第10話 白銀王、誓いの戴冠

――雪が降っていた。


戦いの爪痕が残る王都は、

いま、音ひとつない静寂に包まれていた。


倒れた塔、凍てついた庭園、

そして瓦礫の中で、ひとりの少年が立ち尽くしている。


彼の名は、エルマー・ルクス・フロース。

かつて氷の王国の第二王子と呼ばれ、

今は唯一、王家の血を継ぐ者。


手の中には、クラリッサの紋章が刻まれた銀の指輪があった。

彼女の最後の言葉――

「この国を、春にしてあげて……」


その響きが、胸の奥で何度も繰り返される。


「姉上……僕は、あなたの炎を継ぎます。

 氷の王としてではなく――“白銀王”として」


そう呟いた瞬間、空気が震えた。

彼の胸の印章が白く輝き、

炎と氷が溶け合った“新たな紋章”が生まれる。


――白銀の光が、王都全体を包んだ。


氷が融け、街に光が差し込む。

民たちは驚き、空を見上げる。

長い冬の空が、わずかに青みを帯びていた。



王宮の礼拝堂。

崩れた祭壇の上に、古びた王冠が置かれている。

レオノルトの力に汚され、

半ば凍りついたその冠に、

エルマーは静かに手を伸ばした。


「……僕はまだ、恐れている。

 誰かを失うことも、自分が壊れることも。

 でも――」


彼は、クラリッサの指輪を冠の中に納めた。


「姉上の誓いは、僕が果たす。

 この国を、二度と凍らせはしない。」


指輪が白い光を放ち、

氷の冠がゆっくりと融けていく。

代わりに現れたのは、

炎と氷の結晶が交差した――白銀の冠。


その冠が、彼の額に触れた瞬間、

聖堂の鐘が鳴り響いた。


誰も鳴らしていないはずの鐘が。


まるで、天がその戴冠を認めたかのように。


「――王の名において、誓う。

 この手で、罪を清め、春を取り戻す」


白銀の光がエルマーを包み、

その背後に、クラリッサの幻影が微笑んだ。


彼女の瞳は優しく、

そして誇らしげだった。



夜。

王宮の塔から見下ろす街は、

まだ傷だらけで、雪に覆われている。


だが、あの冷たい氷ではなく――

どこか、柔らかく温かな雪だった。


エルマーは小さく息を吐く。

その吐息は白く、

やがて空へと消えた。


「クラリッサ……

 あなたが守りたかった国は、

 確かに、ここに息づいているよ」


その背後で、扉が軋んだ。

音もなく現れたのは、

かつてクラリッサに仕えていた女騎士、セリーヌ・ハルド。


彼女は静かに跪き、頭を下げる。


「陛下。王都の民が皆、あなたの名を口にしております。

 “白銀王が、春を呼ぶ”と」


エルマーは振り返らず、静かに微笑んだ。

「……春は、まだ遠い。

 でも、必ず――連れてくる。」


セリーヌは頷き、彼にひとつの巻物を差し出す。

「これは、亡きクラリッサ様が残された最後の指令書です。

 “王国の外に、もう一つの封印がある”と……」


その言葉に、エルマーの瞳が揺れた。


「外に……?」


セリーヌは低く答える。

「はい。〈北壁の果て〉――“氷原の墓標”と呼ばれる地です。

 そこには、王国が隠した最初の“罪”が眠っていると」


エルマーはその巻物を手に取り、

深く息を吸い込んだ。


「……わかった。

 クラリッサの願いを継ぐなら、

 そこへ行かなくてはならない。」


塔の窓から吹き込む風が、

彼のマントをはためかせた。


白銀の王冠が光を反射し、

夜空に散る雪がそれに応えるように煌めく。


――白銀王の旅が、ここから再び始まる。



そして、遠く離れた氷原の果て。

凍てついた地の底で、誰かの瞳が開いた。

その目は、エルマーと同じ“王家の瞳”の色をしていた。


「……王が、目覚めたか」

低く、冷たい声が響く。

「ならば、氷の契約は――再び動き出す」


白い風が荒れ狂い、

氷原の夜が、不吉に鳴り響いた。

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