第15話 白銀と影の境界
――夜が、永遠に続いていた。
黒氷に覆われた王都は、もう生き物の気配をほとんど失っている。
噴水は凍りつき、塔は氷柱に呑まれ、
街の灯りさえ、すべて“黒”に染まっていた。
ただ一つ。
王宮の最奥、“氷鏡の間”だけが、異様な光を放っている。
そこには、二つの王がいた。
ひとりは玉座に座る影王リュゼ。
もうひとりは、氷の結晶に封じられた白銀王エルマー。
――かつてひとつだった魂が、完全に分離していた。
「見ろ、これが真の王国の姿だ」
リュゼの声が静かに響く。
「腐敗も、裏切りも、欲もない。
全てが凍りつき、永遠の安らぎに包まれる。」
氷の中のエルマーは、動けない。
だが、その瞳だけがまだ――光を宿していた。
「……それは、安らぎじゃない……停滞だ。」
リュゼは微笑む。
「では問おう、少年よ。
“春”とは何だ?
また新しい争いと、痛みを呼ぶ季節ではないか?」
沈黙。
だがエルマーは目を逸らさなかった。
「それでも、人は春を望む。
凍りつくより、傷つく方を選ぶんだ。」
リュゼの表情がわずかに揺れた。
「……愚かだな。
お前がそれを望む限り、この国は滅びる。」
◆
そのころ、王都の外れ――。
セリーヌは古びた神殿で、古文書を開いていた。
その頁には、王家の禁忌魔法〈双魂の儀〉の文字。
“分かたれし魂をひとつに戻すには、
血と祈り、そして『絆の欠片』を捧げよ。”
「……絆の欠片……」
胸元から、あの日エルマーがくれた指輪を取り出す。
白銀の光が、弱く瞬いた。
「あなたを取り戻すためなら――
私は、どんな闇にも触れてみせる。」
彼女は剣を突き立て、
その血を祭壇に垂らした。
「――〈白銀と影の境界〉、開け。」
地面が震え、空間が裂ける。
吹き荒れる冷気と共に、
王宮へと通じる“境界の道”が現れた。
◆
王宮、氷鏡の間。
リュゼが振り返ると、
黒い氷の扉が轟音を立てて崩れた。
「……また会えましたね、陛下。」
セリーヌが歩み出る。
その瞳は、涙で濡れ、それでも揺るぎなかった。
「セリーヌ……」
氷の中のエルマーが、かすかに声を上げる。
リュゼは冷ややかに微笑んだ。
「なるほど。愛と忠義で氷を砕きに来たか。
だが、心ごと凍らせてやろう。」
漆黒の氷が広間を覆い、
剣と氷の風がぶつかり合う。
セリーヌの剣が、
リュゼの氷刃と火花を散らして激突した。
「……私は誓いました!
どんな姿になろうとも、あなたを――守ると!」
「ならば証明してみせろ。
“闇をも抱く愛”で、我を貫けるか!」
戦いの最中、
セリーヌの頬をかすめた氷片が、赤い筋を残す。
痛みも、恐怖も、
それでも彼女の足は止まらなかった。
「エルマー様っ!!」
白銀の指輪が輝き、
封印の氷がきしむ。
リュゼの顔が歪む。
「……馬鹿な、そんな力が……!」
「これは、私たちの“絆の力”です!」
彼女の叫びに応じるように、
エルマーの瞳が再び白銀に輝く。
> 『……セリーヌ、君の声が――聞こえる。』
氷が砕け、白銀と黒の光がぶつかり合う。
リュゼが苦悶の声を上げる。
「やめろ……! 二つの魂を混ぜれば、共に滅ぶぞ!」
「構わない!」
エルマーの叫びが響く。
「僕は“君と一緒に在る”ことを選ぶ!」
白銀と影が交わる瞬間、
爆発のような光が王宮を包んだ。
――それは、境界の消滅だった。
◆
光が収まったあと。
エルマーは崩れ落ちた氷の中で、
セリーヌの腕に抱かれていた。
「……終わった、の?」
「ええ……あなたは、帰ってきた。」
彼の髪の一部は白銀、
そしてもう一方は、黒い氷の色をしていた。
二つの王は、ひとつになったのだ。
エルマーは微笑み、
その手をセリーヌの頬に伸ばした。
「ありがとう……僕を、信じてくれて。」
セリーヌは涙をこぼしながら笑った。
「信じるなんて当たり前です。
だって、私は――あなたの騎士ですから。」
◆
夜が明けた。
王都の空に、
白銀と黒が溶け合うような光のオーロラが広がっていた。
それはまるで、
光と影が共にこの国を見守っているかのように。
――〈白銀と影の境界〉は、今、越えられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます