第7話 罪の記録、凍れる王たち
白い闇が、静かに溶けていく。
次にクラリッサが目を開けた時、
そこは――過去の王都だった。
「……ここは……?」
見覚えのある街並み。けれど、雪一つない。
人々の笑い声と鐘の音が響く、かつての“繁栄”の時代。
隣で立ち尽くすエルマーの瞳が、震えていた。
「まさか……これが、氷の記憶……?」
その時、彼らの前を行進する騎士団が見えた。
白銀の鎧を纏い、旗に描かれているのは――
“氷の紋章”。現在の王家の象徴でもある。
「この時代からすでに……!」
クラリッサが息を呑む。
騎士たちは何かを運んでいた。
それは大きな水晶の棺。中には、少女が眠っていた。
白い髪に淡い光が揺れる――まるで雪の精霊のように。
「……この子、まさか――」
「“初代氷王”が封じたと伝えられる、〈氷の巫女〉……」
声が後ろから響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは“シリウスの影”だった。
彼は静かに歩み寄り、過去の光景を見つめながら言う。
「我ら王家は、かつてこの巫女の力を“永遠の加護”として利用した。
だが……それは祝福ではなく、呪いだった。」
クラリッサの心臓が高鳴る。
王家が――巫女を犠牲にしていた?
「巫女は〈氷〉の精霊そのもの。
その力を王冠に封じたことで、王国は栄えた。
だが代償に、王家の血筋は“氷に蝕まれる呪い”を受けたのだ」
エルマーの唇が震える。
「それが……僕たちの血の、正体……?」
シリウスは頷いた。
「お前たちの中に眠る“氷の紋章”こそ、
巫女の魂を束ねるための鎖だ。
王家が王家であるために――永遠に、罪を継ぐ印。」
クラリッサは言葉を失った。
胸の奥で何かが崩れる音がした。
「……じゃあ、私たちは……巫女を縛り続ける存在だったの……?」
「そうだ。だが――それを終わらせることもまた、
“王の務め”である。」
その言葉とともに、景色が急に暗転した。
歓声が悲鳴に変わり、青い炎が街を包み込む。
建物が凍り、空から氷の雨が降り注ぐ。
人々が叫び、逃げ惑う中、中央広場に王が立っていた。
冠を戴き、杖を掲げ、巫女の棺に向かって叫ぶ。
「この国の永遠のために、彼女の魂を封ぜよ!」
巫女の瞳が、ゆっくりと開かれた。
その中にあったのは、涙と悲しみ、そして――純粋な愛。
「あなたたちは、まだ知らない……
“永遠”とは、凍てつく孤独のことだと。」
彼女の声とともに、世界は真っ白に染まった。
あらゆるものが氷となり、命が止まった。
それが――王国の“最初の凍結”。
◆
気がつけば、再び墓所の中。
クラリッサとエルマーは膝をつき、肩で息をしていた。
「……見たのね、真実を」
シリウスの影が、哀しげに微笑む。
「僕たちは、巫女の力で築かれた王国の末裔。
だからこそ、今度は“解く”者にならねばならない」
クラリッサは立ち上がり、震える手で胸の印章に触れる。
冷たく光るその痣が、今は重く感じた。
「……なら、私は“鎖を断つ王女”になる。
もう二度と、誰も凍らせたりしない」
エルマーも立ち上がる。
その瞳には、凍てつく決意の光。
「巫女の魂を解き放つには、“王の血”が必要だ。
僕がやる。――それが、王としての贖罪です」
クラリッサは首を振る。
「ダメよ! そんなこと、させない!」
二人の声が重なる。
その瞬間、氷冠の壁にヒビが走り、
巫女の声が再び響いた。
――『まだ、間に合う。氷を終わらせるのは、二つの心。』
静かに、墓所の奥の氷が光を放つ。
その中に、封じられた“巫女の面影”が眠っていた。
クラリッサとエルマーは互いに手を取り合い、
その光の中へと歩み出す。
――王の罪を、終わらせるために。
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