第17話 氷と光、邂逅の刃

 光と氷が、空を裂いた。

 王都の空が眩く輝き、吹き荒れる風が雪を巻き上げる。

 その中心に、白銀の翼を広げた竜と、ひとりの少年――エルマーがいた。


 彼の瞳には、もう迷いがなかった。

 氷原で眠り、失いかけた命の果てに見つけた“誓い”。

 姉の光を守り、民の未来を取り戻す――そのために、今ここに立つ。


◇ ◇ ◇


 「……エルマー!」

 王城の砕けた回廊から、クラリッサの声が届いた。

 吹雪の中でも、その声ははっきりと彼の胸に届く。


 「姉さん!」


 竜が咆哮し、エルマーは空から飛び降りる。

 白銀のマントが翻り、彼の剣が光を放つ。

 地に着く瞬間、氷の衝撃が走り、床が波打った。


 クラリッサが駆け寄る。

 二人の視線が交わった。


 ――何年ぶりだろう。

 互いに失ってきた時間が、一瞬で溶けていく。


 クラリッサの瞳が潤む。

 「生きて……いたのね」

 「ああ。姉さんがいたから。

  俺は氷の中でも、ずっとあなたの声を聞いていた」


 彼女の頬に涙が伝う。

 けれどそれは悲しみではなく、再会の熱。


 「ありがとう、エルマー。

  ――一緒に、この国を取り戻そう」


 エルマーは頷き、剣を構えた。

 青白い光が、クラリッサの金の光と交わる。

 氷と光、二つの力が螺旋を描き、空気が震える。


◇ ◇ ◇


 玉座の間の奥から、低い笑い声が響いた。

 ヴァルター王――暴君はまだ倒れていなかった。

 王の周囲を覆う氷の核が、凍てつくような光を放つ。


 「愚かなる子らよ。

  血の宿命から逃げられると思ったか?」


 床から氷の槍が突き出し、二人を襲う。

 クラリッサが咄嗟に魔力を放ち、光の盾で弾く。

 だが、次の瞬間、背後の壁が砕け、凍てついた風が吹き荒れた。


 エルマーが叫ぶ。

 「この力……父上、まさか“王国そのもの”を喰わせたのか!」

 ヴァルター王は狂気の笑みを浮かべた。

 「そうだ。王は国であり、国は王だ。

  我が心が凍る限り、この王国も凍り続ける!」


 その言葉に、クラリッサの瞳が怒りで燃え上がった。

 「……違う! 王とは、民の心を束ねる者。

  奪う者ではない!」


 彼女が手を掲げると、天井の残光が集まり、巨大な光柱が立ち上がる。

 エルマーも同時に剣を掲げた。


 「氷の精霊たちよ、俺の中の鎖を砕け――“氷牙の契約”!」


 蒼白の竜が現れ、王の放つ氷の槍をすべて砕く。

 その背後で、クラリッサが詠唱する。


 「光の加護よ、闇を払え――“聖環の誓約”!」


 光と氷、二つの陣が重なり、王城全体が震動する。

 空が裂け、凍りついた天が一瞬だけ青く光る。


 ヴァルター王が叫ぶ。

 「馬鹿な……そんな力が……!」


 クラリッサとエルマーが同時に駆け出した。

 二人の剣が交差し、双光の刃が生まれる。


 ――それは、王家の始まりの力。

 分かたれた血が再びひとつに還る瞬間。


◇ ◇ ◇


 時間が止まったようだった。

 青と金の光が爆ぜ、氷の核が音を立てて砕け散る。

 ヴァルター王の瞳が驚愕に染まり、そのまま崩れ落ちていく。


 氷の結晶が風に舞い、空が晴れる。

 王都の鐘が鳴り響き、凍っていた川が流れ出した。


 クラリッサは肩で息をしながら、弟に笑いかけた。

 「……終わった、のね」

 エルマーも微笑み、剣を下ろした。

 「いや、始まりだよ。

  これからは、俺たちが“この国を生かす”番だ」


 クラリッサは頷き、そっと彼の手を取る。

 その手の温もりは、かつての冷たい世界とは違っていた。


◇ ◇ ◇


 外に出ると、朝の光が街を包んでいた。

 人々が泣きながら空を見上げる。

 氷の塔が溶け、凍った木々から雫が滴る。


 民の誰かが叫んだ。

 「春が……戻ってきたぞ!!」


 歓声が広がる。

 子供たちが笑い、兵士が剣を地に落とし、

 老婆が手を合わせて祈る。


 クラリッサは涙を拭いながら、エルマーに言った。

 「ねぇ、覚えてる? 昔、王国に春が来た日も、こんな風に――」

 「うん。

  でも、あのときよりも今の方がずっと綺麗だよ。

  だって、今の春は“みんなで取り戻した”ものだから」


 二人は空を仰ぐ。

 凍っていた空に、まるで祝福のように虹がかかっていた。


◇ ◇ ◇


 やがて、静けさが戻った王城で、クラリッサは玉座に座らなかった。

 その代わりに、広間の中央に立ち、民に向かって言った。


 「私は、この国の“王”ではなく、“導く光”でありたい。

  そして、私の隣には――」


 振り返ると、エルマーが一歩前に出た。

 「氷の王子としてではなく、一人の守人(もりびと)として。

  この国を守る剣になる」


 歓声が広がる。

 人々が再び顔を上げ、未来を見つめた。


 雪解けの風が吹く。

 姉弟の肩に陽が当たり、まるで王国そのものが微笑んでいるようだった。


 クラリッサが小さく呟く。

 「……おかえり、エルマー」

 「ただいま、姉さん」


 その瞬間、王都の鐘がもう一度鳴った。

 凍てついた長い冬が、ようやく終わりを告げる。


 ――氷と光、二つの力が出会ったことで

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