第6話 氷冠の影、王の墓所
北の風が、王都の塔を震わせていた。
再び訪れた寒気は、季節のものではない。
それは、封じられたはずの“氷”が――再び目を覚ました証だった。
クラリッサは、王都の高台に立ち、遠くの空を見つめていた。
薄い雲の向こう、北方の地平が微かに白く光っている。
そこが“氷冠の墓所”。歴代の王が眠る、永劫の氷に覆われた聖域。
「……あそこが、すべての始まりなのね」
彼女の声は、風に溶けて消えた。
エルマーは背後から近づき、マントを軽く肩にかけてくれる。
「姉上。凍りの力が再び動き出した以上、向かわなければなりません」
クラリッサはその横顔を見つめた。
少し前まで、彼は“王国を救うための少年”だった。
けれど今は――王としての覚悟を宿した、ひとりの“男”の顔をしている。
「……怖くはないの?」
「恐いですよ。
けれど、祈るだけでは氷は溶けない。僕はもう、祈りの傍観者ではいられません」
その言葉に、クラリッサの胸が熱くなる。
彼は確かに成長していた。
――あの日、王都の瓦礫の中で誓った“白銀の誓約”は、
確かに生きている。
「わかったわ。行きましょう、エルマー。
この手で真実を確かめるの」
二人の視線が重なる。
その瞬間、塔の鐘が鳴り響いた。
それは旅立ちを告げる音だった。
◆
旅路は、想像以上に過酷だった。
雪原は凍りつき、風は皮膚を裂くように冷たい。
道中、氷に閉ざされた村々には、すでに人影がなかった。
まるで時間そのものが凍ってしまったかのようだった。
「……このあたりの村は、すでに“氷の呪い”に侵されているようです」
「王都からここまで、ほんの数日の距離なのに……」
クラリッサは雪を踏みしめ、崩れた家屋の扉を押し開ける。
中には凍ったままのランプと、開きかけた手紙。
そこには震える文字でこう書かれていた。
――“氷の影が来る。祈りを捧げても、救いはない。”
クラリッサの手が小さく震えた。
「……救いはない、ですって?」
その声は怒りと悲しみの入り混じったものだった。
エルマーは黙って姉の肩に手を置き、
「救いを見せるのが、僕たちの役目です」
と静かに言った。
クラリッサはその手を握り返し、
「ええ。絶対に、もう誰も凍らせない」と誓う。
◆
やがて、吹雪の向こうに巨大な氷壁が現れた。
そこが“氷冠の墓所”。
遠目にもわかるほどの荘厳な氷の宮殿が、
まるで眠る巨人のように横たわっている。
「これが……王たちの眠る場所」
「そして、“氷の力”の源でもあります」
エルマーが印章に触れた瞬間、
氷壁がわずかに震え、鈍い音を立てて裂けた。
その奥から、冷たい風とともに声が聞こえた。
――『我らの罪を、継ぐ覚悟はあるか』
クラリッサとエルマーは同時に息を呑んだ。
声は氷の奥深く、幾千の王たちの記憶から響いているようだった。
「……王たちの魂?」
「いいえ……“影”です」
エルマーの瞳に、青い光が宿る。
印章が脈打ち、氷壁の奥から淡い人影が浮かび上がる。
それは――亡き王子、シリウスの面影をした“氷の影”だった。
「シリウス……!」
クラリッサの声が震える。
だが、その影は静かに微笑み、低く囁いた。
「お前たちは、真実を知るだろう。
――この王国が、なぜ凍ったのかを。」
その瞬間、氷冠の墓所全体が光に包まれた。
雪が舞い、風が止み、二人の周囲の空間が“過去の王都”へと変わっていく。
まるで、氷そのものが記憶を再生しているかのように――。
◆
クラリッサは息を飲んだ。
見慣れた王都の街並み。
けれどそこにいるのは、まだ幼い自分とエルマー、
そして生きているシリウス。
「これは……記憶の中……?」
「いえ、“氷が見せる真実”です」
シリウスの影が、静かに手を差し伸べた。
「ようこそ、“王の罪”の記録へ――。」
光が弾け、景色が崩れる。
次の瞬間、二人の身体は白い闇の中へと飲み込まれていった。
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