第16話 黎明の誓い
――夜明け前、王都ルミナリア。
長く続いた闇は、ようやく溶け始めていた。
黒氷の塔が崩れ、凍てついた街並みのあちこちに、
わずかながら“雫の音”が響いている。
氷が、溶けている。
その音はまるで、この国が息を吹き返す鼓動のようだった。
王城の最上階、
“氷鏡の間”はもう存在しない。
代わりに、朝日が差し込む広い大広間ができていた。
中央には、一人の青年が立っていた。
――白銀と漆黒の髪を併せ持つ王、
エルマー・ルミナス=リュゼ。
その姿は光と影の均衡そのもの。
彼の隣に立つのは、白き鎧を纏ったセリーヌ・ファルナ。
彼女は微笑みながら膝をついた。
「陛下……どうか、これからの道をお聞かせください。」
エルマーはゆっくりと朝の空を見上げた。
「……この国は、再び春を迎えるだろう。
だがその春は、痛みを忘れた“ぬるい安寧”ではなく、
影を抱きながら進む“真の光”でなければならない。」
「影を、抱く……」
セリーヌが小さく呟く。
エルマーは頷いた。
「僕の中には今も“リュゼ”がいる。
彼の望んだ静寂も、僕の望む希望も、
どちらもこの国に必要なんだ。」
彼は手を掲げた。
掌の中で、白銀と黒がゆっくりと溶け合い、
ひとつの光輪を形づくる。
「この力を、支配のためではなく――
未来のために使おう。」
◆
王城の外。
人々はまだ恐る恐る家を出て、
溶けかけた氷の街を見渡していた。
子どもが氷柱を触り、
「……あったかい」と呟く。
それを見た老婆が泣き笑いした。
「生きてる……この国、まだ生きてるんだねぇ……」
兵士たちは互いに剣を下ろし、
敵だったはずの者と手を取り合った。
その様子を見て、セリーヌは微笑む。
「陛下……これが、あなたの言う“春”なのですね。」
エルマーは静かに頷く。
「ええ。
この国は今、“罪を赦す”という試練を受けている。
それができた時、真の黎明が来る。」
風が吹いた。
雪の粒が舞い上がり、陽光を反射して煌めく。
その中で、エルマーは剣を抜き、地に突き立てた。
「我らはここに誓う。」
その声が、街全体に響く。
「白銀と影を隔てぬ国を――
誰も凍らせず、誰も置き去りにしない王国を、
必ず築き上げると!」
人々が顔を上げ、
兵たちが剣を掲げる。
空が、金と白銀の光に染まっていった。
◆
夜。
セリーヌは塔の上で星空を見上げていた。
風はまだ冷たく、だが心地よい。
背後からエルマーの足音。
「……眠れないのか?」
「ええ。
静かすぎて、夢みたいで……怖くなるんです。」
エルマーは彼女の隣に立ち、
空を見上げた。
「僕も同じだよ。
けれど、怖いということは……まだ生きている証だ。」
ふと、セリーヌは微笑んだ。
「あなたのそういう言葉、昔から好きです。」
エルマーも笑った。
「君がそう言うなら、きっと間違ってない。」
二人は沈黙のまま、夜明けの空を見つめる。
やがて東の空が、
薄く、淡く、桃色に染まり始めた。
セリーヌがそっと囁く。
「……黎明、ですね。」
「そうだ。」
光が王都を包み込む。
雪原に差し込むその光は、
まるで“春の約束”のように温かかった。
「行こう、セリーヌ。
ここからが、僕たちの王国の始まりだ。」
彼の手を取ると、
セリーヌの頬を涙が伝った。
「はい――陛下。」
◆
その瞬間、
遥か北の果てで、誰も知らぬ氷の地がひび割れた。
――古き血脈が目覚める。
氷の底から、囁くような声が響いた。
> 「……目覚めの刻は近い。
光が満ちれば、影もまた――甦る。」
風が止み、世界が静寂に包まれる。
――黎明は、希望と同時に新たな“予兆”をもたらしていた。
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