第6話 氷冠の影、王の墓所

北の風が、王都の塔を震わせていた。

再び訪れた寒気は、季節のものではない。

それは、封じられたはずの“氷”が――再び目を覚ました証だった。


クラリッサは、王都の高台に立ち、遠くの空を見つめていた。

薄い雲の向こう、北方の地平が微かに白く光っている。

そこが“氷冠の墓所”。歴代の王が眠る、永劫の氷に覆われた聖域。


「……あそこが、すべての始まりなのね」

彼女の声は、風に溶けて消えた。


エルマーは背後から近づき、マントを軽く肩にかけてくれる。

「姉上。凍りの力が再び動き出した以上、向かわなければなりません」


クラリッサはその横顔を見つめた。

少し前まで、彼は“王国を救うための少年”だった。

けれど今は――王としての覚悟を宿した、ひとりの“男”の顔をしている。


「……怖くはないの?」

「恐いですよ。

 けれど、祈るだけでは氷は溶けない。僕はもう、祈りの傍観者ではいられません」


その言葉に、クラリッサの胸が熱くなる。

彼は確かに成長していた。

――あの日、王都の瓦礫の中で誓った“白銀の誓約”は、

確かに生きている。


「わかったわ。行きましょう、エルマー。

 この手で真実を確かめるの」


二人の視線が重なる。

その瞬間、塔の鐘が鳴り響いた。

それは旅立ちを告げる音だった。



旅路は、想像以上に過酷だった。

雪原は凍りつき、風は皮膚を裂くように冷たい。

道中、氷に閉ざされた村々には、すでに人影がなかった。

まるで時間そのものが凍ってしまったかのようだった。


「……このあたりの村は、すでに“氷の呪い”に侵されているようです」

「王都からここまで、ほんの数日の距離なのに……」


クラリッサは雪を踏みしめ、崩れた家屋の扉を押し開ける。

中には凍ったままのランプと、開きかけた手紙。

そこには震える文字でこう書かれていた。


――“氷の影が来る。祈りを捧げても、救いはない。”


クラリッサの手が小さく震えた。

「……救いはない、ですって?」

その声は怒りと悲しみの入り混じったものだった。


エルマーは黙って姉の肩に手を置き、

「救いを見せるのが、僕たちの役目です」

と静かに言った。


クラリッサはその手を握り返し、

「ええ。絶対に、もう誰も凍らせない」と誓う。



やがて、吹雪の向こうに巨大な氷壁が現れた。

そこが“氷冠の墓所”。

遠目にもわかるほどの荘厳な氷の宮殿が、

まるで眠る巨人のように横たわっている。


「これが……王たちの眠る場所」

「そして、“氷の力”の源でもあります」


エルマーが印章に触れた瞬間、

氷壁がわずかに震え、鈍い音を立てて裂けた。


その奥から、冷たい風とともに声が聞こえた。


――『我らの罪を、継ぐ覚悟はあるか』


クラリッサとエルマーは同時に息を呑んだ。

声は氷の奥深く、幾千の王たちの記憶から響いているようだった。


「……王たちの魂?」

「いいえ……“影”です」


エルマーの瞳に、青い光が宿る。

印章が脈打ち、氷壁の奥から淡い人影が浮かび上がる。

それは――亡き王子、シリウスの面影をした“氷の影”だった。


「シリウス……!」

クラリッサの声が震える。

だが、その影は静かに微笑み、低く囁いた。


「お前たちは、真実を知るだろう。

 ――この王国が、なぜ凍ったのかを。」


その瞬間、氷冠の墓所全体が光に包まれた。

雪が舞い、風が止み、二人の周囲の空間が“過去の王都”へと変わっていく。


まるで、氷そのものが記憶を再生しているかのように――。



クラリッサは息を飲んだ。

見慣れた王都の街並み。

けれどそこにいるのは、まだ幼い自分とエルマー、

そして生きているシリウス。


「これは……記憶の中……?」

「いえ、“氷が見せる真実”です」


シリウスの影が、静かに手を差し伸べた。


「ようこそ、“王の罪”の記録へ――。」


光が弾け、景色が崩れる。

次の瞬間、二人の身体は白い闇の中へと飲み込まれていった。

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