して煌めく。

その中で、エルマーは剣を抜き、地に突き立てた。


「我らはここに誓う。」


その声が、街全体に響く。


「白銀と影を隔てぬ国を――

 誰も凍らせず、誰も置き去りにしない王国を、

 必ず築き上げると!」


人々が顔を上げ、

兵たちが剣を掲げる。


空が、金と白銀の光に染まっていった。



夜。


セリーヌは塔の上で星空を見上げていた。

風はまだ冷たく、だが心地よい。


背後からエルマーの足音。


「……眠れないのか?」


「ええ。

 静かすぎて、夢みたいで……怖くなるんです。」


エルマーは彼女の隣に立ち、

空を見上げた。


「僕も同じだよ。

 けれど、怖いということは……まだ生きている証だ。」


ふと、セリーヌは微笑んだ。

「あなたのそういう言葉、昔から好きです。」


エルマーも笑った。

「君がそう言うなら、きっと間違ってない。」


二人は沈黙のまま、夜明けの空を見つめる。


やがて東の空が、

薄く、淡く、桃色に染まり始めた。


セリーヌがそっと囁く。

「……黎明、ですね。」


「そうだ。」


光が王都を包み込む。

雪原に差し込むその光は、

まるで“春の約束”のように温かかった。


「行こう、セリーヌ。

 ここからが、僕たちの王国の始まりだ。」


彼の手を取ると、

セリーヌの頬を涙が伝った。


「はい――陛下。」



その瞬間、

遥か北の果てで、誰も知らぬ氷の地がひび割れた。


――古き血脈が目覚める。


氷の底から、囁くような声が響いた。


> 「……目覚めの刻は近い。

光が満ちれば、影もまた――甦る。」




風が止み、世界が静寂に包まれる。


――黎明は、希望と同時に新たな“予兆”をもたらしていた。

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