第15話 白銀と影の境界

――夜が、永遠に続いていた。


黒氷に覆われた王都は、もう生き物の気配をほとんど失っている。

噴水は凍りつき、塔は氷柱に呑まれ、

街の灯りさえ、すべて“黒”に染まっていた。


ただ一つ。

王宮の最奥、“氷鏡の間”だけが、異様な光を放っている。


そこには、二つの王がいた。


ひとりは玉座に座る影王リュゼ。

もうひとりは、氷の結晶に封じられた白銀王エルマー。


――かつてひとつだった魂が、完全に分離していた。


「見ろ、これが真の王国の姿だ」

リュゼの声が静かに響く。

「腐敗も、裏切りも、欲もない。

 全てが凍りつき、永遠の安らぎに包まれる。」


氷の中のエルマーは、動けない。

だが、その瞳だけがまだ――光を宿していた。


「……それは、安らぎじゃない……停滞だ。」


リュゼは微笑む。

「では問おう、少年よ。

 “春”とは何だ?

 また新しい争いと、痛みを呼ぶ季節ではないか?」


沈黙。

だがエルマーは目を逸らさなかった。


「それでも、人は春を望む。

 凍りつくより、傷つく方を選ぶんだ。」


リュゼの表情がわずかに揺れた。

「……愚かだな。

 お前がそれを望む限り、この国は滅びる。」



そのころ、王都の外れ――。


セリーヌは古びた神殿で、古文書を開いていた。

その頁には、王家の禁忌魔法〈双魂の儀〉の文字。


“分かたれし魂をひとつに戻すには、

 血と祈り、そして『絆の欠片』を捧げよ。”


「……絆の欠片……」


胸元から、あの日エルマーがくれた指輪を取り出す。

白銀の光が、弱く瞬いた。


「あなたを取り戻すためなら――

 私は、どんな闇にも触れてみせる。」


彼女は剣を突き立て、

その血を祭壇に垂らした。


「――〈白銀と影の境界〉、開け。」


地面が震え、空間が裂ける。

吹き荒れる冷気と共に、

王宮へと通じる“境界の道”が現れた。



王宮、氷鏡の間。


リュゼが振り返ると、

黒い氷の扉が轟音を立てて崩れた。


「……また会えましたね、陛下。」


セリーヌが歩み出る。

その瞳は、涙で濡れ、それでも揺るぎなかった。


「セリーヌ……」

氷の中のエルマーが、かすかに声を上げる。


リュゼは冷ややかに微笑んだ。

「なるほど。愛と忠義で氷を砕きに来たか。

 だが、心ごと凍らせてやろう。」


漆黒の氷が広間を覆い、

剣と氷の風がぶつかり合う。


セリーヌの剣が、

リュゼの氷刃と火花を散らして激突した。


「……私は誓いました!

 どんな姿になろうとも、あなたを――守ると!」


「ならば証明してみせろ。

 “闇をも抱く愛”で、我を貫けるか!」


戦いの最中、

セリーヌの頬をかすめた氷片が、赤い筋を残す。


痛みも、恐怖も、

それでも彼女の足は止まらなかった。


「エルマー様っ!!」


白銀の指輪が輝き、

封印の氷がきしむ。


リュゼの顔が歪む。

「……馬鹿な、そんな力が……!」


「これは、私たちの“絆の力”です!」


彼女の叫びに応じるように、

エルマーの瞳が再び白銀に輝く。


> 『……セリーヌ、君の声が――聞こえる。』




氷が砕け、白銀と黒の光がぶつかり合う。


リュゼが苦悶の声を上げる。

「やめろ……! 二つの魂を混ぜれば、共に滅ぶぞ!」


「構わない!」

エルマーの叫びが響く。

「僕は“君と一緒に在る”ことを選ぶ!」


白銀と影が交わる瞬間、

爆発のような光が王宮を包んだ。


――それは、境界の消滅だった。



光が収まったあと。


エルマーは崩れ落ちた氷の中で、

セリーヌの腕に抱かれていた。


「……終わった、の?」


「ええ……あなたは、帰ってきた。」


彼の髪の一部は白銀、

そしてもう一方は、黒い氷の色をしていた。


二つの王は、ひとつになったのだ。


エルマーは微笑み、

その手をセリーヌの頬に伸ばした。


「ありがとう……僕を、信じてくれて。」


セリーヌは涙をこぼしながら笑った。

「信じるなんて当たり前です。

 だって、私は――あなたの騎士ですから。」



夜が明けた。


王都の空に、

白銀と黒が溶け合うような光のオーロラが広がっていた。


それはまるで、

光と影が共にこの国を見守っているかのように。


――〈白銀と影の境界〉は、今、越えられた。

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