第10話 白銀王、誓いの戴冠
――雪が降っていた。
戦いの爪痕が残る王都は、
いま、音ひとつない静寂に包まれていた。
倒れた塔、凍てついた庭園、
そして瓦礫の中で、ひとりの少年が立ち尽くしている。
彼の名は、エルマー・ルクス・フロース。
かつて氷の王国の第二王子と呼ばれ、
今は唯一、王家の血を継ぐ者。
手の中には、クラリッサの紋章が刻まれた銀の指輪があった。
彼女の最後の言葉――
「この国を、春にしてあげて……」
その響きが、胸の奥で何度も繰り返される。
「姉上……僕は、あなたの炎を継ぎます。
氷の王としてではなく――“白銀王”として」
そう呟いた瞬間、空気が震えた。
彼の胸の印章が白く輝き、
炎と氷が溶け合った“新たな紋章”が生まれる。
――白銀の光が、王都全体を包んだ。
氷が融け、街に光が差し込む。
民たちは驚き、空を見上げる。
長い冬の空が、わずかに青みを帯びていた。
◆
王宮の礼拝堂。
崩れた祭壇の上に、古びた王冠が置かれている。
レオノルトの力に汚され、
半ば凍りついたその冠に、
エルマーは静かに手を伸ばした。
「……僕はまだ、恐れている。
誰かを失うことも、自分が壊れることも。
でも――」
彼は、クラリッサの指輪を冠の中に納めた。
「姉上の誓いは、僕が果たす。
この国を、二度と凍らせはしない。」
指輪が白い光を放ち、
氷の冠がゆっくりと融けていく。
代わりに現れたのは、
炎と氷の結晶が交差した――白銀の冠。
その冠が、彼の額に触れた瞬間、
聖堂の鐘が鳴り響いた。
誰も鳴らしていないはずの鐘が。
まるで、天がその戴冠を認めたかのように。
「――王の名において、誓う。
この手で、罪を清め、春を取り戻す」
白銀の光がエルマーを包み、
その背後に、クラリッサの幻影が微笑んだ。
彼女の瞳は優しく、
そして誇らしげだった。
◆
夜。
王宮の塔から見下ろす街は、
まだ傷だらけで、雪に覆われている。
だが、あの冷たい氷ではなく――
どこか、柔らかく温かな雪だった。
エルマーは小さく息を吐く。
その吐息は白く、
やがて空へと消えた。
「クラリッサ……
あなたが守りたかった国は、
確かに、ここに息づいているよ」
その背後で、扉が軋んだ。
音もなく現れたのは、
かつてクラリッサに仕えていた女騎士、セリーヌ・ハルド。
彼女は静かに跪き、頭を下げる。
「陛下。王都の民が皆、あなたの名を口にしております。
“白銀王が、春を呼ぶ”と」
エルマーは振り返らず、静かに微笑んだ。
「……春は、まだ遠い。
でも、必ず――連れてくる。」
セリーヌは頷き、彼にひとつの巻物を差し出す。
「これは、亡きクラリッサ様が残された最後の指令書です。
“王国の外に、もう一つの封印がある”と……」
その言葉に、エルマーの瞳が揺れた。
「外に……?」
セリーヌは低く答える。
「はい。〈北壁の果て〉――“氷原の墓標”と呼ばれる地です。
そこには、王国が隠した最初の“罪”が眠っていると」
エルマーはその巻物を手に取り、
深く息を吸い込んだ。
「……わかった。
クラリッサの願いを継ぐなら、
そこへ行かなくてはならない。」
塔の窓から吹き込む風が、
彼のマントをはためかせた。
白銀の王冠が光を反射し、
夜空に散る雪がそれに応えるように煌めく。
――白銀王の旅が、ここから再び始まる。
◆
そして、遠く離れた氷原の果て。
凍てついた地の底で、誰かの瞳が開いた。
その目は、エルマーと同じ“王家の瞳”の色をしていた。
「……王が、目覚めたか」
低く、冷たい声が響く。
「ならば、氷の契約は――再び動き出す」
白い風が荒れ狂い、
氷原の夜が、不吉に鳴り響いた。
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